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「社会参加の入口としての映画」沖縄のコミュニティ映画館【シアタードーナツ】

戦後、米軍基地の城下町として栄え、時には翻弄されてきたコザ(現・沖縄県沖縄市)。この街の中心部に佇むのが、小さな映画館「シアタードーナツ」だ。

親しみやすいネーミングやポップなロゴとは裏腹に、上映する作品の多くは社会課題をテーマにしたもの。そこには、オーナー・宮島真一さんの強い意志が込められている。

沖縄本島中部、米軍の嘉手納基地に隣接する沖縄市。かつての市名の名残で現在も「コザ」と呼ばれるこの街に、コミュニティ映画館「シアタードーナツ」はある。

那覇方面から路線バスに乗ってここに行きたい人がいるならば、「胡屋」の停留所で降りるとまず迷うことはない。なぜなら降り立ったところが目的地だからだ。

「バス停の目の前だから、トイレ貸して、両替させてなどと映画客ではない人もたくさん入ってきますよ。その代わりにドーナツ買えよとか、今度映画を観に来いよとか、遠慮せずに言うようにしています。銭湯の番頭さんみたいに、店の入口にずっといて、お客さんとよくおしゃべりしていますね」

シアタードーナツのオーナーで、沖縄市出身の宮島真一さん(49)は笑いながらこう話す。コミュニティ映画館と銘打っているのは、世代を超えてさまざまな人たちが集まり、交わる場所にしたいという思いからだ。また、長年運営する中で、「公民館」のような存在になったと考えている。

シアタードーナツのきっかけは映画祭

宮島さんは、地元FMラジオ局でのパーソナリティーや、「コザの裏側」というローカルテレビ番組でMCを務めるなど、マルチな活動をしている。他方、映画に関しても制作の仕事などに携わってきた。

そんな宮島さんがシアタードーナツを開業したのは2015年4月。元々は沖縄市で映画祭を開催するという企画がきっかけだった。

「当時、仲間内で映画祭の話が持ち上がりました。そのためには地域を題材にした映画や、映画館が必要だよねとなったのですが、コザには映画館がありませんでした。実際にはあったわけだけど、古い映画館で、成人映画専門のくたびれた感じでした。結論から言うと、映画も、映画館も作ろうとなりました」

まず先に「ハイサイゾンビ」というホラーコメディの短編映画を制作。次にそれを上映する場所が必要だったが、本格的な映画館を一から建てるような費用もない。そこで宮島さんたちが考えたのはカフェでの上映だ。

「2014年8月の毎週金曜は『ゾンビの日』として、市内のカフェバーでイベント上映しました。そこに作品の関係者を呼んできてアフタートークをしたり。映画館ではないけれど、お客さんは楽しんでくれたんだよね。こういう規模で上映しても喜ばれるんだなと」

手応えを感じた宮島さんたちは、空きテナントを借りてシアタードーナツをオープンする。店名の通り、ドーナツも販売する、まさにカフェと映画館を融合した空間である。

中学生のころに抱いた感情

現在のシアタードーナツの特色の一つは、上映作品にある。環境問題や医療、福祉、教育などをテーマにした、いわゆる“社会派”と呼ばれるドキュメンタリー作品が多い。そこには映画に対する宮島さんの切実な思いが込められている。

「社会的なメッセージというのは、テレビやラジオ、あるいは新聞の文字だけで伝えるのはなかなか難しい。でも、映画はいろいろな手法でつくることができるから、表現が豊かで、人々に伝わりやすいと感じています」

これは宮島さんの原体験にも基づく。

「昔、胡屋オリオン座という映画館があって、中学生の時にそこで『プラトーン』(ベトナム戦争を描いた映画)を観たのね。観終わった後、ゲート通りを歩いて、嘉手納基地のフェンスを横目で見ながら家に帰りました。その道中、映画に出てきたような兵隊さんはひょっとしたらベトナムに飛ぶ前に、コザの街で飲み食いしたかもしれない。そして、ベトナムで死んだ人もいっぱいいるかもしれないと思ったわけ。映画の世界と僕の住んでいる街がリンクしたんです」

宮島さんは続ける。

「プラトーンがアカデミー賞をとって、戦争は2度としてはいけないというアピールをしたのに、僕が高校生になったら今度は湾岸戦争が始まった。なぜ人間は学ばないのかとすごく疑問に思った。沖縄は特にね、小学生のころから沖縄戦のことをずっと勉強しているし。映画は、社会に対する憤り、疑問、矛盾、そういうものを気づかせてくれました」

そうした気づきを得られるのは、コザという地域性も大きい。だからこそ、その街にシアタードーナツが存在する意義がある。

「コザはいろいろな人種がいますし、コミュニケーションが豊かな街だと思う。そういうところで育った僕らがいるから、シアタードーナツができたのかもしれない。コザに住んでいるだけで民主主義とは何だろうと考えざるを得ない。内地のどこか静かな街にいたら、基地問題などを気にはかけないと思います」

沖縄県民全員に観せたい映画

シアタードーナツは最初から社会的なテーマの映画を扱っていたわけではない。きっかけは、ある社会学者からの依頼だった。

開業から数カ月間、なかなか売り上げが伸びずに悪戦苦闘している時に、琉球大学の野入直美准教授から相談を受ける。大阪朝鮮高級学校のラグビー部を追いかけたドキュメンタリー映画「60万回のトライ」をシアタードーナツで上映したいというのだ。

「在日の高校生が抱える悩みや受けてきた差別など、僕の知らないことばかりでした。先生になぜ上映したいのかと聞いたら、過去にコザ高校のラグビー部は大阪朝鮮と対戦したことがあって、つながりがある。だからこそコザ高校の生徒に知ってほしいとおっしゃられました」

いざ上映すると、高校生だけでなく次々と客がやってきた。これに宮島さんは驚きもしたし、目から鱗だったという。

「この映画は、見てもらいたいターゲットが決まっていました。だからお客さんが来たんです。彼ら、彼女らが映画ファンかというと、特にそうではない。でも、テーマに興味があって足を運んだ。それからは、上映作品を選ぶときに、この映画は誰が求めているのか、誰が喜ぶのか、誰のためになるのか、それを見た人がどんな人生を歩むのか。そこまで考えるようになりました」

シアタードーナツの事業運営そのものの潮目も変わった。

「ただ単にこんな映画がやっているよとSNSで情報発信するのではなく、例えば、教育関連の映画なら学校に紹介したり、医療や介護をテーマにした映画であれば社会福祉協議会に持っていったり。あとは、その映画の内容について語れる人をゲストに呼んで、トークライブを開いたり。そうしたら2年目、3年目と少しずつお客さんが増えていきました」

また、こうした変化は宮島さんの“プレイスタイル”にも影響を与えた。シアタードーナツに来た人を捕まえては、積極的に作品をアピールするようになった。数年前からは上映前の前説、上映後の後説も行うように。

「そこで必ずお伝えするのは、映画を観て感動したら独り占めしないでねと。多くの人たちに観てほしいメッセージがあるから映画は作られている。皆さんの中だけでとどめているのはもったいないから、ぜひいろいろなところで映画の話をしてくださいと、ダイレクトに伝えるようにしました」

今、シアタードーナツで特に人気の高い作品が「人生フルーツ」だ。自然との共生を目指す建築家夫婦の物語である。

「この映画は何回上映しても、上映期間が終わったら必ず問い合わせが来ました。またやらないのかと。そこである日、人生フルーツは沖縄県民全員が観るまでやりますと、宣言しました」

沖縄のすべての人たちに届けたいという宮島さんの熱意と使命感は、しっかりと客の心にも響いている。例えば、こんなこともあったとエピソードを披露する。

「ある日、人生フルーツの上映後、背中を押してもらえたと喜んでいた男性客がいました。今の仕事を辞めて農業をしたいと思っていたそうなのです。その翌日、今度はおばちゃんが感動していたので、誰に勧められたのと聞くと、息子だと言いました。『うちの息子がね、サラリーマンを辞めて農業をやると言うの。私は心配さ。でも、彼の人生だしね。応援しなくちゃダメかね』と話すのでびっくりしました。前日来た男性のお母さんだったわけです」

宮島さんは、映画が親子のコミュニケーションにもつながったことに小躍りした。そして、映画は人の人生を豊かに変えたり、勇気をもたらせたり、前に進めたりする可能性があると改めて実感した。

映画館の必要性

宮島さんが最近嬉しく思うのは、シアタードーナツで貸し切り上映をして、作品の内容について熱心に対話をするような若者が増えていること。映画や映画館の価値を再認識してもらうきっかけになればと意気込む。

「社会に参加する入口として映画が役に立つと僕は思っている。そのためにも映画館は必要です。作品選びも大切だけど、そもそもこういった場所が街の一角にある意義は大きいと感じています」

実は、道路の拡張工事などに伴い、シアタードーナツは現在の場所からの立ち退きが決まっている。移転先は検討中だというが、これまで灯し続けた火を絶やさないためにも、引き続き多くの人たちに映画を通して社会に目を向けてもらいたい。宮島さんはそう強く願っている。

Photo:崎原有希

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