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「沖縄は風が気持ちの良い場所」路地裏の珈琲屋台で淹れる一杯【珈琲屋台ひばり屋】

沖縄の風を感じながらひと息つきたいなら、「珈琲屋台ひばり屋」がぴったり。リヤカーに積んだ道具で美味しいコーヒーを淹れてくれるのは、店主の辻佐知子さんだ。子どもから大人まで、地元民も旅行客もウェルカムなのは屋台ならでは。移住者でもある辻さんに那覇で珈琲屋台を営む面白さ、屋台から見える沖縄の風景などを伺った。

沖縄の風景に溶け込む珈琲屋台でひと休み

那覇の国際通りから路地裏に一本入ると、風に乗ってきたコーヒーの香りが鼻をくすぐる。木漏れ日の中でコーヒーを淹れる辻さんの笑顔に、こちらも自然と顔がほころんだ。

「外ならではの気持ちがいい景色がありますよね。時間ごとに陽が動くので、木漏れ日の綺麗さにも心惹かれます。緑も季節ごとにまた魅力が違ったりします」

深煎りアイス珈琲やハンドドリップ珈琲もおすすめだが、「初恋オレ」「カフェニコ」などユニークなネーミングのメニューも気になる。

「初恋オレは杏仁とラズベリーシロップが入っています。カフェニコは杏仁味です」

木製のベンチに腰かけると、時間を忘れてゆっくりしてしまいそうだ。晴れた日は青空の下で美味しいコーヒーを堪能できるが、風が通る場所だからか涼しさも感じられる。

広告代理店から珈琲屋台へのキャリアチェンジ

千葉県出身の辻さんが沖縄でひばり屋を開店したのは、30代になってから。それ以前は広告代理店に勤めていた。

「映画と旅行の広告がメインの会社で、販売促進の下っ端みたいなことをずっとしていました。いろいろなイベントや展示会など、物を売るためのキャンペーンの仕事ですね。そうしたイベントの仕事をしているうちに、代理店じゃなくて売る方の仕事がいいなと思ったんです。それで30代前半のときに、飲食の現場に転職してみたんです」

友人の店作りの手伝いや飲食店のアルバイトをする中で、ふと沖縄で屋台をやるというアイデアがひらめいた。

「新橋の飲食店でアルバイトをして帰るときでした。2004年1月だったことも覚えているんですが(笑)、アイデアが降ってきたんです。今ならフードトラックとかもいっぱいありますけど、あの頃の屋台って夜のイメージばかり。でも沖縄で昼間の屋台をやったらいいんじゃないかなと思いました」

当時は沖縄に移住するとは考えたこともなかったそう。ところが考えれば考えるほど、沖縄で屋台を開くアイデアがどんどん膨らんでいった。

「沖縄は風がすごく気持ちいいところだし、外で物を食べたり飲んだりするのも気持ちがいい。今でこそ自然に触れたりすることをアーシングとか言ったりとかしますよね。当時はそういうことは全く考えていなかったけど、沖縄って東屋みたいなところが海辺にもありますし、田舎の方だと家と外の境があんまりない」

「風が抜けていくからクーラーをつけていなくても、そんなに暑くない。外にイスを置いてみんなで新聞を読んでいたりするんです。それなら車じゃなくてもうちょっと敷居を低くしたくして、リヤカーにしてみました」

沖縄で2004年に珈琲屋台ひばり屋を開店。いく度かの移転を経て、牧志の桜坂にやってきた。

「最初はアスファルトの駐車場みたいな場所だったのを、開拓した感じです(笑)。桑の木も大きくなってきました。本当に細い木でしたが、2年ぐらいでどっしりしてきたんですよ。ちょっとの雨のときは傘になってくれています」

昼は小鳥のさえずりに癒されるひばり屋だが、夜は夜で面白い。近隣のスナックから聞こえる陽気な歌声もまた、ひばり屋だからこそ味わえる風景なのだ。

珈琲屋台が叶えるボーダレスな交流

箱ではなく屋台だからこその良さがある、と語る辻さん。風通しの良いひばり屋には、昔馴染みのこんなお客さんもいるのだとか。

「うちがオープンした頃、小学校5年生だった近所のコーイチっていう男の子が『俺、コーヒー好きなんだ』って、お小遣い持って一人でよく来てたんです。後から聞いたら、実はコーヒーは好きじゃなかったらしくて(笑)。でも挨拶もするし好奇心旺盛な子だったので、周りのお客さんともどんどん仲良くなっていきました。その子は今もときどき来てくれていて、『俺、30歳になっちゃったよ』なんて言ってます」

当時のひばり屋は駐車場でコーヒーを売るスタイル。コーイチ少年は駐車場の一角に座り、苦手なコーヒーを飲みながら大人とコミュニケーションをしていたらしい。

「タイチという子もいて、中学生の頃から来ていました。うちは旅行客も来るお店なのですが、中学生がそういう人と触れ合うことってないじゃないですか。旅人の語りをタイチが目をキラキラさせながら聞いていました」

ひばり屋でコーヒーの味を初めて知った人もいるのだろう。コーヒーを片手にさまざまな人とコミュニケーションする楽しさも、ここでなら気軽に楽しめる。

「高校生や大学生の頃から来てる子たちもみんな大人になっちゃってますが、結婚報告で来てくれたり、結婚式で出張コーヒーさせてもらったり。県外に出ても戻ってきたときに顔を出してくれる子もいます。お店を長くやってると、そういう成長を見られるんですよね」

そうした瞬間に幸せを感じるという辻さんは、リヤカーでコーヒーを売ることに大切な意味を見出しているそう。

「子どもたちが来られたのも、屋台で敷居が低いからかなと思っているんです。箱物だったらなかなか入ってこられなかったはず。屋台の良さはボーダーレスであることだと思っているので、店舗を持つところに私は興味がないんです。リヤカーのお店を一生続けたいですね」

昔ながらの当たり前を見守り続ける

常連の子どもたちの成長を見守りながら、街並みの変化も感じ取ってきた辻さん。ご自身にもこんな変化が生まれたそう。

「以前は古いものとか文化的なものにあまり興味がなかったんです。ですが昔からの沖縄の路地が残っているそばでお店をするようになって、古い建物は壊したらなくなっちゃうんだなと感じるようになりました。もちろん耐震性などの問題もありますが、巻き戻しできないものですよね」

実際に、昔ながらの沖縄の風景がなくなる様子もその目で見てきたという。

「農連市場という古い市場が残っていたんですけど、取り壊して新しくなったんですよ。農連市場って東南アジア的ですごく古かったんです。そこがなくなっちゃうとなったときに、『いや、ここは残すべきだ』『この空気感はなくしてはいけない』と思った人もたくさんいたんですけど、もう止められなかった。今は新しくのうれんプラザになりました」

当たり前だった日常や風景は、なくなるとわかってからその大切さに気付くこともある。

「飲み歩きが好きな人たちは、古い怪しい界隈に面白みを見いだしてくれるじゃないですか。誰も意図していなかったけれど、時間をかけて続けられてきたものに対して、ある時から急に価値が与えられることってありますよね。簡単に壊されちゃうものだから、文化財として残そうとする動きがないと守れない。みんなで抗いながら大事な文化的なものは残そうみたいな動きも始まっています」

千葉出身の辻さんが沖縄へ移住してから、この地に対して抱く想いとは。

「那覇のこの場所でやっているから、旅行で来る方たちもいるし、地元の人もいる。那覇はすごくうまい具合に混ざっているところだなと思います。ミニマムな小さい街だけど、独特の文化も交えつつ刺激がある。大きすぎる街だと全部見切れないですし、小さ過ぎるとすぐ飽きちゃう。ちょうどいいサイズですよね」

風も人もすんなりと入り込むことができる、ボーダレスな珈琲屋台ひばり屋。辻さんはこれからもここでコーヒーを淹れ続ける。

「那覇が好きで、ここから移転することは考えていないんですよ。昔の暮らしが残っていて、商売の本拠地であるようなこの街が好きなんです」

屋台だからこそ見える風景、聞こえてくる声も珈琲屋台ひばり屋の魅力。沖縄の風を感じながらいただくコーヒーは心を癒してくれるはず。那覇に来たときには、この心地よさを堪能してみてはいかがだろう。

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