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「伝統・挑戦の狭間で生み出す苦悩」沖縄産木材を活かした個性派木器【田里木器】

沖縄県糸満市に漆を使った木器を作る木漆工房がある。地域産の木材を活かして作品を作るのは、沖縄生まれの田里友一郎さん。「創作活動を通し明るいみらいづくり」を目指すことをコンセプトに、創作活動に励んでいる。漆の味わいや木が持つ個性に着目し、伝統を継承しながらも新しい手法にも挑戦。唯一無二の風合いを生み出す田里さんに、創作のインスピレーションや苦悩、沖縄産の木材の魅力などを伺った。

漆と木で創り出す田里木器の世界観

田里さんが生み出す木器は、装飾は最低限に抑えられながらも人を惹きつける存在感がある。

「首里にあるとんかつレストランYAMASHiROさんからの依頼で作った高台です。網を乗せることができて、トンカツを盛り付けて運べます」

伝統的な工芸作りの手法を学びつつ、新しい表現も取り入れた器だ。

「この依頼で器を作るときに考えた作り方で、本来はハケ塗りなんですけれども、スプレーを使って雫状の仕上がりにしているんですよ。料理人さんは器にもこだわられていますよね。(器が)主張しすぎても地味すぎてもいけないのでバランスが大事。色みを抑えているようにも見えるんですけど、器としての主張もあるように作っているつもりです」

さまざまな表現に挑戦してきた田里さん。陶器のような滑らかな質感を持つ器もあるが、持ち上げてみると木の器らしく軽いことに驚かされる。学んできた技術を注ぎ、アート性の高さと実用性も兼ね揃えた。

「このアンバランスさが面白いんですよ。コマ作りの技術で作られていて芯がしっかり取れているので、回転しても倒れることがないんです」

沖展うるま市長賞受賞、沖展入選を果たすなどの評価も得てきた田里さんだが、インスピレーションの源はどこにあるのだろう。

「まずは色から入るんですよ。鉱物や動植物など自然物もそうですし、SNSを使うようになってからは、海外の作家さんの作り方を考えてみたりもしています」

Uターンを機に挑戦した漆の新しい表現

沖縄出身の田里さんは、京都精華大学に進学。学生時代は寝食を忘れて建築学に没頭したという。

「京都の時のメンバーは今でも付き合いがあります。課題提出前は徹夜もありましたし、繋がりが強いですね。大学で建築学を学んで沖縄に戻ってきたんですけど、まず仕事がなくて。アルバイトをしながら沖縄県工芸技術支援センターに通いました」

当時の田里さんは漆を使った表現の経験はなかったそう。

「京都でも漆器の製造は見かけたんですけど、手を出したことのない素材だったんですよ。かぶれるというのも聞いていましたから。でも沖縄に戻ってきたときに改めて知って、そこから漆の工芸作品を作り出すようになりました」

漆との出会いを経て、首里城修復の仕事にも携わったという。京都から沖縄に戻ったからこそ得られた経験やインスピレーションが折り重なっていった。そうして2020年、田里木器をスタートさせた。

「やっぱり表現をしたいといいますか、漆の良さを伝えたいんです。装飾品としてのもの以上の素材の良さを伝えたいですね」

作風としては、いわゆる漆器とは異なる製法にチャレンジ。生まれ育った沖縄で再発見した漆の道で、オリジナリティを模索した。

「一般的な漆器作りの作業は、塗りの工程だけで二十工程はあるほど手間がかかります。色付けのときには鉱物などの顔料が使われています。僕の場合はいわゆる省略から始まったんですけど、いろいろ考えていく中で、顔料を風合いを出すための素材として使い始めました。たとえば水晶を使って肌触りを出しています。すると木器ですが、鉱物系の肌触りに仕上がるんです」

木器でありながら陶器のような滑らかさ、艶やかさが感じられるのにも理由がある。

「漆の表現力を見てもらうために、陶器風に仕上げました。沖縄の工芸では陶器が有名なんですけれど、その作風で作ってみたんです。陶器っぽく仕上げる難しさは技術的なところよりも、『漆器はこうあるべき』という縛りから抜けるところにあります。そこはちょっと勇気が要ります」

沖縄産木材の魅力と流通難のジレンマ

田里さんの木器作りで使用しているのは、沖縄県産の良質な木材。自身で木の伐採も行うという田里さんに、沖縄で生まれ育った木材にはどんな魅力があるか教えてもらった。

「県内で有用樹木と呼ばれている木が家具などの材料として使われていて、良質な木は130種以上あると言われてるんですよ」

沖縄の県花でもあるデイゴは、花だけでなく木材としても好まれる。

「デイゴは白い綺麗な木。スポンジ状の木で加工には技術が要りますが、色は乗せやすいです。質感は軽く柔らかいんですよ。癖はありますが面白い木ですね」

家具作りなどで使用されることも多いクスノキだが、沖縄楠(くすのき)にはこんな個性があるという。

「最近は特に好まれるのが沖縄樟。樟は県外にもあるのですが、沖縄樟は木目が面白い。大きなカウンターテーブルなどにすると、木目がよく見えると思いますよ」

精霊が宿るという言い伝えのあるガジュマルの木も、木材としてよく使われているそう。

「ガジュマルだけでも9種類あって、使い方も面白いです。僕はガジュマルを器にするのが好きなんですが、それは木目を見せられるから。だけど流通がままならないのが難しいですね」

伐採した木は用途やアイデアに応じて加工されていくが、シタマキ(エゴノキ)の木は創作に役立つ性質を持つ。

「シタマキ(エゴノキ)は変形に強いので、箸にも使いたい木材です。木はどうしても変形する特性があって、放っておくと形が変形してしまう。ですがこの木も流通が少なくて……。王朝時代にたくさん植えられた歴史があるので、ある場所にはあるのですが回ってこないんです」

世界的な物価の高騰が巻き起こる中、木材の供給にも影響が及んでいる。

「元々、沖縄にも林業はあるんですけれども小規模で、流通がうまくいっていないんですよ。漆に関しては特に値上がりしています。県の統計では漆器業界の人数は多いんですが、実際に従事できている人は本当に少ない。従事できている人は材料の確保をしっかりされている方です。ある意味、淘汰が進んでしまっています。僕は台風が発生した際に倒れた街路樹をもらいに行ったりすることも。今度はその木を乾燥させる期間が必要ですし、乾燥の方法も複雑なんですよ」

素材集めからこだわり抜いている木器だからこそ、醸し出せる味わいがある。ところが木材の流通や創作活動の継続など、工芸作家を取り巻く状況は良好とは言い難いのが現実だ。

総合的なまちづくり

田里さんは作家仲間と糸満市に拠点を構え、創作活動を続けてきた。最近は新たな取り組みへのチャレンジも考え始めたそう。

「まちづくりにも興味が出てきました。大阪を拠点にしているまちづくりのNPOさんとご縁があって、自分の仕事を良い社会形成に繋げられたらと考えています。今はまだ模索中なのですが」

まちづくりの取り組みについてはまだ具体性はないと語るが、その目は沖縄と工芸の将来にしっかりと注がれている。

「漆器職人の先輩も年齢的に引退していってしまっています。沖縄県立芸術大学には漆芸科ができて新しい年代の子たちを育成していますが、(沖縄の漆器の)企業さんは2社だけが残っている状況です。漆器は文化としてまだ残っていますし、後継者育成もしているんですけどね」

そんな田里さんが関心を抱いているのが、まちづくりとアートが生み出す相乗効果。ここにも作家としての経験や感性が息づいている。

「ものづくりやアート、建築もそうだと思うのですが、人に作用するじゃないですか。受け取りの感情といいますか。たとえば僕の作品を見て買ってくださる人もいますが、最後はやっぱりマン・ツー・マンなんですよね。僕を見て買ってくれる人が多いですし、そこに制作の実感も感じています。その裾野を広げるわけじゃないですけど、総合的なものづくり、人づくり、まちづくりを案内できるようなサロンを作りたいんです」

生まれ育った沖縄の木材を通して、インスピレーションをかたちにする田里さん。工芸作家を取り巻く状況に厳しさを感じつつ、これからも新しい創作にチャレンジするエネルギーが感じられた。田里木器に触れることで、今までは見えていなかった沖縄の魅力を再発見してほしい。

田里木器

田里木器 インスタグラム

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