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全3室のオーベルジュは「生産者さんの想いを伝える手段」【オーベルジュ エルバステラ】

北海道のほぼ中央、富良野地区にあり「ラベンダーの町」として知られる中富良野町。この町に、野菜ソムリエプロのご夫婦が営む全3室の小さなオーベルジュがある。オーベルジュとは、宿泊設備を備えたレストランのこと。大々的な宣伝をしている訳ではなく、ハイクラスな価格設定の小規模ホテルでありながら、予約はすでに数ヶ月先まで満室。この宿に泊まることを目的に、全国から人が訪れる。

この宿が、今ここまで多くの人に支持される理由とは? 約10年に渡り、北海道の自然と向き合いながら「オーベルジュ エルバステラ」を営んできたオーナー夫妻にお話を伺った。

オーガニックを選択する理由

「オーベルジュ エルバステラ」は、オーナーシェフである佐藤公亮さんと美智子さん夫妻が2013年、北海道空知郡中富良野町にオープンした。

開業時から、宿泊客の多くが1番楽しみにしているのがこちらで提供される料理だ。
使う野菜は9割以上オーガニックで主に無農薬・無肥料の自然栽培のもの。肉や魚、乳製品、卵といった動物性食品は一切使わず、植物性の食材と自然由来の調味料のみを用いて丁寧につくられるフルコース。使用する水も、ミネラルが豊富な北海道の湧き水を自ら汲みに行く……という徹底ぶり。

「オーガニックにそこまでこだわる理由は?」と尋ねてみたところ、美智子さんが実体験を踏まえて話してくれた。

「こだわっているというよりも、美味しいものを追求していたらオーガニックに辿り着き、オーガニックなものを選ぶようになると体がとても楽になってきたので続けているだけなんです」

例えば美智子さんはもともと花粉症がひどく、以前は薬が手放せない生活だった。しかしオーガニック野菜中心の生活に変えると少しずつ体質が変わり、花粉症の症状も治まってきたという。

「体が喜ぶものを取り入れて体内環境をととのえると、確実に体調に変化が表れます。目で見て分かるほど、自然栽培の野菜って本当にエネルギーに満ちているので」

たしかに、厨房に並べられた野菜は形こそ不揃いだが艶やかで肉厚で、その内側に豊富な栄養を蓄えていることがよく分かる。ひとつひとつ吟味するオーナーシェフ・公亮さんの眼差しは真剣そのものだ。

「自分たちが本当にいいと思えるもの、絶対的に美味しいと思うものを提供したいので、そうすると自然にオーガニックの野菜を使ったヴィーガン料理になるんです」

案内された裏庭の自家菜園は、種別ごとの区画整理はされておらず草も生え放題だった。

「ここでは可能な限り自家採種で、野菜たちが本来持つ力に任せる形で育てています。畑の中で、野菜自身が自分たちにとって心地いい環境を選んで育っているんです」

土の性質や陽の当たり具合など少しずつ環境が異なるなか、その場所に適した植物が強く育つのだという。また、そこで自然と落ちた種からまた次の芽がどんどん育ち、野菜たちの自生サイクルが生まれているのだとか。健やかに育つためには、自分にとって心地いい環境を見極めることが大切、ということか。

「ヴィーガンという生き方はとても素晴らしいと思います。でも、動物性食品は絶対NGと頑なに決めてしまうことで我慢やストレスが生じるのであれば、それは体に良くない。エルバステラで提供するお料理はヴィーガンですが、私たち自身は完全にヴィーガンというわけではなく、たまには天然のお魚なども食べますよ」

オーガニックを選ぶことは「目的」ではなく、自分たちが快適に暮らすための「手段」に過ぎないのだと、柔軟に、軽やかに、そう笑う姿が印象に残った。

 

素材と、生産者さんへのリスペクト

エルバステラと言えば、オンライン販売されているシェフお手製のコンフィチュールやピクルスなどの加工品も人気だ。例えば「イチゴとバニラのコンフィチュール」は量産されている市販ジャムの数倍の価格設定だが、リピーターが多く早々に完売する。

「価格だけを見ると高いと感じる人もいるかもしれませんが、最高の食材を厳選し、最高の素材を掛け合わせて一つひとつ丁寧につくっています。素材の生産者さんのためにも、相応の価格で販売することが大事だと考えています」

それはもちろん、オーベルジュで提供する食事に関しても同じ。

ある日、国内外あらゆる地でさまざまな料理を楽しんできたという老夫婦が滞在。宿での食事を終えた後に「贅沢の価値観が変わる料理だった」と声をかけてくれたと言う。
一見して分かるような高級食材を使っているわけではない、けれど本当に体にいい旬の野菜を選び、時間と手間をかけて徹底的に質にこだわってつくられた料理への最高の賛辞。

「私たちが大切にしていることが届いた気がして、本当に嬉しかったですね」

話を伺うなかで一貫して伝わってくるのは、素材へのこだわりと生産者へのリスペクト。「食べてみたい」純粋にそう思わせる、圧倒的な食への自信。体に良いことへの信念。そこに、人々がここを訪れたくなる理由が詰まっている。

地域ネットワークを作ることの重要さ

エルバステラでは、自分たちで育てることが難しい野菜やフルーツは自然栽培の生産者さんが育てた北海道内近郊のオーガニックのものを選んで使用している。
近郊の生産者さんたちとのネットワークを作ることは、地域の結び付きや経済の循環を作ることにも繋がっていくという。

「自分たちだけうまくやれていればいいとは全く思わない。中富良野町全体で意識を同じくして盛り上がっていきたいし、生産者さんたちの力になりたいんです」とご夫妻は語る。

「せっかくいいものを作っているのにそのPRが不十分だったり、添えられている写真が商品の良さを伝えられていなかったりすることも多くて」

これまでの経験から「発信すること」の大切さを痛感している佐藤ご夫妻は、生産者や中富良野町自体のプロモーション活動に取り組み始めた。

「例えばすごく美味しいドレッシングがあったとして、それを紹介するときにしっかり魅力が伝わる写真や、おすすめの調理法が添えられていたら興味を持ってくれる人も増えるじゃないですか。今後は生産者さんたちのためにそういったお手伝いもしていきたいんです」

もともとカメラの勉強をしていた公亮さんは、今秋からフードフォトグラファーとしてレシピの考案から調理・盛り付けまでを一貫して行う撮影事業を本格始動した。

また、美智子さんはより良い町づくりのために自身の経験やスキルを町に還元すべく、中富良野町の町民団体「ナカノワ」を発足。代表を務め、子どもたちの給食をより安全で良いものにすべく、まずは無添加や地産地消、その先のオーガニック化に向けた活動などに取り込んでいる。

「ヨーロッパを始めとする海外では環境問題が盛んに叫ばれ、持続可能な地球を目指すアクションがいろいろと行われてますよね。でも日本はSDGsという言葉がやっと認知され始めたところ。世界的に見るとまだまだ遅れを取っている状態で」

「今が本当に分かれ道なんですよ。どんどん想いを発信していかないと何も変わらない」

これからも町民向けのイベントやワークショップを企画し、SNSでも発信を続け、ともに学んでいきたいと美智子さんは語る。

「私はこの中富良野町がサステナブルな町になってほしいし、その可能性やポテンシャルがすごくある町だと思っています。ナカノワの活動は、ライフワークとして続けていきたいです」

生産者さんたちの想いを伝える場でありたい

「私たちはこれまでの経験や自分たちの知識を、どんどん町の人や生産者さんたちとシェアしたい。このオーベルジュも、シェフがつくる料理も、生産者さんの想いを伝えるための媒介手段、表現方法のひとつに過ぎないと思っています」

凛とした表情で語る美智子さんと、優しく頷くオーナーシェフの眼差しからは「生産者さんを守る、この町を守る、そのために自分たちが出来ることはなんでもやるんだ」という気概が伝わってくる。それが、ひいては自分たちの暮らしや未来、地球環境そのものを守ることに繋がるのだと。

そんな想いが根幹にあるオーベルジュ。時代の流れに敏感な人たちが、この宿に惹かれるのは当然のことなのかもしれない。

日本がこれからオーガニック先進国の地位に着くのは難しいだろう。だがオーガニックカルチャーが注目を集め「全米で1番住みたい街」と言われるポートランドのように、中富良野町がオーガニック先進“町”となる未来はあるかもしれない。佐藤ご夫妻のお話を聞いていて、そう感じた。

Photo : 辻茂樹

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