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網走駅前のシャッター商店街に、書店店主が優しくふるう「メス」【まちなか網走】

かつては賑わっていた駅前の商店街。シャッターが閉まった店が多くなり、今では郊外のショッピングモールへ行く住民ばかり。そんな状態になっている地域は、日本全国にあるだろう。網走市もしかり。「まちなか網走」は、その状況を打破するべく生まれた会社だ。賑わいを取り戻すべく始めたのは、空き店舗を活用することや、ふるさと納税に参加する個人店を増やすこと。代表の田中雄一さんに、街への想いや取り組みについて話を聞いた。

スピード感を持ってまちづくりをするために起業

肉屋や魚屋、洋品店や土産物店などが軒を連ねるアーケード街。網走駅からオホーツク海へ向かって歩く道すがらにあるのが「網走中央商店街」だ。冒頭に書いた通り、郊外のショッピングモールに客足をとられ、シャッターを閉める店が増えた時期もあった。

「寂しい商店街だねと言われることが多くて、なんとかしないといけないと考えていました。ただ、商店街の振興組合としてやるとなると、年度計画を立てて、理事会で話し合って、議会決議をして、さらにそこからどうするか……と段階を踏まなければならないんです。私は組合の理事長でもあるので、組合には組合のやり方があるのは理解しています。とはいえ、スピーディーに動くことができないのが問題。それなら、別会社を作ればいいと立ち上げたのが『株式会社まちなか網走』です。スピード感を持って、収益を上げながらまちづくりができるようにしたいと思ってのことでした」

そう話すのは、この商店街で書店を営む田中雄一さん。4代目として店を守りながら、まわりの変遷を見てきた人だ。田中さん曰く、そもそもはこの商店街の中心的な存在だった4階建ての大型スーパーが閉店してしまい、その跡地をどうするべきか考えるところから始まったという。

「真ん中に空き地ができてしまってね。朝市をしたり、イベント場所として活用したりしたんですが、まわりにシャッターの閉まっている店があるとどうしても寂しい雰囲気になってしまう。まずは、空き店舗をなくすことから始めようと考えました」

空き店舗をなくすためには事業を一緒に考えることから

店をやりたい、イベントを開催したいという人もいて、空き店舗もある。当時は、そこがうまく結び付かずにそのままになっている状態だった。それならマッチングするように紹介すればいいかというと、そうでもない。

「そもそも、事業を始めたい人が何から手をつけていいか分からないという状況が多かったんです。じつは、網走市や網走商工会議所、網走信用金庫などを調べると『創業者支援』としての補助金もある。だけど、どこにどう掛け合ったらいいのかわからないという人ばかりだった。それなら、一緒に考えていけばいいんじゃないか、と」

やりたいことに合わせて、市役所や網走商工会議所、網走信用金庫などと繋がりを持たせ、事業計画書を一緒に練り上げて提案する。開店・運転資金の補助が受けられるようにサポートしながら、同時に空き店舗を紹介すれば、商店街で店を始めてもらえるというわけだ。

「たとえば、コーヒーショップを開きたいという人がいて、一日5万円の売り上げを考えていると言います。網走でコーヒーを売るなら1杯300円くらい。それを1日何倍売るつもりなのか。人口が3万人ちょっとで、どれくらいの人が来ると考えるのか……と考えていくと、そもそも5万円の根拠って?となってくるわけです。空き店舗という『ハード』だけでなく、そこでどういうビジネスを展開できるか『ソフト』も一緒に考えていけるように、私自身も勉強しながらやっています」

さらに、会社としても空き店舗を活用して新たな事業を始めている。空きビルの2部屋を使ったゲストハウス「ワタラ」と、もと時計宝飾店を活用したコワーキングスペースの「ナシタ」だ。

「ありがたいことに『ワタラ』は海外のお客様からも好評ですし、『ナシタ』も企業向けのスペースは埋まっています。道外から出張で来る方も多い土地なので、ゲストハウスやコワーキングスペースはニーズに合ったのかもしれません」

どちらも補助金をもとに、改装したり、ホームページを作ったりしているため、これから事業を始めたい人にとってのお手本にもなっているのだろう。これらの活動が功を奏し、それまであった空き店舗はほとんど埋まっているという。

「シャッターが閉まっているというイメージはなくなりつつあると思います。ただ、難しい場所もあってね。競売物件や破産管財人の管理物件もあるので、そういうところはすんなり賃貸に出せるわけではない。みなさんいろいろな事情で閉店しているので、そこは仕方ないんです。好きでシャッター通りになったわけじゃないのでね、少しずつやっていこうと思っています」

ここで長く店を構え、変遷を見てきた田中さんだからこその優しい目線だ。これから来てくれる人のことばかりを考えてしまいがちになるが、田中さんはそうではない。店を閉め、それを貸したり売りに出す立場の人のことも考えながら、商店街のこれからを考えているのだろう。

「人口が減ってくると、つい移住促進のためのあれこれを頑張ろうとします。それも大切なことですが、私が考えるのは今もここで生活している人のこと。4万人が3万人に減ったとしても、まずは、残っている3万人の幸せが大事だと思うんです」

商店街で育った世代が店を始めて、活性を促進する

移住の促進に力を注ぐ人がいるなら、自分はすでにそこで暮らす人のことを考えたい。網走で生まれ育った田中さんにとって、自分を守り続けてくれた商店街の人たちは親戚のようなもの。その思いが商店街のあたたかさや親しみやすい雰囲気につながっているのかもしれない。その想いに応えるようにして、最近も新たに一軒の店がオープンした。

「網走では、他にはない店です。オーガニックで無添加の食材を販売したり、お弁当を作って売ったりしているんです。じつは、店主も働いている人も、この商店街で青春時代を過ごした人たちなんですよ」と嬉しそうに教えてくれる。

「無添加ごはん88」は、網走で初めてのオーガニックショップ。もともと信用金庫だったという広い場所で、半分を販売スペースにし、残りをイートインできるカフェとして使っている。

「高校生のころ、よくここの商店街で遊んでいて、思い出がたくさんある場所なんです。買い物したりダラダラ歩いていたりするだけで楽しかった。それが少し寂しくなってしまったので、なんとか活性化につながる役目を果たせたらという思いもあって」と、店員のあああさんが話してくれる間も、客足は絶えない。他にはない食材やお弁当を扱っているだけでなく、イベントも積極的に開催していて、料理教室やファスティングのサポートなどもしている。

田中さんは、この店のために場所のマッチングや資金繰りのサポートなども手がけたという。若い世代が戻ってきてくれたということが、本当に嬉しかったのだろう。照れくさそうに「私もここのおにぎりが好きなんです」と教えてくれた。

街のファンを増やすために「ふるさと納税」を代行

空き店舗の活用のほかに始めたのは、ふるさと納税の促進だった。

「今も頑張っている店に、さらに元気になってもらうためには必要とされていることが大事だと考えました。あとは、網走に住んでいなくても応援してくれる人を増やすことも必要だな、と。それなら、ふるさと納税の返礼品として人気になったらいい。ただ、個人商店が多くて、それぞれ忙しくて手が回らないのが現状だったんです」

そこで田中さんが手がけたのは、ふるさと納税にまつわる代行業だ。事業者登録のための申請書類を作成したり、サイトに掲載するための写真を撮ってやり取りをしたり。

「みんなやりたいけど、やり方がわからないと諦めていたんですよね。パソコンも使えないし、メールアドレスも持ってないからって。それなら私が代わりにやると話すと、みんな喜んで参加してくれました」

魅力的な返礼品があれば、網走から遠く離れていても、応援してくれる人が現れるはず。田中さん曰く「関係人口を増やすことが大事」というわけだ。網走の良さを知り、足を運んでみようという人が多くなれば、街も活性化する。ファンを増やすことが、すでに住んでいる人、店を営んでいる人たちの支えになるのだ。

「私のおすすめは、まるゆうさんのジンギスカンと、千秋庵さんのお菓子と、あとはさかなの金川さんのもおいしいんですよ。他にも……」と、次々出てくる。「まちなか網走」のサイトでは、それらのおいしいものを紹介しつつ、この商店街にどんな人がいて、どんな魅力があるかも発信している。返礼品からこの街に興味を持った人が、足を運ぶきっかけ作りもしているのだ。

そんな話をしながら、田中さんと一緒に商店街を回っていると、大きな工事をしている場所があった。冒頭で話していた大型スーパーの跡地だ。

「市役所がここに移転してくることが決まったんです。この工事のためにたくさんの人が来てくれているし、市役所ができればまた人の流れも変わるはず。お店を出したいという人も増えてきているので、これからは、より若い世代が入ってきてくれたらいいなと思っています」

この街に住む人を大切にしながら田中さんがコツコツ取り組んできたことが、より広がりを見せていくのは想像に難くない。すでにシャッター商店街という印象はすでにないのだから、きっとここからの発展も着実に進んでいくだろう。

株式会社まちなか網走

Photo:相馬ミナ

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