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大樹町で「流れ星を作る発想も」国ではなく民間主体の宇宙開発へ【北海道スペースポート】

2019年、日本の民間企業が単独で開発・製造したロケットが宇宙に到達した。発射場となったのは北海道大樹町。大樹町は1980年代より、官民一体となって「宇宙のまちづくり」を進めている。2021年にはアジア初の民間にひらかれた宇宙港「北海道スペースポート」を稼働させ、宇宙事業を牽引する自治体となった。大樹町で生まれ育ち、宇宙のまちづくり初期から携わってきたのが、現・大樹町長の黒川豊さんだ。黒川さんに宇宙の町としてのこれまでの歩み、インターステラテクノロジズ株式会社との信頼関係、未来に向けた宇宙事業計画の展望などを伺った。

大樹町で実現した民間ロケットの宇宙到達

1980年代から官民一体となって実施されてきた、「大樹から宇宙へ」の宇宙事業。大樹町に本社を置く民間企業インターステラテクノロジズ株式会社(以下、IST)がロケットの打ち上げに成功し、世の中を驚かせたのは記憶に新しい。

堀江貴文氏が出資したISTは、ロケット開発事業を手がける企業。2013年にISTが大樹町で事業を始める前から、堀江氏たちのロケット開発に協力していたのが黒川さんだ。ISTのロケット開発のための工場建設に関して、中学校跡地を紹介したのも黒川さんだったそう。

「私は大樹で生まれました。ISTの工場は中学校の跡地を利活用していますが、まさに私の母校です」(黒川さん)

2017年、ISTは宇宙観測ロケット「MOMO」の打ち上げ実験を開始。ISTを当初から見守ってきた黒川さんは、実証実験を見守りながらこんな想いを抱いていたそう。

「ISTができる前は、堀江さんの仲間たちが大樹町でロケットの打ち上げ実験をされていました。ISTが事業開始してからは、2017年の1号機、2018年の2号機と続けて実験をしましたが、ロケットは宇宙空間に到達せず落ちてしまっていました。『成功しなくては厳しいぞ』というところで、2019年の3号機打ち上げで見事に宇宙空間まで到達。大変感動しましたね」(黒川さん)

MOMO3号機の宇宙空間到達は、国内の民間企業単独のロケットとしては初の偉業。その後は6号機・7号機が2機連続で打ち上げに成功した。MOMO打ち上げでは地域住民のサポートが印象的だったと、IST広報の小林伸光さんが語る。

「町の人たちがISTを応援してくださいました。ロケット打ち上げの際にはのぼりを立てたり、町中のお店に応援の張り紙を貼ってもらい、見学席の会場づくりでは芝刈りに始まり観覧席の設営、駐車場の交通整理までもお手伝いいただきました」(小林さん)

2022年9月からは超小型人工衛星打ち上げロケット「ZERO」の発射場が着工。大樹町とISTはお互い協力しながら、宇宙に向けたさらなる一歩を進めている途上だ。

宇宙の町としてのスタート地点と現在地点

宇宙の町として実績が出始めている大樹町だが、元々は農業・漁業を営んできた。大樹町は十勝南部に位置し、広大な土地と自然に恵まれた地域。大樹町生まれの黒川さんが、宇宙を軸としたまちづくりの始まりを語ってくれた。

「私が子どもの頃には大樹町から宇宙に、というような話は全くなかったです。私が町役場に入ってからも、日本の宇宙開発はあまり進んでいませんでした」(黒川さん)

そんなとき、1984年に北海道東北開発公庫(現日本政策投資銀行)が、北海道大規模航空宇宙産業基地構想を発表。これをきっかけとして大樹町に「大樹スペース研究会」が設立され、宇宙の町としての歩みをスタートさせた。

「当時から、将来的にはロケットの発射だけでなく、スペースシャトルが大樹町に戻ってくるような宇宙開発もしたいと考えていたようです。そのためには、太平洋側の海に開けている広い土地の確保が必要でした。なぜ太平洋側で探していたかというと、ロケットの打ち上げは地球の自転の影響を受けるので、軌道に乗せる場合、多くは東に向かって打つからです」(黒川さん)

まさにロケットの射場としての条件が揃っていたのが、自然豊かでのどかな大樹町だったという。

「日本には海岸線がたくさんありますが、工業地帯や国道ができていますので、広くて開けた土地というのはなかなかありません。大樹町の周辺には海岸線に広いスペースがあったので、そこから宇宙基地の話が出ました。当時は『この田舎で宇宙(笑)?』と言われていましたが、宇宙関係の研究者の方々は『大樹町がいい』と言ってくれる方が多かったです」(黒川さん)

さらに1992年には、毛利衛さんがスペースシャトル「エンデバー号」に搭乗。日本でも宇宙開発の熱が高まった。宇宙事業の誘致を地道に継続していた大樹町でも、研究所や大学などの実験が行われるように。2008年には、大樹町とJAXAが連携協力協定を締結。そうして2011年、堀江貴文氏らが小型液体燃料ロケットの打ち上げ実験を大樹町で開始した。

「堀江さんから『大樹町でロケットを打ち上げたい』と聞いたときは、大学などの研究機関ではなく民間企業ということで、エンターテイメントというかイベント的な実験なのかとも思いました。ですが『真面目にロケットの開発をしたいんだ』とお話しをいただいたんです。そこで当時の大樹町長が『やらしてみればいいべ』と判断し、堀江さんたちのロケット打ち上げ実験が始まりました」(黒川さん)

実験はその後、ISTのロケット打ち上げ事業へと続いていき、MOMOの打ち上げ成功へとつながっていった。

研究機関から民間企業まで幅広く受け入れてきた大樹町。現在は、アジア初のスペースポート宇宙港「北海道スペースポート」にも注力。世界中の民間企業・大学研究機関等が自由に使え、シェアできる宇宙港を目指している。

宇宙開発で町の課題解決と活性化を図る

大樹町が宇宙の町として可能性をどんどん広げてきたのを、その目で見てきた黒川さん。「大樹町ではこれからも一貫して、宇宙事業の取り組みを継続していきたい」と語る。特に民間企業を誘致して宇宙事業を進めることには、大きな意義を感じているのだそう。

「日本でも、民間企業によるロケット打ち上げに関する法律が用意されました。宇宙が産業になってきていますので、産業集積を考えていきたいですね。大樹町で打ち上げたロケットを衛星軌道に乗せられるようになれば、関連企業が大樹町に来るでしょうし、町の知名度も上がります。いろいろなチャンスが生まれ、町が活性化していく可能性があるということです。もちろん大樹町の農業・漁業というのを大事にしながら、宇宙産業も活性化することを目指したいですね」(黒川さん)

大樹町では、人口減少が長らく町の課題だったという。「少子高齢化の過疎地で人口が減っている」と黒川さんが語るように、昭和20年代・30年代には町の人口が1万人を超えることもあったが、昭和40年頃から減少傾向に。平成になると、ピークの半分程の5千人台にまで減っていた。

「ISTが大樹町に工場を作り、たくさんの人たちが働いています。町内で暮らしている方も多いです。そうしたことによって、消費の面もですけども、人口減少を食い止めてくれています。令和4年末には大樹町の人口が若干プラスになり、画期的でした。ISTはこの町を活性化するためにいろいろなアイデアも出してくれています。実際にISTの呼びかけで、大樹町にパン屋さんや飲食店などができていて、まちづくりに貢献してくれました」(黒川さん)

宇宙の町として大樹町が注目されることが、町の課題解決につながる。さらに黒川さんが目指すのは、大樹町の活性化だけではない。より広い地域、国のことまで視野に入れているそう。

「JAXAが大樹町に施設を整備し、実験や研究をされています。そういった部分で人との繋がりができました。研究者に来ていただくことで、日本の宇宙開発や理工学の研究開発に貢献できているとも考えています。夏場は実験のためにここに来られる人が多く、宿が取れない状況になることもあるんですよ」(黒川さん)

大樹町が歩んできた宇宙開発の軌跡は、「大樹町宇宙交流センター SORA」内の展示で楽しむことも可能。過去に大樹町で打ち上げられたロケットやISTが開発したMOMOの実物大模型が展示されている。

宇宙がもっと身近になる、大樹町のこれから

官民でさまざまな企業や団体と協力し、宇宙の町としての歩みを進める大樹町。今後はどのような展望や期待を抱いているのか、黒川さんに聞いてみた。

「スペースプレーン(宇宙往還機)の離発着場などのPRをしています。宇宙旅行の話でいくと、たとえばアメリカのヴァージン・ギャラクティック社は、商業宇宙旅行の実用に向かっています。こうした技術は、スペースプレーンが発射したところに戻ってくるのではなく、違う場所に着陸してそのまま旅行できるようにもなるはずです。受け入れの空港を作る必要はありますが、(ほかの場所から発射したスペースシャトルが)大樹町に降りてくるということもありえるでしょう」(黒川さん)

宇宙事業の可能性はまだまだ未知数。日本はもちろんだが、国際的な宇宙開発からも目が離せない。

「宇宙開発は国が主体となって進められてきました。そこに民間企業が参入することによって、いろいろなアイデアが出てきているんです。流れ星を作ろうとしたり、宇宙デブリというゴミを回収しようとしたり、あるいはスターリンクなど、アイデアがどんどん広がっています。これからどんな宇宙利用が出るかわからないですね」(黒川さん)

大樹町に拠点を持つISTも、民間企業ならではのこんな想いを抱いているそう。

「ISTでは、誰もが宇宙に手が届く未来を作ることを目的としています。ですから、ISTが開発したロケットを他人のロケットのように見られたくないんです。要するに、ロケットに関係している人を増やしたい。そこで『ロケットエンジンのばくはつのかけら』を、大樹町のふるさと納税返礼品として出品しています」(小林さん)

『ロケットエンジンのばくはつのかけら』は、MOMOの燃焼実験中の爆発で生まれた、ロケットエンジンのグラファイト製のかけら。ロケット開発の努力とチャレンジの結晶ともいえる返礼品だ。このほか、ISTは工場や発射場見学も返礼品として出品。ロケット開発の現場をオープンにしつつ、ZERO開発・製造の資金集めとしてふるさと納税を活用している。

「自分がお金を出したロケットが打ち上がるんだと思うと、打ち上げに対するドキドキ感が変わってくると思うんです。そういう当事者感を味わっていただきたいと考え、ふるさと納税に出品しました。見学に来ていただければ、ロケット工場もいわゆる町工場と変わらないことを実感していただけるはず。ロケットって特殊なものに思われがちなのですが、ものづくりなんですよ」(小林さん)

「大樹町に来てくれる企業と、お互いにwin-winになれるように一緒にやらせてもらっていきたいですね。宇宙の町ということで、今後は宇宙に関する学びや体験も商品化しようと考えています。そういった取組で関係人口が増えるなど、町や地域のためになる効果へとつなげていきたいと考えています」(黒川さん)

農業と漁業が町の基幹であることを大切にしつつ、宇宙事業も加え、新しい循環が始まりだした大樹町。宇宙開発を手がける企業や団体がもっと増えれば、大樹町でさらに多くの実験が成功するかもしれない。宇宙をもっと身近に感じてみたい人は、大樹町を訪れてチャレンジの輪に加わってみてはいかがだろう。

大樹町

インターステラーテクノロジズ株式会社

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