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「子供が大きな骨つきハムを抱えて」一枚の写真が人口約6000人の希望に

26年暮らした東京を離れ、生まれ育った北海道池田町へUターン。2021年春より「地域おこし協力隊」としてふるさと納税の任務にあたっている松野康次さんは、着任後1年3か月で、低迷していたまちのふるさと納税額を巻き返した。

自治体の仕事に携わるのは初めてで、これまではまったく別の業界に従事していた松野さんが、故郷活性化のためにどんなことを行ったのか。成果を出した取り組みと、まちの未来についての想いを伺った。

「東京で空を見上げることはなかった」と気がついた

札幌市から車でおよそ2時間50分、帯広市からは35分ほど。十勝平野のやや東に位置する北海道池田町は、「十勝ワイン」の一大生産地だ。町営でブドウ栽培・ワイン醸造を行い、昭和36年に全国初となる自治体経営のワイナリーを創設。また、日本で初めてカーリングを導入したまちとしても知られている。

「北海道のことをあまり知らないまま18歳で上京したので、池田町にUターンした後、車中泊や宿に泊まりながら道内を旅して。残り3市町村で、179市町村すべて回ったことになります」と話す松野さんが週末に家にいたのは、1年間に5回だけ。休日返上で広い大地を巡遊して気づいた池田町の魅力は、「牧歌的なところ」だった。

「車で10分も走れば、牛や馬、野生の鹿に出くわしますから、ある意味広範囲の動物園というか、サファリパークにいるような気分。東京にいた頃は空を見上げることがなかったんですけど、今はつい月を見ちゃうくらい、日常的に空の広さを感じています」

松野さんは雄大な自然を肌で感じられる池田町に戻り、2021年度からふるさと納税推進員として活動。まちのふるさと納税に関わるすべての業務を担っている。

「中間事業者の方にお任せしている自治体さんも多いなか、池田町は配送管理や寄付者の管理をはじめ、書類の作成や精査、寄付してくださった方々にメールをしたり、口コミの返事を書いたり、すべて役場で行っています。新しい事業者を開拓し、新たな返礼品を手がけるのも僕の役目です」

池田町は、人口6,100人ほどの小さなまちで、大都市と比べたら事業者の母体も小さいが、松野さんは地道に事業者の元を訪ね、故郷を盛り上げたい一心でふるさと納税への参加を呼び掛けた。その甲斐あって、松野さん着任後に誕生した返礼品は、50品以上にのぼるそうだ。

まちの小さな事業者を救ったふるさと納税

「池田は内陸のまちですが、サーモンがあるんです。ドナルドサーモンというニジマスの一種をいけすで養殖している事業者さんがいらっしゃって。ドナルドサーモンはさっぱりと甘く、脂っぽさがない。このおいしさをたくさんの人に味わっていただきたいと思いました」

申し込みが入ったら、店主がすぐにさばいてていねいに骨抜きをする。その後急速冷凍することで、高い鮮度のまま寄付者の元へ届けられるシステムを事業者と築きあげた。その結果、返礼品に登録してから4か月足らずで、1週間で40近くの注文が入るほど反響があった。「池田町の規模で考えたらすごいこと」だと、松野さんは胸を張る。

そこではドナルドサーモン養殖のほか、ヤマメやドナルドソン(こちらもニジマスの一種)などが釣れる管理釣り場を経営しているといい、これまでの商圏はおよそ20km以内。利用客は地元の方がほとんどだったが、ふるさと納税の参加によって販路は全国に拡大。手塩にかけて育てた魚を遠くの人にも届けられるようになったことで、事業者の意識にも変化があったという。

「ご主人は3代目ですが、会社をたたむ選択肢もあったそうなんです。でも、ふるさと納税によって経営が上向き、事業を継続していくことが可能になった。ご主人が全国に伝票を書いてドナルドサーモンを発送するなかで、『本当に嬉しい』と涙を流される姿を見て、力になれて良かったと僕も想いが込み上げました」

松野さんのひと声と店主の努力が、新しい未来をつくった。

ちょっとの工夫で「申し込み数は倍増」

松野さんの取り組みは、ただ単に返礼品の数を増やすだけじゃない。商品のよさ、商品の特徴を“正しい形”でアピールするため、事業者・生産者の声に耳を傾けて発信することも大切にしている。

「まずは事業者さんのお話を聞くことが大前提。僕が着任する前にポータルサイトに書かれていた返礼品の紹介文は、実際の商品のPR部分と多少のズレがあったので、こだわっている部分や、商品にまつわるエピソードをお聞きし、1年かけて改訂していきました」

また、寄付者に刺さる謳い文句や、印象に残る見せ方も独自に分析。「池田町は、寄付者の約半分が関東圏の方です。僕は東京に26年住んでいたので、どんなキャッチフレーズを付ければ刺さるのかのイメージができていた。そういった部分をポータルサイトで工夫して書くようにしたら、アクセス数がぐんと伸びました」。

なかには、返礼品の申し込み数が去年の2倍に跳ね上がったものも。そのひとつが、十勝骨付きハムだ。

「寄付者の方から、お子さんが大きな骨付きハムを抱えて喜んでいるお写真をメールでいただいたんです。そこで写真の使用許可をいただいてポータルサイトに掲載してから、注文数が去年の2倍くらいになりました」

北海道の大自然で育った豚のウデ肉を使った骨付きハムは、長時間低温で塩漬けし、熟成させてからじっくりスモーク。味のよさもさることながら、重さ4kg、全長45cmという見た目のインパクトもアピールしない手立てはないと考えた。

そこで、寄付者から届いた“喜びの姿”を紹介文に盛り込むことで、この返礼品を選んだらどんなことができるのかイメージしやすいようにし、注文の後押しにつなげた。

ほかにも、返礼品に登録している事業者との意見交換会を3か月に1回の頻度で開き、寄付者の生の声を届けることも欠かさない。

「対面で販売していれば『いつもありがとう』と面と向かって伝えられますが、ふるさと納税の場合は、顔が分からない相手にモノを送っているだけになってしまう。それだけじゃ寂しいじゃないですか。寄付者の方からは応援メッセージが毎日何件も届いていて、僕自身励みになっている。だから共有できる機会を設けたかった」

2020年以降、池田町への寄付件数・寄付額は低迷していたが、2022年は大幅に伸びている。現状報告と応援メッセージをこまめに伝えることで「自信を持ってもらえたら」と、松野さんは願う。

寄付者、事業者、町民の“三方よし”を掲げて

故郷への“恩返し”は軌道に乗りはじめたが、ふるさと納税推進員になってしばらくは結果を出せず、頭を悩ます日々だった。

「東京に住んでいた頃は自分もふるさと納税の寄付者だったので、勝手は分かっているつもりでした。だから2、3か月で数字を変えられるだろうと思っていたら、初年度は前年の3割減で……。とてもショックでしたが、池田町の素材はいい。やる気のある事業者さんもいる。だから絶対に大丈夫だという気持ちはありました。では何が足りないのかを考えて、他のポータルサイトや自治体のやり方を研究したり、他の町に行って勉強させてもらったり、ポータルサイト主催の研修に参加して学んだり、とにかく知識を深めました」

そして、努力は実りはじめる。2022年8月の時点で、前年の同時期の寄付金額の総額に追いつき、12月には前年比145%と大躍進。松野さんの情熱が、よい数字となって表れた証拠だ。

「ドナルドサーモンの事業者さんをはじめ、みなさん本当に喜んでくださって。じつは僕が池田町にUターンしたのは体調が芳しくないこともあったのですが、ふるさと納税をとおして自分も元気をいただくことができました。本当にありがたい想いで、いま仕事と向き合っています」

寄付者、事業者、町民の“三方よし”。これが松野さんのポリシーだ。

「やはりいいもの、おいしいものは、寄付してくださった方に喜んでいただけるし、しっかりアピールできれば寄付件数に繋がってくる。その売り上げは事業者に直結しているので、事業者の活力になり、税収が増えることで、まちが使えるお金も増える。財政が厳しいというのは、地方自治体によくある話。だからこれからも“三方よし”を実現していきたい」

松野さんが自らに課した新たな目標は、寄付されたお金の使い道を、町民と寄付者にきちんと伝え、いただいた期待と応援をまちにしっかり反映していくこと。次なる目的地へ向けて、松野さんは勇往邁進する。

写真提供:北海道池田町役場

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