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「飛騨高山は“木の町”だと信じて」ゲストハウスに芽吹いた町おこし【cup of tea】

飛騨地方の中心に位置する岐阜県高山市は、外国人観光客からの人気も高いエリア。現在は環境省、松本市など関係機関と共同で「松本高山Big Bridge構想実現プロジェクト」を進行中だ。目指すのは、中部山岳国立公園ならではの山岳と麓の資源を活かして松本高山間を世界水準の観光圏として磨き上げ、彩で上質なコンテンツを提供すること。高山側の参画者の中から、ゲストハウスcup of tea代表の中村匠郎さん、スタッフ兼飛騨地域通訳案内士として働く山腰京平さんに今後の展望を伺った。

Big Bridge構想で山岳地帯の価値を再発見

中村さんは「松本高山BigBridge 構想実現プロジェクト(以下、Big Bridge構想)」のゲストハウス協議会(高山側)のリーダー。乗鞍岳の麓で生まれ育った山腰さんもcup of teaの社員かつ個人のネイチャーガイドとして参画している。

高山といえば古い街並みが人気の観光地。Big Bridge構想によって、どのような新しい体験を提供できるのだろう。

「観光コンテンツの配信や開発となると、行政区単位での動きが一般的でした。点の活動になりやすいのですが、高山市は小さな町だからできることが限られてしまう。Big Bridge構想では高山市と松本市をつなぐ線ができます。二つの街を繋ぐこの線上で、どういった体験を設計できるかという取組が新しいです」(中村さん)

北アルプス一体を占める中部山岳国立公園は、後立山連峰、立山連峰、穂高連峰、乗鞍岳など標高 3,000m級の山々で構成される国立公園。大迫力の岩壁や渓谷、ライチョウや高山植物の息吹を感じられる。

「中部山岳地帯という動線上では、いろいろなコンテンツを展開できます。特に高山は、森の町であり山の町。僕はロッククライミングが好きなので、クライミングができる岩場を開拓しています。ガイド同行でのみ入山ができる五色ヶ原の森では、外国人観光客を意識した取り組みも始めました。僕の友人はBigBridgeのエリアをE-バイクで走るツアーも考えていますよ」(山腰さん)

「ガイドによって展開できるツアーもそれぞれ。Big Bridge構想を契機に、より付加価値のあるコンテンツを提供し、その対価をもとに自然保護に繋げていけるような循環を回したいですね」(中村さん)

松本市と共同で考案中のロングトレイル構想実現も待ち遠しい。松本市と高山市の間を横断するルート完成を目指し、さまざまな意見が交わされているという。

「アップダウンも多いエリアですし、乗鞍の噴火によって形成された地形や滝、日本の原風景のような田園地帯や里山風景も楽しめますので、バラエティに富んだ面白いコースができるんじゃないかと期待しています」(山腰さん)

2つの自治体をまたぐ観光資源として、山岳地帯の価値を再発見するBig Bridge構想。ゲストハウス
「cup of tea」が、Big Bridge構想に深く関わるようになったきっかけとは。

「松本側の乗鞍高原にゲストハウス『雷鳥』があって、そこを運営している友人からの誘いを受けたのが始まりです。ゲストには高山に滞在した後に上高地を散策し松本に下山する方が多い。ですが僕らは松本側のゲストハウスの事情を全く知らない状態でした。そこで松本のゲストハウスのオーナーさんたちと知り合って、意見交換やコラボをしたいと考えたんです」(中村さん)

山腰さんも、Big Bridge構想が起こす変化に大きな意義を感じている。

「ガイドは一匹狼が多く、個人で活動しているが故、旅行者が各ガイドの個別ツアーの情報までたどり着くのが難しい状況です。また、安定収入の確保が難しく生業とすることにも課題がありました。今回のBig Bridge構想を機にガイド同士のつながりが広がれば、発信力やコンテンツが強化されるきっかけとなり、新たな体験価値を提供できる体制が整えられると考えています」(山腰さん)

ゲストハウス「cup of tea」で働く人々

中村さんは、ゲストハウスcup of teaのオーナーにして銭湯「ゆうとぴあ稲荷湯」の四代目でもある。元々は外資系のIT企業やコンサルティング企業で働く会社員だった。

「僕は生まれも育ちも高山ですが、高校1年生のときから海外へ単身留学し、アメリカやデンマークなど5カ国で10年程過ごしました。東京で就職して7年程働き、途中で転職をしてシンガポールの会社で働いたりしたのですが、会社員生活にちょっと違和感があって、2017年にUターンをして自分で事業を始めようと思ったんです」(中村さん)

中村さんが地元に戻ってきた頃、高山はインバウンドバブルの絶頂にあったという。

「4代目として銭湯を継承しつつ、家業を継ぐためだけに帰ってきたのはダサい気がしていました。自分らしくできることをやりたいと考えたんです。海外経験や社会人で培ったビジネスなどを掛け合わせてみると、ゲストハウスならばと思いました。そうして2018年2月に1号店のup of tea : guesthouseを開店したんです」(中村さん)

山腰さんも、Uターン就職をして帰郷した一人。会社員からネイチャーガイドへとキャリアチェンジした経歴を持つ。

「僕は高校まで高山で育ち、京都の大学に進学し4年間過ごしました。建築を専攻していて、卒業後は高山に返り住宅メーカーに就職。ですがノルマなどを抱えこの先、自分にとってこの仕事を続けるべきかと迷いを感じていました。転職をするなら英語が話せるようになりたいと思い、カナダに1年間行ったんです。日本に帰るか悩んでいたときに、高山がインバウンドバブルを迎えていて、英語を話せる人材を探していることを知りました」(山腰さん)

カナダに滞在中に地元企業のスカイプ面接を受け、インバウンド向けのツアー会社に就職。帰郷後は、飛騨地域の通訳ガイド養成講座を受講。登山やクライミングが好きだったことから、個人でもガイド業を請け負うようになったそう。

「当時、仕事の関係で三重県を訪れたんです。すると熊野市の行政がロッククライミングで町おこしをしていました。日本各地やヨーロッパからその町の岩を登るために人がやってきているのを見て『すげえ!』と思って、僕も参加させてもらいました。こういうことを高山でもやりたくて、帰省するたびに登れそうな岩を探すように(笑)。地元である丹生川町の木地屋渓谷にロッククライミングに適した岩場を発見。個人での活動には限界があったので、仲間と市民活動団体を立ち上げました」(山腰さん)

中村さんと山腰さんは現在、cup of teaを屋号に持つ2つの宿を一緒に運営している。高山の自然を生かした事業展開を目標に、それぞれが持つスキルを発揮しているのだ。

生まれ故郷への想いを具現化した「cup of tea」

旅行者にとって、cup of tea : ensembleは飛騨高山らしさを感じられるゲストハウス。オーナーの中村さんは、こんな想いを宿に込めている。

「cup of tea : ensemble自体が、地元の家具メーカーの飛驒産業さんとのコラボレーション。宿のコンセプトは、自分達の身の回りに”あるもの”、豊な森林資源に光を当て、いかすことです。飛騨高山は山に囲まれていて、昔から身の回りにある資源を有効活用し、食文化や産業が発展してきました。僕は高山が木の町だと思っていて、木の町としてのまちづくりをしていくのが僕のライフワークです。起点であり、その象徴みたいなものがこの宿なのかもしれません」(中村さん)

宿に使用されているほとんどは飛騨地域の材で、杉材、間伐材、端材、中古品が4つの“あるもの”の価値を提案している。

「スギの間伐材でベッドや建具を作っています。また本来は家具利用が難しい広葉樹間伐材を使ってダイニングテーブルや枝照明を作っています。本当はこうした木材を家具に利用するのは難しいんです」(中村さん)

一号店のcup of tea : guesthouseは、ドミトリーと和室の2種類の部屋が用意されている。気軽に滞在したい人向けのドミトリーは、木に包まれているかのようなポッド型ベッドが魅力。ゆったりくつろげる和室は、2~3人の滞在にぴったりだ。道路を挟んだ目の前に、銭湯「ゆうとぴあ稲荷湯」があるのもうれしい。

一号店から徒歩2分の距離にあるcup of tea : ensembleは、銀行として使われていた建物をリノベーション。8部屋全てに天然木で造られたベッドがあり、旅の疲れをやさしく癒してくれる。コミュニティラウンジは旅好き同士の交流や、ワーケーションの作業場所にもおすすめだ。

「飛騨地域には豊かな森林資源がありますし、それを価値転換するために必要な林業従事者や製材従事者から加工メーカー、個人作家さん、設備機械のメンテナンス事業者まで多くいらっしゃいます。『木』を中心に既存産業の裾野を広げるだけでなく、まちづくりの中心にも据え直すことが、この地域ならではの持続可能なまちづくりのあり方ではないかと考えています」(中村さん)

cup of teaではネイチャーガイドの山腰さんが受付をしており、街中から自然の中までおすすめのスポットを案内してもらえる。

「グルメなら郷土料理の『寿々や』というお店で、ほうば味噌や飛騨牛のステーキを食べられますよ。飲食店が連なる朝日町にある『うり坊屋』もおすすめ。猟師一家が経営するジビエ料理を出しているお店で、父親、長男、三男が狩猟で獲り、次男が捌いて料理を提供されています」(山腰さん)

「他にも飲み屋街の中心に『半弓道場』という遊技場があって、弓道の半分のサイズの弓を射ることができるんです。地元の人間が飲むときは一軒目とニ軒目の間に半弓道場を挟んで、弓をパパンと射ってから二軒目に行きます(笑)」(中村さん)

高山の資源を守る、100年見据えたまちづくり

高山市は1986年に国際観光モデル地区に指定された地域のひとつ。同年には国際観光都市宣言をうたい、2011年には自治体が海外戦略室を設置した。外国人観光客に対するアプローチを促進し、インバウンド戦略を積極的に実施してきた自治体だ。

一方で、ゲストハウスや銭湯を経営する中村さんは、オーバーツーリズムへの危機感を覚えているそう。

「このまま観光地化を推進することへの違和感が僕の中にはすごくあって。それだと消耗されるだけの街になってしまう。地域の文化や歴史、産業などに根付いた街に方向転換した方がいいのでは、という感覚がコロナ禍の気付きとしてありました」(中村さん)

cup of teaのコンセプトにも現れているように、中村さんは木の町としての高山に、より可能性を感じている。山腰さんもまた、高山が持つ自然環境に大きな価値を見出しているそう。

「観光客の多くは高山市全体の1-2%しかない市街中心部だけを見て帰ってしまう。Big Bridge構想ではこの街が持つ豊な森林資源を活かしたコンテンツや体験を作り込める良いきっかけになるんじゃないかと考えています」(山腰さん)

地域を取り巻く環境は刻一刻と変わっていく。だからこそ、高山が持つ魅力や価値を忘れてはいけない。

「高山は山に囲まれていて不便なところもありますが、だからこそ社会の流れから遅れることができたり距離を取ることができる気がするんです。自分たちの足元を見てあるものをいかし、100年先を見据えていこう。そういうことが人里離れた高山でならばできるんじゃないかと、可能性を感じています」(中村さん)

2022年時点では開発段階にあるBig Bridge構想。インバウンド回復の兆しが見えてきた今、構想をいよいよ具体化させていくタイミングを迎えている。cup of teaを拠点に、飛騨高山の知られざる魅力を探索してみるのもおすすめだ。

cup of tea : ensemble
https://cupoftea-takayama.net/ensemble/project/cup-of-tea-ensemble/

松本高山Big Bridge構想実現プロジェクト
https://chubusangaku.jp/bigbridge_project/

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