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飛騨の野山は薬箱。薬草の力で市民を元気にするまちづくり

岐阜県の最北端に位置する飛騨市は、面積の93%を森林が占める自然豊かな市だ。245種類以上もの薬草が自生しており、昔から人々は、それらから得られる薬効を体に取り入れてきた。

そんな自然の恵みと先人たちの知恵を受け継ぐ飛騨市は、薬草を地域資源として活用するまちづくりに取り組んでいる。NPO法人や薬草愛好団体、地元企業などと協働し、市民の健康づくりを目的に薬草を普及させる「飛騨市薬草ビレッジ構想」を推進。日本でも珍しい、官民が手を取り合った薬草プロジェクトとして注目を集めている。

実際にどんな取り組みをしているのか。飛騨市商工観光部の職員で、飛騨市薬草ビレッジ構想推進プロジェクトの地域プロジェクトマネージャーを務める岡本文(おかもとあや)さんにお話を伺った。

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飛騨の森で育つ薬草で市民の健康づくりを

クワ、イノコヅチ、メナモミ、スギナ、ノブドウ、ドクダミ、ヨモギ……。飛騨市では245種類以上もの薬草が見られる。

「飛騨市の面積の93%は森林で、その約7割が広葉樹です。ブナ、ナラ、サクラ、クリなど落葉の広葉樹が多いので、いろいろな養分を含んだ落葉や木の実が長い時間をかけて土壌の栄養に変わります。飛騨に多くの薬草が自生するのは、そんな豊かな土があるからかもしれません」(岡本さん)

煮出してお茶として飲んだり、すりつぶして虫刺されやしもやけに塗ったり、乾燥させてお風呂に入れたり……。飛騨では、土のミネラル分を多く含む薬草が人の体を整えてくれるものとして、昔からさまざまな用途で使われてきた。

例えば、飛騨で多く採れるドクダミ、クロモジ、イノコヅチには以下のような薬効がある。

・ドクダミ:葉を乾燥させた十薬は解毒、利尿、整腸剤、高血圧、アレルギーなどに効果が期待できる。生葉は排膿、抗菌作用がある
・クロモジ:湿疹、皮膚の炎症、皮膚病、皮膚掻痒症、肝臓病、胃腸炎、関節症などに効果が期待できる
・イノコヅチ:利尿、強壮、膝痛、腎臓病、神経痛などに効果が期待できる

※村上光太郎「薬草を食べる」より

昔からおじいちゃんおばあちゃんが「体に良いから飲みなさい」と伝えてきた薬草は、私たちが本来持っている自然治癒力を高め、病気にかかりにくい体にしてくれる民間薬だ。

飛騨市の2022年時点の人口は2.2万人。2004年に古川町、神岡町、河合村、宮川村の2町2村が合併して飛騨市が誕生したときの人口は、約3万人だった。飛騨市の人口は減少の一途をたどっている。反面、人口に占める高齢者の割合は増えているため、社会保障費の増加が予想される。

また、雪深い土地である飛騨では昔から塩分の多い保存食がよく食べられ、おかずの味付けも濃いめだ。寒暖差も血管の収縮や血液の流れに影響を及ぼす。そのため、生活習慣病、特に血管の病気になる人が多い。

こうした背景があることから、山々に自生する薬草を使って、高齢化が進む市民の健康づくりをサポートする飛騨市の取り組みが始まった。

薬草をより楽しめる施設「ひだ森のめぐみ」

「薬草を活用してみんなで元気になろう!」そんな思いで、飛騨市では2013年度より地域内での薬草知識の普及や活用方法の啓発をスタート。翌2014年には全国の薬草普及に取り組む自治体や団体が集まる「第3回全国薬草シンポジウムinひだ」を市内で開催した。

さらに、2016年より市役所内で「飛騨市薬草ビレッジ構想推進プロジェクトメンバー」として有志職員を委嘱し、薬草の普及や活用法を周知する活動を行っている。

2019年10月には、飛騨古川のまちなかに薬草を楽しめる施設「ひだ森のめぐみ」がオープン。薬草茶の試飲や購入はもちろん、ワークショップにも参加できる場所として、市民や観光客に開かれている。

「ひだ森のめぐみ」は飛騨市の施設であるが、運営はNPOに委託している。薬草に詳しいスタッフが常駐しており、薬草に関する話を聞いたり、薬草や生薬の展示を見たりすることが可能だ。12種類の薬草から選べる薬草茶づくり「ティーセレモニー」(要予約)や、薬草七味作り、薬草コケ玉づくり、薬草入浴剤づくりなどのワークショップにも参加できる。

特に人気があるのは、500円(2022年6月30日現在)で気軽に楽しめる薬草七味作りだ。トウガラシ、サンショウ、イノコヅチ、トウキ、クロモジ、ノブドウ、メナモミなど、飛騨で採集され微粉末に加工された薬草をブレンドして、オリジナルの七味を作れる。

「トウキは古くから日本で使われてきた薬草です。クロモジは華やかな良い香りでリラックスができますよ。スギナは他の薬草との相性がいいんです」と、薬草に詳しいスタッフが特徴を説明してくれる。気分に合わせて、あるいは味・香りの好みに合わせて、入れる薬草を選べるのが嬉しい。楽しみながら薬草の知識も自然と身につけられる体験だ。できあがった薬草七味は自宅に持ち帰ることができる。

また、ひだ森のめぐみでは、市民が育てた薬草を持ち込んで乾燥・粉末加工できるサービス(有料)を開始。50~70代を中心に利用者が増えている。この拠点ができたことで、定期的に薬草茶を買いに来て、継続飲用するようになった市民も増えたという。

薬草に興味をもってくれる市民の増加

「ひだ森のめぐみができてから、薬草に興味を持ってくれる市民が増えました。とはいえ、まだまだ周知をしている途中。さまざまなイベントもやっているので、たくさんの人に参加して欲しいですね」(岡本さん)

市内では、薬草の講座をはじめ、飛騨市古川町黒内地内にある「朝霧の森」でのフィールドワーク、市民へのメナモミ苗の配布など、さまざまな取り組みが行われている。

メナモミには動脈硬化や脳溢血の予防、手足の麻痺の改善などの効能があるといわれている(村上光太郎「薬草を食べる」より)。そのため、市を挙げてメナモミの活用を推進している。高齢者人口が増え、社会保障費の増加が予想される飛騨市にとって、メナモミはぜひとも活用していきたい有益な薬草なのだ。

地元企業と協働しているのも、飛騨市薬草ビレッジ構想推進プロジェクトの特徴だ。実際に飛騨古川のまちなか散策をすると、あちこちで薬草を使った商品を目にする。

薬草の会席、カレー、蕎麦、ベーグル、メナモミサブレ、くろもじ茶……。市内の飲食店では薬草を使った料理やデザート、飲み物を出すところも増えた。市ではそうしたお店をまとめた「薬草まちめぐりMAP」を作り、ひだ森のめぐみや市役所、飛騨古川まちなか観光案内所などで配布している。

飛騨が薬草のまちとして認知される未来

「『長年、体の調子が悪かったけど、薬草を日常的に取り入れるようになってから丈夫になった気がする』といった話はよく聞きます。地域の中心的な存在が薬草を育て始めたり、採取して加工したりしていると、周りに人が集まってくる。みんなの暮らしに薬草が存在するようになって、採るのが得意な人、栽培が得意な人、料理が得意な人などのように、自然と役割が分担されてうまく回っているように思います」(岡本さん)

薬草が人を健康にし、人が自然を守り、その自然が薬草を育む。誰かの薬草への興味が周りに伝播していく。そんな循環する仕組みは、少しずつではあるが、着実に広がっている。

「市民の健康寿命の延伸がこのプロジェクトの第一の目的。でも、それだけじゃなく、薬草を使った加工品の開発・販売などを、市の産業や観光の目的のひとつにできたらいいですね」と、岡本さんは期待を寄せる。

飛騨市薬草ビレッジ構想推進プロジェクト誕生の背景には、地域に自生し古くから活用されてきた薬草で、高齢化が進む市民の健康を守りたい思いがあった。官民が一体となって薬草の周知を進めることで、より身近なものになり、元気に暮らせる市民が増えていくだろう。

高齢化は飛騨市だけではなく、日本全体の問題だ。将来、飛騨が薬草のまちとして広く認知されるようになれば、薬草ツーリズムが生まれて飛騨を訪れる人が増えるかもしれない。薬草の力を信じ未来を見つめる飛騨の人々から、そんな可能性を感じた。

(文:ayan) 

参考情報

薬草体験施設「ひだ森のめぐみ」
住所 岐阜県飛騨市古川町弐之町6-7
電話 0577-73-3400
営業時間 10:00~16:00(年末年始休)
販売商品 薬草茶葉・薬草入り食品・野草グラノーラなど
 
飛騨市薬草ビレッジ構想推進プロジェクト
http://www.city-hida.jp/yakusou/

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