読むふるさとチョイス 地域の挑戦者を応援するメディア

クリエイティブな視点で飛騨の森に新しい価値を生み出すヒダクマの挑戦【ヒダクマ】

岐阜県の最北端に位置する飛騨市は、面積の93%を森林が占めており、その7割がブナやナラなどの広葉樹林だ。また、組木をはじめとする優れた木材加工の伝統技術、いわゆる「飛騨の匠(ひだのたくみ)」の技が息づく土地でもある。

飛騨市は、2014年に豊かな森林資源の広葉樹を活かし、持続可能な地域づくりを目指す「広葉樹のまちづくり」を立ち上げた。

2015年には、広葉樹を活用した商品の企画・開発・営業・販売を行う新たな事業主体として、クリエイティブ・カンパニーのロフトワークと、全国で森林業のプロデュースを行うトビムシの民間2社と飛騨市が出資し、「株式会社 飛騨の森でクマは踊る(通称:「ヒダクマ」)」を設立。

一度聞いたら忘れられない社名には「クマも喜んで踊りだすくらい豊かな森を目指す」、そんな想いが込められている。

「ヒダクマは、広葉樹の森と、クリエイターのアイデア、飛騨の職人の高度な木工技術、最新のテクノロジーを掛け合わせ、飛騨の森に新しい価値を生み出す企業です」と教えてくれたのは、ヒダクマのマーケティング・PRを担当する井上彩さんだ。

官民共同で地域資源に価値を与える新しい森林活用モデルについて、お話を伺った。

新しい形の官民共同事業「飛騨の森でクマは踊る」

ヒダクマの出資企業であるトビムシは、全国で間伐材活用プロジェクトや林業プロセスの改革を通して、地域再生に実績を持つ企業。ロフトワークは、大規模なクリエイターネットワークを持ち、デジタルものづくりカフェ「FabCafe」の運営など、多様なクリエイティブサービスを提供するクリエイティブ・カンパニーだ。

ヒダクマは、飛騨市・トビムシ・ロフトワークの三者の強みを掛け合わせ、建築家やデザイナー、飛騨の職人とともに、広葉樹を活用した建築空間・家具製作ディレクション、さまざまな分野の専門家との森の調査・研究、FabCafe Hidaの運営や、森の恵みを活かした商品開発などに取り組んでいる。

目指すのは、100年先の未来に向け、地域資源である広葉樹の活用・循環・価値創造だ。

ヒダクマの1つめの拠点は、飛騨古川のまちなかにある古民家を改装した「FabCafe Hida」。3Dプリンターやレーザーカッターなどのデジタルものづくりマシンを設置したカフェである。

カフェにはゲストハウスと、蔵を改装した木工房が併設されており、滞在製作が可能だ。「デジタル」と「リアル」の枠を超えてイノベーションを生み出せる空間となっている。

「飛騨には匠の技術を受け継ぐ大工、家具職人や林業を営む人がいます。地域の人々の視点とクリエイターの持つ視点、デジタルテクノロジーと手仕事を融合させて、ともにつくる。そのプロセスが、世界と地域、都市と地域、地域と地域をつなぐヒダクマのユニークポイントです」(井上さん)

FabCafe Hidaがオープンしてから、国内のみならず海外からも多くのクリエイターが訪れるようになった。併設するゲストハウスに泊まり込んで製作をする建築家もいたという。

また、カフェでは、森で採取した香木から生まれたクロモジコーヒーやクロモジ茶、クロモジクラフトコーラなどのメニューを提供している。

「一杯のコーヒーの中に飛騨の森がある」FabCafe Hidaのクロモジコーヒー

クリエイティブな力で森に新しい価値を

ヒダクマは、建築家・デザイナー、地域の林業事業者や職人たちと連携し、飛騨の広葉樹を活用したユニークな家具・建築空間の設計・製作ディレクション、プロダクト開発を行う。

また、通常流通していない木に世界中からアクセスできるよう、木をまるごと3Dスキャニングした3Dデータを公開する「曲がり木センター」を運営している。木の3DデータはWebサイトで誰でも取得でき、設計や加工に活用できる機会を創出しているのが特徴だ。

「飛騨市の森林の7割は広葉樹林で、その多くは小径木といって細い木です。小径広葉樹は歩留まりがわるく家具づくりには向かないとされ、流通量の95%がチップやパルプとして安く取り引きされています。樹種の豊富さゆえに安定供給も難しい。

でも、多様性は広葉樹の大きな魅力です。クリエイティブな力を取り入れてこれまでとは違う価値を生むことができれば、森の資源をもっと有効活用できるに違いありません」(井上さん)

ヒダクマには「森へチーム」「森でチーム」「森をチーム」の3つのチームがある。

「森へチーム」は、Webサイト運営やメールマガジンの配信、オンラインイベントなどで人を森へ誘う最初の入り口を作る担当だ。「森でチーム」は、FabCafe Hidaや飛騨の森に来てくれた人にいろいろな体験をしてもらったり、製作をしてもらったり、アイデアを膨らませてもらったりして、関係を紡いでいく部分を受け持つ。

そして、森の資源に付加価値を持たせ、多様な形を創り出していくのが、設計やデザインを手がける「森をチーム」だ。この3つが循環しながら動いている。

広葉樹で建築をつくった「森の端オフィス」

2022年8月30日、広葉樹を活用した建築であるヒダクマの新拠点「森の端(もりのは)オフィス」がオープンした。まちなかから川を渡った森の端っこに位置するこの場所は、林業で川中(かわなか)と呼ばれる、広葉樹を専門とする集材所・製材所・木材乾燥施設と隣接している。

川上・川中・川下は、木の流通経路を川の流れに例えた言葉だ。川上にある山で木を伐り、川中で仕分けや製材をして、川下の家具メーカー・木工職人が木を使って製造・販売する。

今まで川下の役割を担ってきたヒダクマが、川中にオフィスを構えることで、森林資源流通をリアルタイムに捉え、木へのアクセシビリティを高め、地域内外の人々との連携を図って広葉樹の価値化に取り組んでいくことが狙いだ。

広葉樹をふんだんに使った森の端オフィスは、森林資源循環と広葉樹のポテンシャルを具現化した建築だ。設計を担当した気鋭の若手建築家ツバメアーキテクツ・チドリスタジオや、飛騨の匠が手がけた実験的な建築は大きな話題を呼び、ハイブリッド開催されたオープン記念イベントには全国から多くの人々が参加した。

建築家やデザイナー、企業とコラボレーションするとき、ヒダクマが大切にしているのは、最初に彼らといっしょに森へ行くことだ。

「実際に森へ行くと、いつもは板でしか見ることのない木を『森の中に立っている木』として見られます。木だけでなく、もっと広い生態系として、森を五感で感じてもらうことがインスピレーションにつながる。森でしか生まれないアイデアがあると思います」(井上さん)

いっしょに材料を選び、つくることはトレーサビリティを体感する意味も持つ。クライアントや建築家は「この木はどこの森から来て、誰が伐って誰が製材し、誰が製作したのか」を知り、森と地域の人々とのつながりの中で生まれるものづくりの流れを実感できる。


写真提供:浜田晶則建築設計事務所

「広葉樹に新たな価値を与えていくプロセスにおいて、自然や人と一対一で向き合うことは得難い体験だと思います。価値を形にするとき、クリエイティブな視点やデザインの力による部分は大きいですが、デザインがおもしろくても、自然の理に寄り添うことや地域の人たちの理解や協力なしには具現化できません」(井上さん)

森の端オフィスに隣接する「西野製材所」や「柳木材(やなぎもくざい)」をはじめとする飛騨の職人たちは、ヒダクマが提案する「前例のないこと」に対して前向きにチャレンジしてくれる。例えば、職人にホロレンズ(現実空間上に仮想の視覚情報を重ねて映し出せるARゴーグル)を装着してもらい、水平面のない曲がり木を3Dデザイン通りに切ってもらうような挑戦だ。

「ヒダクマがやろうとしていることは従来の木材加工の常識とは違うのに、なぜいっしょにやってくれるんだろうって、私はずっと疑問でした。

彼らの持つ木の知識の豊富さ、高度な技術がベースとしてあるからこそ、具現化できるのはもちろんです。でも、一番のモチベーションになっているのは『木が好き、森が好き』って気持ちなのかなと思います。

皆さん本当に木や森が好きで、ヒダクマが多少無茶なリクエストをしても、いっしょにおもしろがって『なんとか実現してみるか!』と言ってくれる。今まで知らなかった木の可能性をいっしょに見たいと、好奇心や遊び心を持って取り組んでくれているように感じます」(井上さん)

100年先の未来に向けた挑戦

最後に、ヒダクマがこれから目指すものについて伺ってみた。

「100年先の未来のために、広葉樹の森の活用・循環・価値創造をしていくことです。木は育つのに年月がかかり、とても長い時間軸の中に存在しています。そんな木に向きあっている飛騨の人々は、自然や地域コミュニティに対しても、長いスパンで次世代のことを考えて行動しています。

自分と地域の関係を、親の代、その前の代から連綿と繋げてきている人たちなので、都会的な時間軸や関係性とは違うのかもしれません。目の前だけでなく、もっと先の未来を見て、自分たちは今どうするべきか、誰に何を伝えていくべきなのかと考えて取り組んでいます。都会から飛騨を訪れるクリエイターや企業の方は、地域の皆さんと出会い会話をする中で、未来を考えるために大切な思考を学ばれているように思います」(井上さん)

持続可能な社会を作っていくためには、自然と人との関わり、人と人との関わりが欠かせない。飛騨市の広葉樹のまちづくりは、人と自然、人と人がつながりあい、時に真剣にぶつかりあったり、調和したりしているからこそ価値がある。飛騨の職人とクリエイター、そしてテクノロジーを結びつけるヒダクマの挑戦はこれからも続いていく。

イノベーションが起こっている場所を訪れると、当たり前に感じている快適な日々の生活が少し違って見えたり、「これって今のままでよいのかな?」と疑問を持ったりする。それは飛騨だけのことにとどまらない。発見が思考を変え、思考が行動を変えたその先に、より良い未来があるのではないだろうか。

(文:ayan)

参考情報

飛騨の森でクマは踊る(ヒダクマ)
https://hidakuma.com/

FabCafe Hida
岐阜県飛騨市古川町弐之町6番17号
0577-57-7686
水曜定休(祝日営業) 10:00-17:00(L.O.16:30)
https://fabcafe.com/jp/hida/

この記事の連載

この記事の連載

TOPへ戻る