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「一杯のコーヒーの中に飛騨の森がある」FabCafe Hidaのクロモジコーヒー

日本全国でも屈指の森林面積を誇る岐阜県飛騨市。面積の93%を森林が占め、そのうち7割がブナ、ナラ、サクラ、クリといった広葉樹だ。飛騨市ではこうした森を地域資源と考え、次世代へとつなぐべく、2014年から広葉樹のまちづくりに取り組んでいる。

取り組みのひとつが、2015年5月に設立された官民共同事業体「株式会社 飛騨の森でクマは踊る(通称:「ヒダクマ」)」だ。一度聞いたら忘れられない社名には「クマも喜んで踊りだすくらい豊かな森を目指す」という想いが込められている。

3つあるヒダクマの拠点のひとつが、飛騨古川のまちなかにある「FabCafe Hida」だ。社有林で採取した香木「クロモジ」を使ったクロモジコーヒーやクラフトコーラなどを提供するほか、森でお茶を飲める「森カフェ」や、森で自由に過ごす「山観日」、森のツアーといったイベントも手がける。

FabCafe Hidaの活動について、ヒダクマのマーケティング・PRを担当する井上彩さんにお話を伺った。

飛騨らしいデジタルものづくりカフェ「FabCafe Hida」

FabCafeは世界中に拠点を持つクリエイティブコミュニティだ。2022年現在、日本には東京・名古屋・京都・飛騨の4つの拠点がある。オープンな場であるカフェに、3Dプリンターやレーザーカッターなどのデジタルものづくりマシンを設置し、「デジタル」と「リアル」の壁を横断してイノベーションを生み出すことを目指す。

ちなみにFab(ファブ)とは、「Fabrication=ものづくり」と「Fabulous=楽しい、愉快な」の2つの意味が含まれた造語で、あらゆるものづくり行為の総称だ。

ヒダクマの運営するFabCafe Hidaは、飛騨古川のまちなかにある築100年ほどの古民家(旧熊崎邸)を改築して作られている。風格のある古い建物の中で、新しいデジタルファブリケーションやテクノロジーが生まれているのは、飛騨の匠をはじめとする高度な木工技術を持つ職人文化が脈々と受け継がれ、ものづくり気質があふれている飛騨らしい。

もともと店舗ではなく住居だった建物は、裏庭から差し込む日の光もやわらかく、時間がゆるやかに流れているようだ。江戸時代から続く蔵エリア、明治の大火以降に再建された土間エリア、昭和時代に改築された台所や風呂場など、増改築の跡に時代の遍歴が見てとれる。

FabCafe Hidaは、おいしいコーヒーや飛騨の食材をつかったフードを楽しめるカフェと、ものづくりができる工房、そして宿(和室3室)が一緒になった複合施設だ。

元酒蔵を改装した、木工機器とデジタル機器が併設されたデジタル木工房では、最新テクノロジーと伝統の技術を使ったものづくり体験ができる。飛騨の広葉樹を使ってスタンプやお箸などを作れる「FABマシン×飛騨の広葉樹」のキットも手軽で人気だ。

宿に滞在しながら、飛騨ならではの「森とものづくり」を堪能する宿泊体験プランもある。

森で採取した香木から生まれたクロモジコーヒー

FabCafe Hidaでは、スペシャルティコーヒー、オーガニックティーなどのドリンクや、スイーツ、フードを提供している。特に人気なのが、飛騨の森で採れるクスノキ科クロモジ属の落葉広葉樹「クロモジ」とコロンビア豆を焙煎して作った、FabCafe Hidaオリジナルの「クロモジコーヒー」だ。

クロモジは、和菓子に添える高級つまようじとしても用いられる枝の細い木で、ウッディな良い香りがするため、最近はアロマ製品や化粧品にも使われている。

「クロモジコーヒーは、飛騨の森をもっと身近に楽しんでもらえる商品として生まれました。コーヒーに使われているクロモジは、カフェスタッフたちがヒダクマの社有林『ヒダクマの森』で定期的に採取しています。伐採した枝を持ち帰って、手回し焙煎のスペシャリストである焙煎屋克之佑さんに丁寧に焙煎してもらっているんです」(井上さん)

クロモジは、英名「Spicebush(スパイスブッシュ)」が表す通り、スパイシーで爽やかな風味が特徴だ。華やかで高貴な香りがコーヒーの苦味・酸味と合わさることで、丸みのある調和が生まれる。

クロモジとコーヒーの絶妙な配合バランスを見つけるためにテストを繰り返し、焙煎屋克之佑さんと共同開発したクロモジコーヒー。森が刻々と表情を変えるように、クロモジも採取する季節、樹齢、生育状況などによって香りや味わいが異なり、それがクロモジコーヒーの魅力となっている。

カップに口をつけると、ふわりと高貴で華やかな香りが漂う。次にスパイシーさが広がり、後味にはまるで森の空気をいっぱい吸い込んだような爽やかさが残る。まるで、一杯のコーヒーの中に豊かな飛騨の森があるようだ。

クロモジコーヒーは、ドリップパックのほか、量り売りもしている。クロモジの枝と葉が描かれたドリップパックの個包装は、3つ並べると「黒文字」になる。「森とものづくり」を謳うFabCafe Hidaらしい、遊び心のあるデザインだ。

短く切ったクロモジの枝を煮出した「クロモジ茶」は、きれいなピンク色で、爽やかな香りとすっきりした味わいが特徴だ。クロモジの香りにはリラックス効果もあると言われる。

クロモジコーヒーやクロモジ茶の製造には枝しか使わないが、枝とともに採取した葉の部分は乾燥させ、お茶やスパイスとしてFabCafe Hidaの別メニューで利用される。

クロモジの葉とシナモン・クローブ・カルダモン・クコの実・唐辛子・レモンを使って作られる「クロモジクラフトコーラ」は、独特の華やかな香りと奥深い味わいが印象的だ。

乾燥させたクロモジの葉は、パウダーとしてフードメニューの「飛騨産トマトとしいたけをたっぷり使った特製林ライス」に使われている。枝も葉も、森の恵みを無駄なく大事に使うのがFabCafe Hidaの流儀なのだろう。

飛騨の森のとともにある循環する暮らし

クロモジコーヒーやクロモジ茶といっしょに味わいたいのが、FabCafe Hidaの人気スイーツ「ひだカヌレ」だ。カヌレはフランス・ボルドー地方の伝統的な焼き菓子で、外はカリカリした食感、中はしっとりとした弾力がある。

FabCafe Hida のカヌレは、明治30年から続く飛騨古川の牛乳屋さん「牧成舎」の濃厚な牛乳をたっぷりと使用しているのが特徴だ。お店で毎朝一番にカヌレを焼くため、甘い香りに誘われて来店する方もいるのだとか。

ところで、このカヌレにはクロモジの枝も葉も使われていない。飛騨の森の恵みを活かした商品とは言えないのではないかと尋ねると、思いもよらない答えが返ってきた。

「FabCafe Hidaの木工房で家具の製作をすると、ノコで削るときに『おが粉(こ)』と呼ばれる削りカスが出ます。そのおが粉を牧成舎さんに納品してるんですよ。おが粉は牧成舎さんが育てているジャージー牛の子牛の寝床になります。そして、子牛が毎日出す糞尿がおが粉と混ざり合って堆肥となり、野菜を育てる肥料として使われるんです」(井上さん)

牧成舎では、自然豊かな飛騨の自社牧場で、牛をつながず放し飼いにしている。ストレスを与えずに育てた牛からは、新鮮で美味しい生乳が搾れるという。つまり、飛騨の森で育った木が、人・動物・土・森をつないで循環しているのだ。

そんな循環する暮らしは、FabCafe Hidaが提供する木工体験でも感じられる。

「広葉樹の端材をレーザーカッターで加工したカトラリーキットは、紙やすりで削って天然のオイルで仕上げるので、子どもたちでも安全に木工体験ができます。そして、スプーンができたら、それを使って牧成舎さんのアイスクリームを食べるまでが体験です。

牧成舎さんの牛乳は学校給食で出るので、地元の子はよく知っています。だから、いつも『こんなふうに木は循環しているんだよ』って話をするんですよ。体験と味覚を通じて、私たちの暮らしと森がつながっていることを感じてもらいたいと思って」(井上さん)

カトラリーキットに使われる端材の木の種類はさまざまで、自分の好きなものを選べる。色、手触り、香り。五感で体験することで、広葉樹が多種多様であることを知り、より身近に感じられるようになっていく。そうすることで、自分も循環する暮らしの一部を担っていると感じられるのではないだろうか。

森と私たちの暮らしをつなぐ新たな可能性

画像提供:フェリシモ

FabCafe Hidaを訪れると、普段なんとなく「木」とひとくくりにしている概念が覆って、木に対する解像度が上がるのを感じる。

例えば、天然の広葉樹は形がさまざまで住宅の建築材としては使われにくく、ほとんどがチップやパルプになっているのが現状だ。しかし、種類の豊富さと材面の色や木目の美しさは広葉樹の大きな魅力だ。クリエイターの力で付加価値を生むことができれば、もっと有効活用ができるに違いない。

「木には、単純に木材としてだけでなく、もっと多様な可能性があると思うんです。クロモジコーヒーもですし、例えば、クリエイターと一緒に木そのものの色で作ったクレヨンを開発したり、テクノロジーを使って森のデータを収集し、今までにないデザインや加工方法を検討したり。建築家・デザイナー・専門家・研究者など多様な人々とコラボレーションすることによって、森の価値を更新していけたらと考えています」(井上さん)

100年先の未来に向けて、広葉樹の森の活用・循環・創造に取り組むヒダクマだからこそ、「デジタル」と「リアル」の壁を横断してイノベーションを生み出せるのだろう。

「飛騨は決してアクセスがよい場所ではありません。でも、だからこそ守られてきた自然や文化があります。飛騨に訪れてくださった方に、ここでの体験を通して、改めて自分の暮らすまちや地域、そして森との関わりを考えるきっかけを提供できたら素晴らしいことかなって思います」と井上さんは目を輝かせる。

木の可能性、森の可能性、地域の可能性、そして、私たちの暮らしの可能性。飛騨には森の価値を捉えなおし、100年先のために今できることに挑戦している人たちがいる。

(文:ayan)

参考情報

FabCafe Hida
岐阜県飛騨市古川町弐之町6番17号
0577-57-7686
水曜定休(祝日営業) 10:00-17:00(L.O.16:30)
https://fabcafe.com/jp/hida/

飛騨の森でクマは踊る(ヒダクマ)
https://hidakuma.com/

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