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「築100年の古民家ホテルが美濃を訪れる目的になる」暮らす人とゲストがつながる町へ

江戸時代から和紙の産業で栄えた岐阜県美濃市。国の「重要伝統的建造物群保存地区」になっている「うだつの上がる町並み」の目の字通りには、かつての紙商人たちが自らの繁栄を示すために上げた「うだつ」と呼ばれる漆喰の防火壁が残る。

NIPPONIA美濃商家町は、そんな美濃の古い町並みに佇む築100年の古民家を改築したホテルだ。かつての豪商・松久才治郎が賓客をもてなす別邸として建築した建物と、須田万右衛門邸を改修した建物の2棟からなるホテルで、客室は10室のみ。

周囲には有名な観光地も温泉も見当たらない。しかし、2019年7月のオープン以来、少しずつ口コミで広がっていった。「このホテルに泊まりたいから」と美濃を訪れる人たちが増えたのだ。過疎が進み、空き家問題が深刻化する地域において、ひとつのホテルがその町へ行く理由になっている。

NIPPONIA美濃商家町を運営する株式会社みのまちやの代表・辻晃一さんにお話を伺いながら、地域が豊かになる考え方とこれからの展望を見ていこう。

築100年の空き家を美濃に来る目的となるホテルに

辻晃一さんは、岐阜県美濃市にある和紙の製造・加工・販売を行う丸重製紙企業組合の長男として生まれ育った。大学進学のために上京し、卒業後はそのまま東京のベンチャー企業に就職。その後、美濃に戻って家業を継いだのだという。

「いったん外に出たことで、他者の視点で美濃を見られるようになりました。家を出るまでは当たり前だった美濃の暮らしは、外の人間から見ると価値あるものだと分かったんです。例えば、私は子どものころ、夏には鮎の住む長良川やその支流で泳いで遊んでいました。そのことを東京の友達に話すと驚かれます。美濃での当たり前の暮らしは、よその人にとっては当たり前じゃないんだなと気づきました」(辻さん)

ベンチャー企業で働き、上場というフェーズも経験した辻さん。美濃に戻り、家業の町工場を継ぐときには「正直、和紙って地味だし、衰退産業だよな」と感じていた。同時に、若い人が減っていく社会のあり方にも危機感を持っていたという。

従来の和紙の仕事をただこなすだけでは、産業は先細りになっていくばかり。外から美濃へ人が来てくれる仕組みを作らないと、町が廃れて若い人たちの働く場所も減ってしまう。だったら自分の家業である仕事、そして地域から、今までどこにもなかったようなモデルを作りたい、と考えた辻さん。

「美濃は魅力ある町ですが、人口は減っており、観光客も多くは来ません。名古屋から高山へ抜ける際の立ち寄り所にはなっても、美濃を目的地として訪れる人は少ない。いろいろな人の話を聞いて、”泊まりたいと思えるホテルがないから、旅の通過点にはなっても、目的地にならないのだろう”と仮説を立てました」(辻さん)

ホテルがないから人が来ない。それならば、観光の目的地になるようなホテルを作ればいい。このホテルに泊まるために美濃へ行きたい、そう思えるようなホテルを。

辻さんがそう考えていたとき、美濃市で築100年近い古民家の活用事業者を募集していることを知った。全国的な課題となっている空き家問題は、美濃も例外ではない。老朽化した空き家は倒壊の危険性だけでなく、地域の治安悪化につながる恐れもある。歴史的な価値があったとしても、空き家のままだと取り壊されてしまうことも珍しくない。

とはいえ、自治体だけで多数の空き家を活用することは難しい。そのため「土地と建物は貸与するから、手を入れつつ活用してほしい」と、民間に活用事業者を求めるわけだ。

活用事業者の募集があったのは、かつて美濃で繁栄を遂げた紙商・松久才治郎の邸宅。楮(こうぞ)などを扱う、和紙の原料問屋を営んでいた松久才治郎が、賓客をもてなす別邸として建築したものだ。平面的にも立体的にも複雑な構造の主屋と、主屋を囲むように点在する金庫蔵や原料蔵だった建物から構成される。

辻さんは、家業である丸重製紙直営の和紙専門店を併設した古民家ホテルをつくることで、美濃の歴史的価値を未来に残すアイデアを市に提出。それが2017年秋に採択され、2018年の12月に古民家ホテル「NIPPONIA美濃商家町」が着工した。

古さと新しさが融合したNIPPONIA美濃商家町

「NIPPONIA美濃商家町」と施設内の和紙専門店「Washi-nary(ワシナリー)」が着工してからオープンするまでの約半年間は、苦労の連続だったという。中でも大変だったのは資金調達だ。土地と建物は美濃市から一定期間無償で借り受けられる。しかし、改築の費用も、家具や備品を入れる費用も、そして人件費もすべて自社で持たなくてはならない。

創設して間もない会社は規模も小さく、負担を軽くするために作業を外注する余裕もない。すべてが手探りだった。古民家を改修し、現在の耐震・防火の基準をクリアすることまで含めたハード面、コンセプト作りやサービスなどのソフト面ともに、課題が山積していたという。

「そもそも、ホテルを立ち上げた経験のあるスタッフが一人もいませんでした。ホテルってどうやってつくるの?といったところから、一つ一つみんなで組み立てていったんです。建物を修繕したり、和紙を壁に貼ったり、みんなで文化祭準備を半年間やっていたようでしたね」と辻さんは当時を振り返る。

着工してから数ヶ月後、縁あってホテル勤務経験のある社員を採用することができた。さらには、美濃に事務所を構える設計士さんや工務店さんの助力を得て、開業に向けての仕上げを急ピッチで進められた。店を畳んだ飲食店から厨房機器を譲ってもらったり、朝ご飯をこしらえる調理スタッフの人を紹介してもらったり、地域の人たちに助けられながら、ようやく迎えたオープンの日。

「0を1にするのってすごく大変なこと。まだ世の中にないものや未知の取り組みは、どうしても批判されるんです。今みんなが当たり前に使っているスマホだって、それが存在しなかった時代に誰か一人が『こういうものがあったら便利じゃない?』って言っていたとしても、批判されて終わりだったはず。どんなことでも、最初にやった人は批判を受けるものだと思います。だけど、誰か一人がインパクトのあることをすれば、そのまわりにいる人が小さなアクションを起こしやすくなるんです。私はそんなファーストペンギンになりたかった」(辻さん)

美濃和紙をふんだんに使った客室で、広縁から小倉山や庭、瓦屋根の景色を眺めつつ、ゆるやかに流れる時間に身を委ねていると、まるで自分もかつての豪商の賓客になったような気がしてくる。

美しい和紙に彩られた、来し方に思いを巡らせたくなる歴史ある建物。真っ白な本美濃紙の障子の向こうに広がる美濃の古い町並み。田舎のおじいちゃんとおばあちゃんの家に泊まるのとはまた違う、少し背筋が伸びるような上質な滞在が叶う。

夕暮れの烏の鳴く声、しんと静まりかえった夜更けの星空、やわらかな朝の光。100年前にここを訪れた人たちも、こんなふうに美濃で過ごす時間を愛おしんでいたに違いない。

美濃に来て「和紙ってこんなにいろいろな表情があるのか」「自分の身のまわりにも和紙のものがあったらいいな」と思ったら、併設の和紙専門店Washi-naryや、うだつの上がる町並みに軒を連ねる商店で、好みの和紙製品を買える。何かひとつでも自分で選んだものを持ち帰れば、その後も自宅で美濃での滞在を思い出せるだろう。

一回きりの観光旅行で終わるのではなく、訪れた人に美濃とのつながりをつくってほしい、美濃の馴染み客になってほしいという辻さんの思いは、町全体を巻き込んで広がっていく。

本物に触れた経験は蓄積されていく

NIPPONIA美濃商家町は、100年前の美濃を味わえるよう、当時のまま建物を残している。リーズナブルな価格設定でもないから、誤解を恐れずに言えば人を選ぶ宿かもしれない。

「NIPPONIA美濃商家町では、美濃に暮らす地域住民が、ゲストへのおもてなしをしています。そのため、高級シティホテルのような洗練されたサービスは提供できません。夜景のきれいなフレンチレストランもない。その代わりに、歴史や暮らし、和紙を含めた美濃の魅力を知ってもらうことを大切にしています」と辻さんは語る。

美濃に暮らす人にとっては当たり前の暮らしが、外から来る人にとって魅力あるコンテンツになることは確かだ。しかし、それは万人向けのものではない。積み重ねてきた歴史や伝統ある技術に価値を感じ、お金を払って足を運んでくれる人に、きちんと届ける必要がある。

NIPPONIA美濃商家町が目指すのは、ゲストに「ここに来たら人生の質が上がった」と思ってもらうこと。100年もの歴史を持つ立派な邸宅に滞在できたこと、本物に触れた経験がその人の糧となって蓄積されていく。

一方で、ホテルに泊まりたい人が外から訪れることは、観光に携わる人間には嬉しくても、観光業に従事していない住民にとっては恩恵を感じにくい。町づくりには、住民にとっても価値のあるものが必要だ。

ホテル開業で雇用は創出されたが、それだけでは十分ではない。そう考えた辻さんは、古民家を活用し、地域分散型シェアオフィス「WASITA MINO」を立ち上げた。美濃に縁のあるビジネスパーソンや学生が集まる場を生み出したことで、利用者と地元住民の間に活発なコミュニケーションが生まれた。個人や企業からの問い合わせも増えたという。

魅力的な店舗の誘致や、閉館した映画館や銭湯などの娯楽施設の復活も、今後の開発目標だ。

「町づくりって、やっぱり地域の人がいきいきと暮らせている状況じゃないといけないと思っています。私は美濃で生まれ育ちましたが、一度東京に出ているので、半分外様でもある。地域を変えるのは『よそ者、若者、馬鹿者』と、よく言われます。美濃を訪れてくれた人には、ホテルや和紙のお店も見て欲しい。だけど、それだけじゃなくて、これから町を元気にしようと頑張っている若者の姿も見て欲しいし、刺激を受け取ってほしいと思っています」(辻さん)

ひとつのホテルが旅の目的となって、美濃を訪れる人が増える。そこに住む人たちが自分たちの地域の魅力を認識することで、来訪者との間にコミュニケーションが生まれる。そこで初めて両輪が回り出し、地域が元気になっていくのではないだろうか。

外を知ることで内への理解が深まる

生まれ育った町で暮らす人はもちろん、生まれ育った町から外に出た人が「自分の生まれた町はすごいところなんだぞ」と言えるかどうかは重要なことだ。ルーツとなる地元に誇りを持てたら、それが自分のアイデンティティにつながるのかもしれない。

「美濃に来てくれた人が、滞在をきっかけに自分のふるさとにも目を向けてくれたら嬉しいです。地域で何かやってみる、地元にふるさと納税をしてみる、同級生に連絡をしてみる、親の顔を見に帰ってみる。そういうふうに、みんなが自分の地域に意識を向けていけば、それがまわりに伝播していく。たとえ、ひとつひとつのアクションは小さくても。美濃だけが良くなればいいのではなく、やっぱり地域への意識が伝播して、みんなが足元を幸せにしていくのが大事だと思っています。少し大げさかもしれませんが、美濃が元気になって、日本が元気になって、世界が豊かになって……そんな形で地方創生ができたらと思うんです」(辻さん)

外を知ることで内への理解が深まり、当たり前すぎて見過ごしていた地元の魅力に気づく。NIPPONIA美濃商家町が目指す”人生の質が上がる”とは、こういうことなのではないだろうか。

(文:ayan)

▼「NIPPONIA 美濃商家町」の情報
住所:岐阜県美濃市本住町1912番地1
電話番号:0575-29-6611
ホームページ:https://nipponia-mino.jp/
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