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「若い世代の関心を集めたい」農業に目を向ける東大生サークル【東大むら塾】

2015年、東京大学の学生が立ち上げたサークル「東大むら塾」。テーマは、「農業×地域おこしでむらの未来を変える」。2022年度は1、2年生合わせて約70名が所属し、日本の地方の農村の課題解決のために知恵を絞り、少しずつ実行している。

サークル発足時は、「地方のことを知ろう」という目的での農業体験だった。しかし、高齢化と後継者不足の問題に直面し、「大学生が積極的に農作業に取り組むことで、若い世代に対して農業への関心を集めることができたら」と、少しづつ活動の幅は広がっていった。

いちサークルの活動が、課題を抱える地域にどんな貢献をもたらしているのか。東大むら塾代表の松田治之さんと、副代表の菊地愛麗さんに話を伺った。

自分たちにとって「いい経験」になる一方で、地域は若い人を「求めている」

「東大むら塾」の農作業の拠点は、千葉県富津市。東京駅まで車で70分ほどの近距離ながらも、海、山、田畑があり、自然いっぱい、海と山の幸いっぱいの豊かな地域だ。

2018年、「NIKKEIプラス1」が訪日経験のある外国人を対象に集計した「外国人が次に目指すディープジャパン15選」によると、市内にある標高330mの鋸山(のこぎりやま)が第2位にランクイン。宮城県の高千穂峡や、広島県の弥山を抑えての上位となった。

鋸山は、断崖絶壁から眺める富士山が圧巻で、スリルも満点。大都市では味わえない体験を満喫できるとして、海外旅行客からも注目されている。有名どころでいえば、「マザー牧場」も富津市だ。

国内外から観光客が足を運ぶ一方で、富津市の人口は昭和60年の56,000人をピークに減少。近年は減少幅も拡大傾向にあり、令和4年の春には42,000人台に落ち込んだ。市は人口減少を食い止めるための施策に力を入れはじめているものの、そう簡単に解決できる問題ではない。農業においても、「高齢化と後継者不足が進んでいる」と、松田さんは実感している。

「僕たちが畑を借りている富津市・相川の農家さんと話すなかで見えてくるのは、『後継者がいない』ということ。若い世代が地域にあまりいないので担い手がいません。これは日本の多くの地域が抱えている問題ですが、相川にも同じことがいえます」(松田さん)

相川地区の農家さんは60〜70代が中心で、高齢化が加速しているという。

東大むら塾 代表の松田治之さん(法学部2年)

さらに畑を所有しているだけでもお金がかかるため、継手がいないがゆえ土地を手放してしまう方もいるという。

「『東大むら塾でこの土地を使いませんか?』という依頼もあります。自分たちとしてはいい経験になる一方で、地域は若い人を求めています」(松田さん)

こうした問題に直面し、「直接的な解決策ではなくても、ひとつのきっかけになってほしい」と、活動への熱量は上がっていった。

住民と手と手と取り合い、お米とビールを0からプロデュース

東大むら塾の活動地は、富津市の南部に位置する相川の2つの遊休農地。田んぼでは、お米、エン麦、小麦を。畑では、野菜とホップを育てている。

収穫したお米は、富津市のPR活動につなげたいという想いから「てとて」と名付け、ブランド化。地域の方々と「手と手と取り合ってつくる」ことに由来する。大学内のデザイン系サークルと連携してロゴも作成した。

お米の作り方にも、こだわりがある。一穂一穂、人力で苗を植え、成熟した稲は刈ったあとは「天日干し」をする。最近は刈ったらそのまま機械で乾燥させる方法が一般的というが、あえて手間のかかる方法を選び、ていねいに育て上げている。

「竹を組んで収穫した稲をかける『おだかけ』という伝統的なやり方をしていますが、3〜5日間ほど連続で太陽に当てないと乾燥しません。とくに稲刈りの時期は台風が来るので、重なってしまうと大変。今年は問題なく収穫できましたが、例年は台風の影響で竹が崩れてしまったり、乾燥するのに時間を要してしまったり、農業というのは天候との闘いなんだと痛感しました」(松田さん)

農業は一筋縄でいかないことも多い。そうした苦労を重ねるからこそ、収穫の喜びはひとしおなのである。

お米一粒はとても小さい。けれど、その一粒になるまでには、地味で大変な工程がたくさんある。手作業なら尚更だ。ふたりはこうした活動を「同世代に共有したい」と思っている。

「自分で育てたからこそ、一粒一粒の大事さを実感できる。大学の生協で売っているのも、同級生に自分たちの活動を知ってほしい思いがあります。農業に関心を向けるきっかけになれたら」(松田さん)

こうして手間ひまかけて作った「てとて」は、大学の生協や東大むら塾のオンラインサイトなどで販売。富津市のふるさと納税の返礼品にも選ばれた。

2022年は対面販売する機会が増え、東京都葛飾区のお祭りに出店したことも。販売の際は「てとて」が出来上がるまでのストーリーを伝えるように意識。これも、富津市を”そと”にアピールする活動の一環だ。

「相川ブランド」はお米以外にも。ビールの原料として使われるホップを畑で育て、クラフトビールも手がけている。

「ホップは千葉県での栽培実績がほとんど無かったため、品種や育て方について文献調査を行ったり、他の地域のホップ農家さんに連絡を取ったりして調べ上げたと先輩から聞いています。ビール工場にも電話やメールで直接交渉し、隣町のブリュワリーにお願いすることができました」(松田さん)

こうしてイチから作り上げたビールは、「相川ふるさとエール」と命名された。エールビールの「エール(Ale)」と、ふるさとへの「エール(Yell)」、このふたつの意味が込められている。ビールで相川に笑顔を届けたい。相川を応援したい。この想いを形にしたのだ。

現状や問題に真っ向から向き合い、住民とアイデアを出し合う

地域の持続的な未来に向けた取り組みは、もうひとつある。全国の大学生が、富津市に暮らす人々と同じ目線から地域を見て、問題に向き合い、知恵を出し合う「むらおこしコンテストinふっつ」の企画・運営である。

対象エリアは、市内の100世帯ほどの5地区。参加学生はチームを組んで住民にインタビューをおこなったり、資料を読み込んだりして、各地区における課題を見つけ、解決するためのプランを4日間かけて練る。開催2年目だった去年は、想定の約2倍申し込みがあった。

「コロナ禍を鑑みてオンラインで開催したので、より全国から参加しやすくなったんだと思います。みなさん富津市のことを学んで、各エリアの課題をどうプランニングするか考えてくださった。”むらコン”が富津の未来を変えることに繋がるかもしれない」と、菊地さんは期待を込める。

「若い人が来るだけで嬉しく感じてくださる地域の方がいっぱいいる。活動を通して、元気を与えることは出来るんじゃないかなと思っています」(菊地さん)

副代表の菊地愛麗さん(文学部2年)

精神的な部分で地域に元気を与え、お米やビール作りを通して、富津市の魅力をアピール。さらには、「市内のお寺の住職さんが自主的に開いている勉強会にお邪魔して、地域の中高生に勉強を教えることもある」と、松田さん。平日は授業があるため、週末の夕方、農作業のあとに参加しているそう。

農業とは関係ない側面でも、東大むら塾が地域に貢献していることは確かだ。

農業を体験する中で見えた、若者の将来のビジョンは

継続的に農業に参加する中で、“将来の仕事”としてはどうかと尋ねると、前向きな答えが返ってきた。

「僕はもともと地域おこしに興味があって東大むら塾に参加しましたが、地方の農業が抱える問題についてはこれまで親しくなかった。でも今は実情を知って、農林水産業での視点からの地域おこしに一番興味があります。将来もそういった分野で活躍したい」(松田さん)

「私の場合は、農家さんや地方をどう元気にできるか、どんなことをしたらその地域に住む人たちが生きやすくなって、暮らしやすくなるのか。農家さんを含め、地域に住む人全体を支えたいと思っています」(菊地さん)

二人が東大むら塾に加わってほどなくしてコロナ禍になり、地域住民と一緒にBBQを楽しむなどの機会がなくなってしまった。だからこそ、「もっと顔を合わせて交流したい」と願う。

「今の農作業は、東大むら塾内で完結している部分が多い。コロナ禍前のように、対面でのコミュニケーションを取って、地域に飛び込む。そして、いち住民になれるくらいのレベルで生活することで、地域の実態をしっかり学べる団体にしていきたい。僕たちの活動が富津市を知ってもらうことにも繋がると思う。だから大学内での新歓活動も継続して、メンバーを増やせるように力を入れていきたいです」(松田さん)

地方創生には自治体の視点も大事だが、そこで暮らす住民目線に立ち、課題をあぶり出し、解決への道筋を導き出すことも大切である。大学生のエネルギーと柔軟なアイデアが、地方をよりよくする手助けになるはずだ。

東大むら塾

写真提供:東大むら塾

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