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「子育ても富津でしたい」奮励する“ちょうどいい田舎”【富津市役所】

多くの地方都市が抱える、「人口減少」の問題。東京にほど近い千葉県富津市においても、例外ではない。

市では移住・定住を推進するために、この夏から3つの取り組みを開始。その施策について、富津市役所 総務部企画課の阿部淳一郎さんと川名利明さんにお話を伺うとともに、地元で鮮魚専門店を営む平野直紹さんにも、事業者目線でまちを盛り上げるためにやっていることをお聞きした。

「ちょうどいい田舎」を案内する、移住コンシェルジュの誕生

神奈川県川崎市と千葉県木更津市を結ぶ「東京湾アクアライン」が開通して、25年。NEXCO東日本によると、令和4年10月の1日あたりの交通量(速報値)は、約53,500台。コロナ禍前の令和元年の同月と比較しても、9,000台近く増加。さらに、アクアラインの料金値下げ前の平成20年と比べると約2.5倍に増えた。都内からアクセスしにくかった房総半島へも、アクアラインを経由することで圧倒的に近くなり、時間短縮になった。

その房総半島の中西部に位置する、千葉県富津市。東京駅から高速バスで約70分のほどよい距離感ながらも、海と山が目と鼻の先にあり、海の恵み、山の幸いっぱいの豊かな地域だ。

市内には360度の壮大な眺めが楽しめる「明治百年記念展望塔」をはじめ、季節の草花や動物達とふれあえる「マザー牧場」や、弘法大師が行脚中に腰を休めたという「燈籠坂大師の切通しトンネル」などがあり、年間を通して観光客が訪れる。しかしその一方で、まちの人口は下降の一途をたどり、市は危機感を抱いている。

「富津市における一番の課題は人口減少です。多い時は昭和60年でおよそ5万6000人でしたが、令和4年の春には4万2000人台にまで減っている現状があります」(阿部さん)

過疎地域とまではいかないものの、高齢者の割合は全国の平均値を上回っており、地区によっては高齢化が進んでいる。さらに、近年は人口の減少幅も拡大傾向で、国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2040年には3万人まで減少することが示されている。

富津市役所 総務部 企画課 課長の阿部淳一郎さんと、同課 企画係 主事の川名利明さん

そうした状況を回避するべく、市は人口減少を食い止めるための施策に本腰を入れはじめた。

「令和3年度に移住定住推進室を立ち上げました。まずは、都心に近い『ちょうどいい田舎』として富津市の魅力を知ってもらうため、プロモーション映像を制作。室町にある三井ちばぎんビルディングなどで放映しています。また、移住を検討している方の相談窓口を設け、移住希望者のサポートにも力を入れています」(阿部さん)

この相談窓口は、個人に対してのサポートがとにかく手厚い。単に質問に答えてくれるだけでなく、「実際に現地を見たい」となれば、富津に精通している職員がコンシェルジュとなり、移住希望者それぞれに応じた案内プランを作成し、車での現地案内を無料で実施。さらに、市内案内に参加する方であれば宿泊費の補助制度も受けられる。4人家族の場合、最大4万円まで市が負担してくれるありがたい制度だ。

「やはり現地を見ないとイメージできないことが多いと思うので」と、阿部さん。希望があれば、市内の不動産物件を案内することも可能だ。

市は空き家を活用した移住促進施策として、「空き家バンク制度」を令和元年度にスタートしているが、「空き家を買いたい、借りたい」という相談が年々増えてきているという。 そこで空き家の所有者向けに、市の空き家バンクへ登録するために必要な家財整理や、登記手続きにかかる経費を一部補助する制度もスタート。持ち主が登録しやすい環境をつくった結果、登録件数は増えたという。

移住コンシェルジュによる市内案内、それにかかる宿泊費の補助、空き家バンクの登録支援にまつわる補助金制度。この3つの取り組みは、今年度の夏から動き出したばかり。富津への移住・定住を推し進めるため、自治体は奮闘している。

鮮魚専門店が「発酵」を学ぶ、その想い

自治体が「人口減少の加速」を危惧する一方で、富津市で昭和48年から生鮮事業を展開する平野直紹さんは、「ふるさと納税を通してまちに貢献したい」と熱を入れる。

「僕が高校生くらいの頃は、商店街や駅前には人がたくさんいましたが、今は閑散としていて寂しい気持ちがあります。僕は生まれも育ちも富津で、本社も富津に構えていますが、事業所としては千葉市、横浜市、湘南でやって、富津にお店を作ったのは最近。この歳になると地元に貢献しなきゃという想いもありますし、いち事業者として少しでも地元の力になれたら」

その一手として、半年かけて西京味噌漬けの開発に取り組んだ。

「鮮魚だったら、切って食べれば美味いか分かる。でも発酵は、味噌の種類や漬ける日数によっても味が変わりますし、一回失敗すると次の仕上がりまでにまた数日かかる。オリジナルの合わせ味噌を作り、30回以上試作を繰り返してようやくこれだという味にたどり着きました」

デパ地下で鮮魚や鮨、デリカを展開する株式会社 山金 専務取締役の平野直紹さん

銀ザケや銀ダラといった定番から、牡蠣とホタテを使った変わり種も開発。そうして出来上がったこだわりの西京味噌漬けは、2021年末から富津市のふるさと納税の返礼品に加わり、早くもリピーターがつくほど好評だ。

でも、なぜ「鮮魚」を得意としてきた専門店が、魚の加工方法に「発酵」を選んだのだろうか?

「発酵は食品を長持ちさせますよね。僕は今まで生鮮を中心にやってきましたけど、地球温暖化が加速している中で、海水温度の上昇により水産資源の生息地も変わって……という世の中になってきた時に、ただ単に冷凍して長持ちさせるんじゃなくて、日本独自の『発酵』をもって長持ちさせる形を取りたいと思ったんです」

平野さんは仕事をしながら、発酵学の第一人者・小泉武夫氏の講義に1年間通い、発酵のイロハを徹底的に学んだ。その知識と、長年水産業に携わるなかで培った経験により、山金の西京味噌漬けは誕生したのだ。

「今後は、富津の農家さん、漁師さんから廃棄されてしまう食材をピックアップして商品を作りたいと考えています。まちの『もったいない』を減らす取り組みもしていきたい」

まちの未来をよりよくするには、平野さんのような熱意のある事業者の存在も欠かせない。

令和の子育て世代に響く、富津市の強み

20代の川名さんも富津市で生まれ育ち、今も富津に住みながら地域振興などの業務に携わっている。若い世代は、今の富津市をどう見ているのだろう。

「僕を含め、周りの友人は『富津に住み続けたい』と言っています。子どもの世代につなげることを考えると、煌びやかな都心よりも、自然豊かな富津で子どもをゆったり育てたい。富津は山も海もあるし、その距離も近い。環境がとてもいいんです」

海岸線から内陸の一番遠いところまでは、車で40分もあれば行けてしまう。海と山がある=新鮮な食材を食べられるということでもあり、おいしい食べ物とレジャーがコンパクトにギュギュっと詰まっているのは大きな強みだ。それでいて、都心部へも1時間ちょっと。市が謳う「ちょうどいい田舎」の表現がとてもしっくりくる。

富津で水揚げされた活ホンビノス貝は、塩気が強く、出汁がたっぷりとれる。新たな水産資源として注目されている

この自然豊かな環境と、東京への近さは、子育て世代だけでなく海外旅行者にも響いている。2018年に「NIKKEIプラス1」が公開した「外国人が次に目指すディープジャパン15選」によると、富津市内にある鋸山(のこぎりやま)が第2位にランクイン。これは訪日経験のある外国人を対象に集計したもので、宮城県の高千穂峡や、広島県の弥山を抑えての上位となった。

“低名山”として四季を通して親しまれ、車、電車、フェリーを使ってもアクセスがいい鋸山。標高329mの山頂は崖っぷちで、思わず身震いしてしまうスリルと、伊豆大島から東京湾一体を見渡せる大展望が待っている。令和3年に日本遺産の候補地域に認定され、現在は正式認定をめざして励んでいるところだ。

大都市では味わえない、唯一無二の体験と光景を満喫できる千葉県富津市。日本の人口自体が減っている事実をふまえると、市が課題とする「住民を増やす」ことは容易ではない。いかに富津の個性を発信し、求めている人に届けられるか、「ここに住みたい」と意識を変えていけるか。これが要になるだろう。

写真提供:富津市役所

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