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「目指すは館山駅前の、もう一つの駅」パブリックスペースの誕生【スパークタテヤマ】

館山市は房総半島の南に位置する、海に囲まれた街。温暖な気候にも恵まれ、美しい花や自然が風景を彩る「花のまち」だ。2022年秋、この館山にパブリックスペース「sPARK tateyama(スパーク タテヤマ)」が誕生した。スパークを運営しているのは、館山のまちづくりを手がける株式会社 館山家守舎。館山家守舎の共同代表であり、移住者としてこの街に暮らす漆原秀さんから、スパークに懸ける想いやこれからの目標を伺った。

館山で頑張り館山でリラックスするライフスタイル

2022年10月にプレオープン、同年11月にグランドオープンを果たしたsPARK tateyama(以下スパーク)。館山駅東口で長年愛されてきた商業ビルをリノベーションした建物で、パブリックスペースとしての役割が期待されている。

スパークはコワーキングスペースの機能を持つほか、館山出身の店主が営むコーヒーショップ「小右衛門珈琲」、世界や地元のクラフトビールやクラフトジンが揃う「MEETS-BUY STORE」などのお店が連なる。

「最近はワーケーションの利用が増えてきました。在宅勤務などで時間や場所を問わず働けるようになった人が、私の運営するゲストハウスに連泊しています。朝はジョギングしてからパソコンワークをして、夕方は夕陽を見ながらビールを飲みに行く。館山は車で(東京から)80分程ですが、その割に田舎っぽくて自然を満喫できるのも魅力ですよね」

漆原さんの生まれは大阪府で育ちは埼玉県。しばらく東京で暮らしていたが、館山には移住者としてやってきた。

「転勤族の子どもだったので、自分のホームやふるさとがないんです。マーケティングやプロモーションなどの仕事を経て東京で起業しましたが、ストレスが多い状況でした。それで別荘を探していたんです。非常にニュートラルな気持ちで良い場所ないかな、と探していたら館山に当たりました」

探していたのは東京へのアクセスが良い場所。たくさんの候補がある中で、館山に惹かれたのはなぜだろう。

「育ちが埼玉で“海無し県”だったので、海への憧れもありました。今は家から車で5分程に海岸線があり、夕陽が沈んでいくのを見られます。冬場はほぼ毎日富士山が見えて綺麗ですよ。不動産が非常に安いというのも移住の理由でしたが、東京から来て息抜きして過ごすのに、あまり洗練されてないというか、ちょっと垢抜けてないのも魅力だったんです」

移住者として館山で新規事業をスタート

漆原さんは、館山で賃貸住宅「MINATO BARRACKS(ミナトバラックス)」、ゲストハウス「tu.ne.(ツネ)」、シェアオフィス「CIRCUS(サーカス))」などを経営しているディペロッパーでもある。こうした事業の目的は、うまく活用されていない遊休不動産を再生することだそう。

「僕が事業を始めた頃の館山駅周辺は、古い建物が売りに出ていても興味を示す人は少なく、新規参入者がいないエリアでした。更地ならまだしも、古い建物が建っている土地だとマイナス評価になることも多い。『館山でゲストハウスは成り立たない』とも言われていました」

近年はさまざまな自治体が移住支援に乗り出しているが、移住者がその土地に定住できるかは各自治体の課題にもなっている。

「ゲストハウスを始めるために診療所だった建物を購入したときは、このエリアに知り合いが少なかったこともあって、『薬物中毒者の治療施設ができるらしい』など変な噂が流れました(笑)」

当時の漆原さんはまず、住民の立場になって考えてみたそう。

「僕は外からやってきたので、地域の人からするときっと怖かったんですよね。『東京から来た奴が、あの土地もこの土地も買っている』という怖さがあったんだと気付きました。そこで、後にゲストハウスになる元診療所の敷地内に大きな桜の木があるのですが、朝は落ち葉や花びらの清掃をしたり、住民の方に挨拶をするところから始めました。そうすると『悪い人じゃなさそうよ』と、印象がじわじわ変わってきたようでした」

現在、漆原さんが運営する住宅「MINATO BARRACKS」は、コミュニティのある集合住宅として移住者からの人気が高まっている。行政からも、移住定住促進の重要なアプローチとして評価されるようになった。

ゲストハウス「tu.ne.」は初年度から2,000人の宿泊客が訪れた。そのうち3割を占める約600人が外国人客で、地域のインバウンドの一端を担いつつあるのだ。

館山駅東口に人々が集まる場所をつくりたい

館山は人口4万4千人程の地方都市。房総半島南部に位置し、34.3kmにも渡る海岸線を有する。その立地から、今以上に多くの人で賑わっていた時期もあるのだとか。

「館山は安房地域の玄関口ということで、古くから地域の産業や文化の集積地でした。東京に行かずとも館山の市街地にデパートがあるなど非常に栄えていました。ところがその分、アップデートが遅れたんです。館山自動車道が全面開通していないときは、宿泊が前提のリゾート地で滞在者がお金を落とすという構造でした。ですが日帰りが可能になって人が動きやすくなると、お金が落ちなくなってしまったんです。新たに敷設されたバイパス沿いが商業圏になり、駅前が衰退していきました」

特に館山駅東口は、駅前でありながら寂しさが漂うエリアへと変わっていった。スパーク設立を東口に決めたのは、このエリアに期待感を抱いているからだという。

「行政で公開する館山駅の写真というと、西口の写真しか使われていないんですよね。西口は観光的に景観も整備されていますが、東口は昭和のまま。賑わっていればいいのですがシャッターが目立ちます。行政としてもアピールしづらい場所になっていましたし、市民にとっても積極的に立ち寄りたい場所ではなくなっていました」

そうして誕生したのがスパークだ。ゼロから新しいスペースを作るのではなく、地域住民に愛されてきたビルを活用することにも意義がある。

「このビルは築50年超で、元々はデパートでした。その次は家電量販店にになり、最後はお土産物屋さんでしたが、かつては回転寿司店も入っていたんですよ。東口は安房の玄関口として賑わっていた歴史や記憶が蓄積されていますので、見せ方を少し変えれば市民が誇れる東口になるのではないかと思ったんです」

このビルを利用してきた市民ならば、その変化にきっと驚くことだろう。商業施設をパブリックスペースに生まれ変わらせたのには、まちづくりに関するこんな想いがあったからだ。

「人が自由に出入りできる、民営の公園を作りたかったのが始まりでした。今でいうとWi-Fiを繋げたり、バスやタクシーを待つ場所です。目指しているのは、館山駅前のもう一つの駅。人と人が交わる、人が安らげる、というのがコンセプトです。誰でも気軽に利用できる立ち寄り場所にしたいですね」

熱意あふれるチャレンジャーが館山で増加中

漆原さんが館山に移住したのが2016年。それからというもの、空き家の利活用事業や館山家守舎のまちづくりに取り組んでいる。そうした活動を続けているうちに、館山で起きている変化に気付いたという。

「館山は、都心部からほど良く近くて自然が残っている場所。最近は世代を問わず、館山でチャレンジする人が増えています。そのひとつがジビエを活用したまちづくりです」

自然豊かな地域は、山や森に住む生き物との共生が課題になることが多い。館山でもイノシシの獣害被害が発生し、田畑が荒らされることが多いそう。

「駆除したイノシシの尻尾を市役所に持っていくと、市から報奨金が出るのですが、尻尾以外の部分は土を掘って埋めるだけという方が大半でした。その命を食肉用に処理をして、市場に流通させようと計画してきた方がいるんです。館山ジビエセンターという食肉加工所を作り、イノシシの肉に放射能検査もして、安心安全なジビエであることを証明し、肉を流通できるようにしました。こういう熱意ある人が館山にいるんですよ」

熱意をかたちにするために、館山ではさまざまな人が手を取り始めているのだ。

「ジビエのまちづくりも、館山家守舎が取り組んでいるリノベーションまちづくりも、官民連携でやっているのが共通しています。民間から有志が出て、行政が予算をつけて支援しているんです。当事者意識を持ちながら、民間でできること、行政でできることを考えて、良いバランスができているんじゃないかなと思います」

リノベーションまちづくり「安房六軒高校」

館山家守舎は、館山市の行政と官民連携で「リノベーションまちづくり」に注力。地域再生のために7つの施策を計画・実行している。

「7つの施策は、講演会や空き家再生ワークショップ、地元商店街との連携、スパークで予定しているマルシェなどです。リノベーションまちづくりは2022年で4年度目になりました。新規参入者は来ないだろうと言われていた東口に、飲食店もしくは新しい事業者が20数軒出てきたんです。バーやフレンチやイタリアン、ダーツなどの店ができて、地元の人も『彼ら、頑張ってるね』と気付いてくれます」

さらにリノベーションまちづくりの施策として、「安房六軒高校」のプロジェクトを始動させた。

「安房六軒高校は、実在の高校名ではなく、ひと言で表すなら高校生まちづくり部です。館山市を含めた安房地域の現役高校生が、学校の垣根を越えて参加しています。2021年度から始めた施策で、基本活動日は月に1回。駅の近くに民間で創られた交流拠点『ねじ』という場所がありまして、月1回の活動以外でもねじを部室のように使って自由に出入りできます」

安房六軒高校を始めたのは、少子高齢化の影響も大きい。館山では若者の進路の選択肢が少なく、進学や就職のために地域を離れる若者が多いのだ。

「出ていった若者が戻ってこないのは、高校卒業までに地域について知ることができなかったから。育った地域について知らずに巣立っていくので、愛着がないから戻ってこない。館山の大人たちの姿、働き方の多様性を知ってもらうことで、若者の流出に歯止めをかけることができるのではと考えました」

安房六軒高校で活動する高校生たちは、商店街で働く人々にインタビューなども行った。地域の大人が働く姿や仕事への情熱を知る機会になっているそう。

「南房総市の木工所を訪れたことをきっかけに、NFT(Non-Fungible Token)を知った高校生がいます。それで自分が描いた絵を出してみたら、1万6,000円位で売れたんですよ。地域の木工所を通してニューワールドに触れて、自分の作品が売れた。その経験によって自己肯定感が上がる。教育ではなく、小さな気付きを与えているような感じだと思います」

安房六軒高校では、館山の自然と触れ合う活動にも取り組んでいる。

「大房岬に行って、コーステアリング(海外線を巡るマリンスポーツ)などもやりました。ライフジャケットを着て磯回りなどをしながら、岬を一周して楽しむんですよ。そうして地域の自然の豊かさを知り、高校生同士のチームワークを固めてもらいます」

自身も子育て中の漆原さん。館山で日々成長している子どもたちにとって、館山を誇れる場所にしたいと考えているそう。若者たちと一緒にまちづくりを続けていくためにも、まだまだチャレンジしたいことがたくさんある。

「新しい地域雇用を生み出す産業を作り出すことは、市の行政として必要です。企業誘致という発想になりやすいものですが、民間で起業して失敗したこともある私からすると、館山は起業しやすいエリア。こういう自然豊かなまちで、いい仲間とこだわりのある仕事をやりたい人が集まってくればと考えているんです」

働き方やライフスタイルが多様化する現代。地域の住民にとっても来訪者にとっても、館山は大きな可能性を秘めた場所になっているよう。リラックスしたい人もチャレンジしたい人も、館山を訪れてその魅力を体感してみてはいかがだろう。

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