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「感動や楽しい話は疲れない」生きる力が刺激されるいろりの宿【いろりの宿 七里川温泉】

千葉県君津市の名湯「いろりの宿 七里川温泉」。県内では珍しい源泉かけ流しの硫黄泉で、露天風呂では四季折々の自然を楽しめる。囲炉裏の火で暖まりながら食べる焼き物は絶品。この囲炉裏を求めて宿を訪れる人もいるのだとか。経営者の鈴木護さんに、宿の歴史や食へのこだわり、経営者としてのポリシーを語っていただいた。

お客さん第一で成長してきたいろりの宿

いろりの宿 七里川温泉は、山の自然と調和する素朴な宿。源泉を絶え間なく注ぎ続けるかけ流しの湯は、硫黄泉をたっぷりと堪能できる名湯だ。宿をさらに魅力的にしているのが、なつかしさを感じる囲炉裏。魚介類などを使った炉端焼きが、目も舌も楽しませてくれる。

「平成7年7月にこの宿をオープンさせました。当時の妻の母親が『一緒に旅館をやらないか』と言ってくれたのがきっかけです。その女将さんは自営で新聞配達業をしていて、この辺りでも三本の指に入るくらいの働き者で、私は協力することにしたんです」

ただし旅館業を始めるにあたり、鈴木さんは経営者としての心構えをよく確認したという。

「私は『欲をかいて失敗したら、それ見たことかとなりますよ』と言いました。仏門に半分足を入れていたので、お金に左右されてはいけないと考えていたからです。女将さんに『旅館に来た人を良くしてあげて、それで失敗する分にはいいですか』と聞いたところ、それでいいという答えが返ってきました。今もその方法を28年続けていて、ここにやってきたお客さんのことばかりを考えてやっています」

2年の準備期間を経て旅館をオープンさせた頃、宿にはまだ囲炉裏は存在していなかった。

「当時の旅館の外観は、民宿というかペンションのような建物でしたよ。いつも私は座禅しているから、お客さんに『今日はお坊さんがいるんですか』と聞かれることもありました(笑)。その頃は囲炉裏は一台もなかったのですが、来た人に満足してもらいたくて、会議室として使っていたスペースに囲炉裏を置いてみたんです」

意外にも、当初は囲炉裏がこんなにも評判を呼ぶとは思っていなかったそう。

「囲炉裏を置いたらすごく人気になったので、特注の大きな囲炉裏を作りました。旅館の最初の名前は『いろりの宿 七里川温泉』でしたが、『いろりの宿 七里川温泉』に変えたんです。ここに来た人をとにかくゆっくりさせてあげたいと思っていましたね」

火山のない千葉県に名湯が生まれた理由

七里川温泉 いろりの宿の泉質は、源泉かけ流しの硫黄泉。千葉県内でも有数の名湯で、温泉ファンも納得の上質の湯だ。

「いろりの宿ではお湯を循環させていないんです。常に朝から新しい源泉をちょびちょび入れています。夜の10時にお湯を止めて清掃し、朝にかけてお湯がたまっていきます。塩素消毒していないので、皆さん『お湯がいいね』と言ってくれるんですよ。入ってみると、お湯がやわらかくてとろっとするでしょう」

手間暇かけた源泉かけ流しの湯は、源泉が含む成分を新鮮な状態で楽しむことができる。色や香りなど、本来の源泉の魅力を感じられるのだ。

「千葉県に火山はないけれども、大昔に地殻変動が起きました。地殻変動で海水が一緒に持ち上がり、海水に含まれている硫酸イオンが長い時間の中で硫黄泉に変化した、と発表されています。だから千葉県は温泉が出ないのではなくて、温泉成分を含んだ冷泉はあるわけです。ただし温度が低いからボイラーで沸かさなくてはいけません。東北や九州の方に行くと、温泉の温度が高すぎて冷ます必要がありますよね」

硫黄泉が持つ効能は、リウマチや神経痛、外傷、骨折、火傷、婦人病など。肌ざわりの心地いい湯で、心も体もじんわりと癒やしてくれる。

宿の美食の秘訣は生産者との信頼関係

いろりの宿を訪れたら、囲炉裏の炉端焼きを堪能しない手はない。エビやホタテなど魚介のほか、干物や金目の開きなども味わえる。

「漁師の親分がうちの宿を訪れていたことがあって、そこの若い人が干物屋をやっていたんですよ。かれこれ25年の付き合いです」

いろりの宿の炉端焼きが評判なのは、食材そのもののおいしさが際立っているから。炉端焼きはシンプルな調理法だからこそ、食材の味が引き立つ。

宿が提供する食材は、鈴木さん自ら納得したものばかり。肉については、南は九州まで至るところの名産品を試してきたのだとか。とあるご縁から群馬産の肉を食べてみたところ、そのおいしさに驚いたそう。

「うちは食材の持ち込みも可能なのですが、千葉県のお客さんがホルモンを持ってきて、囲炉裏で焼いていたんです。ちょっと味見させてもらったらすごくおいしかった。どこの肉か聞いてみたら、群馬産でした。群馬は酪農業があって、肉がおいしいんです。そのお客さんは復興支援で群馬県にお金を送ったことがあって、そのお礼で群馬県からホルモンが送られてきたということでした。パッケージに名前が書いてあったので、即電話しましたよ」

そのとき出会った味付けホルモンと辛口ホルモンの2種は、現在はいろりの宿の看板メニュー。こんな風にお客さんが運んできてくれたご縁は、ほかにもあるという。

「よく来てくれるお客さんと話してみたら、『東京で肉屋をやっています』と言うんです。コロナ禍のときで、『ピンチなので肉を100kg買ってもらいたい』ということでした。100kgなんて冷蔵庫に入りきらないんじゃないかと思ったけど、まずは10kg、多いときは20kgずつ買うようになったんです」

生産者と直接つながることで、信頼性や食の安全が確保できる。鈴木さんは生産者とのやり取りで心がけていることがあるそう。

「生産者からダイレクトで買うということは、卸の値段で買えるということ。ですが私の信念として、値段を下げてくれとは絶対に言いません。いいものを納得して買っているんだから、仕入れ先を大事にして人間関係を作っていった方が商売は得でしょう。人を大切にすることは、どう生きるかにつながりますよ。うちの旅館は28年やっていますから、10年、20年と人を見ていくこともあります。いい仕事をしている人や立派になっている人は、人のことを大切にしていますよね」

今も昔もいいものを貫き通す温泉経営

鈴木さんの出身は千葉県鴨川市。結婚を機に君津市へと移住したが、「自分は君津市の人間だ、と言うのに10年かかりました」と語る。移住後はまず、地域に寄り添うことを目指したそう。

「うちの旅館には山歩きのお客さんが多いから、私も山に登ってみたんです。そこに数十段の階段があって、私の家族で半月位かけて全部綺麗にしたんです。すると地域の人たちが『本当は我々がやらなきゃいけないのにすみませんでした』と言ってくれました。そのときが、地域の方が私を受け入れてくれた瞬間だと思います」

それから30年近くの間、いろりの宿を経営してきた鈴木さん。地域へのこんな想いを語ってくれた。

「いろりの宿があるのは、君津市の黄和田。28年経ったけれど、黄和田の人間とはまだ言い切れていません。その理由は、私が黄和田に貢献していないから。立派に貢献していると周りは言ってくれるんだけど(笑)」

旅館を一緒に営む奥さんは、鈴木さんのことを「いいものを貫き通す人」だと表現している。経営者として、鈴木さんは今も昔もこんなことを大切にしているという。

「経営者という言葉を、経済の『経』で読むか、お経の『経』と読むか。これは京セラの稲盛さんの考えで、私も同じ意見です。私はこの旅館に来た人を良くしてあげたい。世の中の人はストレスや競争社会で疲れていますから、ここに来てそうしたことを忘れてもらいたいんです」

いろりの宿に来たお客さんの中には、人生が変わった人もいる。「うちの従業員はみんな、元お客さん。『手を貸してよ』と言いたくなる人がいるんですよ」と鈴木さんが語る。

「人は感動したり楽しんだり喜んだり、そういうものがあると生きる力が刺激されます。ひとつのものを疎かにしないためには、考えることも必要だけどね。営業会議とか仕事の話は疲れるんだけど、私は感動する話や楽しい話は疲れない。朝から晩までやってられますよ」

名湯や炉端焼きはもちろんだが、鈴木さんの人柄もいろりの宿の魅力のひとつ。癒やしが必要だと感じたら、いろりの宿 七里川温泉でゆっくり過ごせばリフレッシュされるはず。食材の持ち込みが可能なため、好きな食材で炉端焼きを味わいながら、鈴木さんとの会話を楽しむのもおすすめだ。

七里川温泉

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