読むふるさとチョイス 地域の挑戦者を応援するメディア

「農業から離れないよう繋ぎ止める」『名もなきみかん』を八代市の強みに【東陽地区ふるさと公社】

全国有数の農業生産地帯、熊本県八代(やつしろ)市。人口は12万2000人ほどで、熊本市に次ぐ第二の都市だが、長年農産物直売所に携わる株式会社東陽地区ふるさと公社の坂本眞二さんは、「後継者不足」のウラには「若者離れ」があると感じている。

まちの生産者を支えるため、若い担い手をまちに留めるために、いち直売所ができることは一体何か。解決の糸口を探った。

加速する「若者離れと、後継者不足」

江戸時代にはじまった大規模な干拓事業によって、広大な平野が生まれた八代市。現在は水稲を中心に、トマト、ブロッコリー、メロンなどが作られている。

なかでもトマトの生産量は、年間13万5000トンで日本一。しかも、八代トマトは8〜10度の高糖度。一般的なトマトの倍甘い特長がある。干拓によってできた農地は塩分を含み、ミネラルが豊富。だから旨味がギュッと詰まった作物が育つのだ。

しかし、全国有数の農業生産地帯として発展してきた八代市も、後継者不足が危惧される。市によると、農業就業人口はこの20年で半減し、農家の半数が60歳以上と高齢化。なかでも、八代市の中山間に位置する東陽町は高齢化が顕著で、担い手の確保と育成が急務となっている。

東陽町にある複合施設「東陽交流センターせせらぎ」を運営する坂本眞二さんは、後継者不足のウラにある「若者離れ」に危機感を抱く。

「若い人からしたら熊本市に比べると活気が少ないし、大手の会社も少ないから就職先が限られてしまう。市としても、若者の仕事を増やすために企業誘致に力を入れたり、港を整備して大型のクルーズ船が入るようにしたりしていますが、若い人たちは離れてしまっている。農業においても後継者がいない農家さんがたくさんいる」

そんな坂本さんも、大学進学を機に東陽町を離れ、熊本市へ出たひとり。卒業後は阿蘇の観光施設で働いたが、地元に温泉施設と農産物直売所ができると聞き、25歳の時にこの仕事に就いた。

「地元に戻って気が付いたことは、18歳まで東陽におったけど町のことなんも知らんな、ということ。じつは自分も農家の息子で、親も生姜やデコポンを作っていたけど、農家の本質的なことも、地元のことも、近所の人の名前も知らなかった。それにショックを受けて、一生懸命勉強して、地元のためになることをしようと思ったんです」

全国各地で問題視される、後継者不足。その背景には、日本全体の人口減少、少子化、事業の将来性などが挙げられているが、そう簡単に解決できることではない。「直接的な解決策にはならなくても」と、坂本さんはまちの農産業を次の世代につなぎたい想いがある。

「国の事業で新規就農する人に補助が出るようになってから、自分の周りでも何人か新規就農していて、少なからず後継者が増えています。そういう若い子たちが、うちの直売所に作物を出してくれていて、とてもありがたい。だからこそ、東陽から、農業から離れてしまわないように繋ぎ止めたい。そのために自分ができることは、まちの良さを伝えること」

八代市は海、川、広大な平野から山まであり、農産物と自然に富んでいる。繁華街のある熊本市にもアクセスがいいし、世界最大級のカルデラを有する阿蘇にも、小京都との呼び名がある人吉市にも1時間程度で行ける。「住みやすいまちなんです」と、坂本さんは言う。

しかし、不安視する問題は後継者不足だけじゃない。直売所の立地や販売形態に起因する課題もある。

「うちの直売所は田舎の方なので、市街地と比べるとお客さんが少ない。多くの生産者さんに作物を出してほしいが、やはり農家さんも売れるところに出すので、うちも頑張っているよと周知していかなくてはなりません」

そのアピールに一役買っているのが、ふるさと納税制度だ。

「生産者の意識を変えた」ふるさと納税

坂本さんが運営する直売所は、2020年からふるさと納税の返礼品事業者として加わった。当時は登録していた返礼品が2品と少なく、また特段力を入れていなかったこともあり、注文はあまり来なかった。しかし、市のふるさと納税を担当する女性が「返礼品を増やしてみませんか」と訪ねてきたことをきっかけに奮起する。

「返礼品をいくつか増やしてみたら、週に10件からはじまり、だんだんと注文数が増えていきました。野菜セットは月300箱出ることも。これには僕たちもびっくりしました」

八代産の野菜やフルーツなど旬の食材を詰合せたセットは、900近くある八代市の返礼品の中でもとくに人気。また東陽町は生姜の産地がさかんで、生姜ジャムやジンジャーシロップといったこだわりの加工品も主力だ。

ふるさと納税を通して、生産者の意識変化を感じる出来事もあった。20代の若手いちご農家から、『ジャムを作ったので返礼品に登録してくれませんか』という相談が来たのだ。

「そこの農家さんのいちごは『ゆうべに』といって、熊本で生まれた品種で、酸味控えめで甘さが引き立つ絶妙な味わい。去年返礼品で100箱くらい出たのかな。その反響の大きさが、新しい加工品を作ろうという活力につながっていると思います。若手が頑張っている姿を見ると、僕たちも少しでも貢献したいと身が引き締まる」

しかし、直売所のしくみをネガティブに捉える生産者もおり、誰しもが出荷してくれるわけではないという。

「農協や市場なら、野菜をいっぺんに箱に入れて出荷できますし、規模が大きい農家さんなら、業者がトラックで引き取りに来てくれることもあります。だから、出荷する作物の袋詰めが必要な直売所に出すことを手間に感じる人も多いんです」

加えて、出荷した野菜が売れ残ると引き取りに行かなくてはならないため、労力の少ない出荷スタイルを生産者が選ぶ気持ちも分かる。だが、直売所にも強みはある。

「市場や農協さんでは値段を叩かれてしまうんです。高く買ってくれることもあるけど、安い時は買い叩かれちゃう。直売所はそういう時でも、農家さんの収入になるようにある程度の金額で買い取る。市場価格もあるけど、農家さんが値段を決められるんです」

2021年春、直売所を有する「東陽交流センター」は道の駅としての役割も担ったことで、地元住民だけでなく観光で訪れる人が増えたという。

「出してくださった作物が余らないように、直売所でまごころ込めて売るのはもちろん、イベントに出展して販売したり、ふるさと納税を活用したり。もちろん、生産者さんとも連携して面白い返礼品をつくっていきたい」

「名もなきみかん」を、地域の強みに

熊本県内でも有数のみかん産地である八代市。温暖な海沿いでさんさんと陽を浴びて育つみかんも、評価が高い。なかには熊本でしか登録されていない”新しいみかん“も。坂本さんらフルーツの町の人たちが食べて「群を抜いておいしい」と絶賛する品種だと言う。

「外も中も皮が薄くて、味が濃い。でも農家さんは、『手間がかかるから誰も作らんとよ。後継者がちゃんとおらんと作れん』と。今はまだ数が出せないけど、みなさんに知ってもらい、食べてもらえるようにしていきたい。この新しいみかんをしっかりブランディングして、直売所の強みにしていければ」

この“名もなきみかん”は2種類あり、ひとつは「ゆうばれ」という名前がついた。「見た目も普通のみかんとは違うし、食味も抜群で今年直売所でブレークしました。今後まちの新しい顔になるかもしれない」と、坂本さんは期待を寄せている。

後継者がいるからこそ、挑戦できることがある。地域の恵みと営みを次の世代へ受け継ぐためにも、坂本さんは生産者と消費者、生産者と寄付者をつないでいく。

写真提供:東陽地区ふるさと公社

TOPへ戻る