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熊本に、自然派ワインの第一人者あり。「ワイン嫌いの人の気持ちがわかる」【古賀択郎】

お店の屋号は、1号店のワインバーが「Kinasse」=来なっせ(熊本弁で「おいでよ」の意)、2号店となったワインショップは「Quruto」=来ると?(同じく熊本弁で「来るの?」の意)。熊本県民なら、誰でもニヤリとしてしまうネーミングセンス。ワインショップの店主、というイメージからはかけ離れた坊主頭にTシャツ、サンダル。型破りで、軽やかで、なんだか楽しげな気配がビンビンに伝わってくる。それが、熊本に自然派ワイン(ナチュラルワイン)を広めた第一人者、古賀択郎さんの第一印象だった。ワインの知識ゼロの若者が熱意と勢いを原動力に駆け抜け、いつしか街に、業界に欠かせない存在となるまでの物語を紐解いてみたい。

飲まず嫌いから一転、ワインの虜に

熊本市の中心市街地の一画でワインショップ「Quruto」を営む古賀さんは、香川県生まれ、熊本育ちの44歳。29歳のときに東京の渋谷区幡ヶ谷にワインバー「Kinasse」をオープンし、当時まだ珍しかった自然派ワインや日本ワインの専門店として、ワイン好きの間で名を知られる存在となった……というと、さぞワインへの造詣も深かったのだろうと思わせられるが、当時の話を聞いてみると、まったく違ったストーリーが見えてくる。何せ、ワインについての知識はないに等しく、飲食店勤務の経験もなし、抜栓の手もおぼつかない状態でワインバーの経営に乗り出したというのだ。

京都の大学へ進学し、東京の広告代理店に入社した古賀さん。クリエイティブディレクターとして忙しくも充実した日々を送っていた彼がワインに出会ったのは、27歳の夏のことだった。「地元ではずっと焼酎を飲んできたし、ワインなんて“しこった(熊本弁で「カッコつけた」の意)”人が飲むものでしょ、と思い込んできたんですよ。飲み放題でたまに口にするワインは不味いし、翌日は頭がガンガンするし……。ちっとも好きになれなくて。でも、ワインが苦手という人は、大体こんな感じでワインと出会っていることが多いんじゃないかと思います。だからワイン嫌いの人の気持ちが良くわかります」

ところが、ワインへのマイナスイメージはある夜を境にして一変する。

「たまたま友人と飲んだとき、彼がずっと同じ白ワインをおかわりしていて、気になったから一口わけてもらったんです。そしたらあまりの美味しさに衝撃が走って、即座に『僕もこれください!』と叫んでいました」

翌日になっても、前夜のワインが忘れられなかった古賀さん。もしかして、この世には美味しいワインが山ほどあるのかもしれない。自分にはまだ知らない世界があって、人生損をしているのでは……。そう思い至り、自らの感覚を頼りに美味しいワインを飲み歩くように。ワインのことをもっと知りたい、でも、今さら飲食店でアルバイトから始めて経験を積むのも厳しい。ならば、ワインバーを開くしかない。突飛な発想に思えるが、本人は至って真面目だ。

「店主となれば、業者向けの試飲会で勉強することもできるし。僕と同じように、うまくワインと出会えなくて嫌いになっちゃった人にも、同じ経験をした自分なら、美味しさを伝えられるんじゃないか?と思って。今振り返ると、無知で無鉄砲だからこそ、突っ走れたんでしょうね」

飲食店に勤めてワインを学び始める人の多くが20歳前後でキャリアをスタートしている。現在27歳の自分には7年のビハインドがある、と分析した古賀さん。

「シンプルに時間がないと思いました。フランス語もイタリア語もわからない、今から勉強する時間もないから、諦めようと。そうして残ったのが日本のワインだったんです」

せっかくだから地元のワインを、と取り寄せた熊本のワインのうち、特に美味しいと思ったのが「菊鹿」と書かれたワインだった。今となっては世界的に高い評価を獲得し、なかなか入手できない菊鹿ワインも、当時は無名の存在だったのだ。かくして、熊本県人が熊本のワインを毎日提供するお店「Kinasse」が誕生。さらに、オープンとほぼ同時に知ったのが、日本全国でごく少数しか造られていなかった自然派ワインだ。基準は、自分が飲んでみて美味しいと思うかどうか。ピンとくるワイナリーには自ら足を運び、北は北海道から南は宮崎まで訪ね歩いた。

「日本ワインが流行る前からワイナリーを巡り、信頼関係を築けていたおかげか、今となっては入手困難といわれるワインの造り手さんからも、案内をもらえます。狙ってやっていたことではないですが、まぁ運ですね(笑)」

「分かりやすく、伝わりやすい言葉で伝えたい」

東京のワイン好きの間で、誰もが知る名店となった古賀さんの店。順風満帆のワインバーを閉店し、熊本に戻ってきたキッカケは、とあるイベントだった。

「鎌倉から始まった“満月ワインバー”というムーブメントがあリまして。満月の夜に、同じ月を見上げながら自然派ワインを飲みましょうという趣旨で、僕も2013年から、月に1度は熊本に帰ってきて、自然派ワインを提供していました」

イベント自体は大盛況、徐々に自然派ワインの認知は高まっていったが、肝心の自然派ワインを買える店が熊本には存在しないことにも気づいた。

「お客様が必ず、どこで買えると?って仰るんですよね。でも、熊本では買えない。これでは、僕がやっていることは月に1度の花火を打ち上げているだけじゃないかと。ちゃんと地元に自然派ワインが根付くためには、種を蒔かなきゃいけないな、と考えていました。フラッと立ち寄って、1本から気軽に買える酒屋さんがあったら良いのになって。まさか自分がやるとは思っていなかったですけどね」

同時進行で、山梨のワイナリーに栽培と醸造の勉強に通っていた古賀さん。

「どの生産者さんも、ワインは畑がすべて、葡萄が9割と仰っていました。でも、世の中のソムリエのほとんどは畑に行かないですよね。僕も、自分で葡萄を栽培してみないことには、無農薬だとか、酸化防止剤フリーだとか、偉そうなことは言えないなと思いました」

1本でも2本でもいい、自分で葡萄を栽培してみたい。でも、店は東京のど真ん中で、仕事は夜。畑に行くことは難しい……。そこで閃いたのが、地元・熊本へのUターンだった。

「熊本に帰って畑をやりながら酒屋を開けば、やりたいことが両立できる」と思い立ち、惜しまれながらも「Kinasse」を閉店。2016年の3月に故郷・熊本に戻ってきた。

2016年の春といえば、そう、熊本地震の年。帰熊して間もない古賀さん一家も被災し、検討していたテナントも全壊してしまっていたが、とにかく仕事をしないと、とがむしゃらに準備を進め、半年後の9月にはワインショップ「Quruto」をオープン。復興の日々の中、心の滋養を求める人、美味しいワインに飢えていた人……。さまざまな人々が店を訪れるようになり、店はたちまち街で評判の一軒となった。約7坪の店内には、なんと3000本ものワインがぎっしりと陳列され、山積みになった段ボール箱もすっかりお馴染みの光景だ。

ラインナップは、ワインバー時代から付き合いのある国内のワイナリーに加え、輸入物も多数。2,000円〜1万円台と気軽に手を伸ばせる価格帯のワインをメインに取り扱っている。

「お客さんは、飲食店さんと一般の方、半々くらい。ワインは詳しくない、でも美味しいのが飲みたい、という方も増えてきて、すごく嬉しいです」と古賀さん。常連さんは、まず今日の献立を申告してくれるのだとか。

「餃子ですって言われたら、餃子ならこれです!って(笑)。ワインの個性や美味しさを伝える言葉のセレクションは、とても大事にしています。よく分からない横文字ばかりを使うのが嫌なので、可能な限り自分で飲んで、わかりやすく伝えることを心がけていますね。それは、飲食店さんへの卸売でも変わりません」

ときには自ら取引先の飲食店に赴き、試食を重ね、料理とのペアリングを考え抜いて最適な1本を提案する。そこまでする!?と驚くスタイルも、古賀さんに取っては当然のことなのだとか。

「たくさんワインを売りたいからではなくて、自分が面白いと感じたいから。料理の酸味、甘味、辛味に合わせて、まとまりを出す目的だったり、引き上げたり、要素を足したり……。ニュアンスを汲み取るのが自分の仕事だと考えています」

根っからのワイン好き、探求好きなのだ。

気負わず、楽しく、ワインを楽しめる街へ。

ちょうど移住した年の春から取り組もうとしていた自社農園は「葡萄は苗木を育て始めてから実をつけるまでに3〜4年かかります。震災後、生きるか死ぬかの状況にあったので、断腸の思いで畑は諦めました」と悔しそうな古賀さんだが、自分の納得のいく一本を造りたいという胸の炎は消えることがなかった。移住前から熊本の農家を訪ね歩き、ここぞと思えた、玉名市の1軒の農家が育てる葡萄を託してもらえることに。熊本ワイン株式会社(現在は熊本ワインファーム株式会社)の全面協力を得て醸造を行い、オリジナルのワインを造り続けてきた。有機栽培された葡萄を使い、野生酵母で発酵させ、補糖や補酸もせず、酸化防止剤もほぼ使わない熊本発の自然派ワインだ。古賀さんのワインは、2015年産の初オリジナルワイン「プロローグ」、2016年産の「エピソード」を経て「なんか横文字がこっ恥ずかしくなってきたから(笑)」2017年以降は「玉名」と名付け、着々とファンを増やしている。

「ワインって、その土地の名前がついているのが自然なんですよね。玉名で穫れた葡萄を使ったワインが、全国に出ていって、手に取った人が、玉名ってどこだろうと興味を持ってくれたら良いな。県外への手土産に熊本のワインを持っていってもらって、それをきっかけに熊本に遊びに来てくれたら地元にお金も落ちるし……なんてことも考えつつ」

美味しいのが一番、と笑いつつも、その奥には何重もの願いや思いが込められている。

そんな街のランドマークのひとつ「Quruto」だが、実は旧店舗での営業は10月末で終了し、11月11日に新天地で移転オープンしたばかり。移転先は、古き良き城下町の趣を残す熊本城のお膝元であり、古賀さんが少年時代を過ごした地域にも近い、細工町というエリアだ。

「店舗は2階建で、1階がワインショップ、2階は妻(古賀さんのパートナーは、県内外のお菓子好きから絶大な人気を誇るベイクショップ「udan」のオーナー)がお菓子と喫茶を提供します。ゆくゆくはワインも出せたら良いなと」

店舗が広くなり、できることも増えると嬉しそうな古賀さん。今後は、ワインの熟成により力を入れたいと話す。

「ワインって、今やいろんなグレードのものが常にネットに流通してポチッと購入できますよね。じゃあ、酒屋さんって何のために存在すると思いますか? 世界中のワイナリーや輸入元からセレクトして、エンドユーザーのためにぴったりな1本を提供すること、ちょうどよく熟成させて、飲み頃に提供すること。そのふたつだけが存在意義だと思うんです」

「うちの店にも、ワインは素人だから何もわからないって恐縮して来られるお客様がいらっしゃいますが、わからなくて良いんです。だって、みんなビールも焼酎もそんなに詳しくないけど、美味しく飲んでいるでしょ(笑)。ワインは価格帯が高いから、高尚なお酒だと思われがちですが、歴史的には全然そんなことなくて。ヨーロッパでは水より安くて、お客さんがポリタンクを持って、量り売りのワインを買いだめしに来るようなワイナリーもあるくらい、日常的で大衆的なお酒なんですよ」

「ただ、日本では他のお酒と比べて安いものではないからこそ、失敗してほしくない。ちゃんと自分にピッタリの1本を、お店の人に選んでもらって飲んで。なんだ、ワインって美味しいじゃん!という驚きを、たくさんの人に味わってもらえるようお手伝いしたい」

立ち返る原点はいつでも、自身がワインと出会った瞬間の喜びだ。

「かしこまらず、気軽に。バズらせてワイン人口を増やしたいわけじゃないけど、なんか熊本ってワイン飲む人が多いよねって雰囲気になれば嬉しい」

その願いは、きっと近いうちに叶うに違いない。古賀さんが歩んできた道のりは、険しくも楽しく、これからも続いていく。

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