
「『やっちろ観光男子』結成」でふるさと納税事業者10倍の八代市
熊本県八代市役所職員の友田美穂さんは、ふるさと納税の業務担当後わずか3年足らずで、登録の事業者数を20から200に。返礼品は50品から900品へ。寄付金額はなんと14億円増という、驚きの数字と活力をまちにもたらした。
一体何をしてここまで増やすことができたのか。「ふるさと納税でまちを変えたい」と思い、これまで取り組んできたこと、そして「寄付金の使い道を市民へ周知する」ために考えているアイデアなど、友田さんの創意工夫を紐解いていきたい。
3年で50品から900品へ。「地域を変えたい」を実現しはじめた女性の熱意
トマトの生産量、日本一。井草の生産量も、日本一。そしてジャンボグレープフルーツとの呼び名がある「ばんぺいゆ」の大きさは、世界一。全国有数の農業生産地帯として、熊本県の八代(やつしろ)市は発展してきた。

総務省によると、八代市のふるさと納税の寄付件数は、2020年から急激に増加。2019年度は1万2000件だったが、2020年度になると10万1000件に。さらに2021年度は14万4000件まで伸びた。これだけ見ても寄付者による市への注目度の高さがうかがえる。
では、一体何をしてここまで注目を集めることができたのか? そこには、とある女性の存在があった。八代市役所に務める友田美穂さんだ。
「私が『ふるさと納税で地域が変わる』と気が付いたのが2016年。知れば知るほど、自治体職員としてこの制度を最大に限活用しなければ、とハッとしたんです」
1992年、八代市役所へ入庁した友田さん。27年にわたり様々な部署で従事してきたが、友人から「ふるさと納税の仕事とか合ってると思うけどな」と言われたことがきっかけで、ふるさと納税について調べるようになっていく。
関連する本を読み漁り、独学で勉強。ある時はふるさと納税の勉強会に参加するため、年休を取り、自費で全国5カ所の会場に足を運んだこともあった。そこで知り合った他市の職員と積極的に交流し、各地域が抱えている課題や解決策の知識も深めていく中で、「やっぱり私はこの仕事に関わりたい」という想いが強くなっていく。
「大手ショッピングセンターに行ったり、熊本市内に出かけたりして、買い物をする人は多い。かくいう私も、前はそうでした。でも、八代市にはフルーツ、野菜、お肉、いいものがいっぱいある。これをもっと市内の人たちに知ってもらえたら、事業者さんの収入が増えて、商店街にしても小売店にしても、もっともっと元気が出るはず。この地域をより良い方向に変えていきたい。そう思うようになりました」
そして3年後の2019年春、友田さんは観光・クルーズ振興課への異動が決まった。しかし、ふるさと納税の業務をおこなっていたのは、財政課。友田さんの「ふるさと納税の仕事をしたい」という願いは届かなかった……かと思われたが、なんと上司の理解によって財政課と協議できることになり、その結果、友田さんのもとに業務を移すことができたという。
ひとりの女性の熱意が、多くの人の気持ちを動かし、自治体の体制をも変えた瞬間だった。
名刺には「必ず携帯番号を載せる」
念願の職務を担当することになった友田さんは、ふるさと納税の返礼品に登録してくれる事業者を増やすことからはじめていく。
「最初はどうやって開拓をすればいいのか悩みましたが、農業の部署に行けば、農家さんやフードバレー会員さんたちの登録名簿があることに気が付いたんです。そこで、メールアドレスがあるところには『返礼品として登録しませんか。興味があれば伺いますのでご連絡ください』と片っ端からメールを送りました」

最初は「ふるさと納税って何?」という事業者も多かったが、いちから説明し、理解と協力を仰いだ友田さん。持ち前のフットワークの軽さを生かし、次々と行動に移していく。
「引き継いだ時の事業者数は50くらい。3年で200近くまで増やすことができました。返礼品の数も、50品から900品になりました」
前述した通り、友田さんの就任後の寄付件数は1年間でなんと9万件増加。熱意が成果に現れた証拠だ。
そして、そんな情熱的な友田さんは事業者とのコミュニケーションを密にするためにあることを実行している。
「名刺には必ず携帯番号を載せます。事業者さんから電話がかかってくれば、私も相手の番号を知ることができるので、コンタクトが取りやすくなる。実際、『こういうのを出したいけど、友田さんどう思う?』という相談があったときは、『じゃあ私の方でも調べるので企画作りましょう』と。そして、今年度からLINEWORKSを導入し、事業者ごとにグループを作って連絡を取り合うようになり、よりスムーズになりました」
事業者からは「気軽に連絡できるようになった」と、喜びの声が届いているという。このように、いつでも連絡できる環境を作ることで、忙しい相手とも円滑にコミュニケーションを取ってきた。勤務時間外に相談を受けることもしょっちゅうある。さすがにプライベート返上で仕事をするのは辛くないのかと尋ねると、二つ返事で「ふるさと納税が好きだからです」とニコリ。
友田さんを動かしているのは、まさに「まちを変えたい」という気持ちそのもの。常日頃からアンテナを立てることで、新たな事業者に出会えることもあったそう。
「ある日地元のスーパーへ行ったら特売日で、とんかつが安く出ていたんです。値段を見て衝撃を受けて、すぐ店長に連絡しました。『返礼品としてとんかつ出しましょうよ』って。そのお店は全部手作りで、どれもすごくおいしいんです」
他にも、返礼品登録から1年足らずで月1200件の申込枠が埋まってしまうほど好評の「西京漬け」も、コロナ禍で苦しむ老舗料亭との出会いがきっかけだった。
仕事のオンオフ関係なく、魅力的な事業者がいればすぐにアプローチをし、相談に乗る。これが友田さんの信条だ。
しかし、販路が拡大すれば、事業者の暮らしや見える世界は一変する。それは個人事業主や小さな事業者ほど顕著で、「忙しくて手が回らない」といった嬉しい悲鳴が聞こえることもある。友田さんはそういった現場の声にも耳を傾け、解決策を提示するなどフォローを欠かさない。
トマト農家の販路を「地元だけ」から「全国へ」

友田さんが声をかけて飛躍した事業者は、じつに多い。
「上司がおいしいトマトがあるって話をしていて、じゃあ行ってみようかなと思って農家さんに連絡して。実際に食べたら、こんなにおいしいトマトがあったんだと驚きました。フルーツっぽいけど、フルーツトマトとは違う甘さ。その場で『これは絶対に登録しましょう』と。でも農家さんはパソコンには不慣れで、ECサイトはやったことがない。『じゃあ私が全部サポートしますから』と猛アプローチしました」
八代市はトマトの生産量が日本一。これはまちが誇る特産品であるが、トマト農家にとって、生産量と収入は必ずしもイコールにはならない。
「八代だとトマトが1キロ1000円、小さなパックだと100円くらい。他の地域じゃ考えられない破格の値段で買えちゃうんです。トマトは近所からもらうものという意識も根強くある。だから生産量は日本一でも、どんなにおいしいトマトでも、農家さんの収入は上がりません」
この状況を打破するためには「ふるさと納税だ」と、友田さんは確信をもつ。しかし、返礼品に登録した初年度はなかなか注文が入らなかった。トマトの返礼品は全国にあるがゆえに埋もれてしまいやすいからだ。
そこで、「1度PRと割り切って赤字ギリギリの価格で出しましょう」と提案。その結果多くのメディアに取り上げられ、発注が追いつかないほど反響があった。
イベントで試食会をした際には、「トマトは苦手」という人が「もっと食べたい」とおかわりし、中学生からは「おいしかったです」という感謝の手紙をもらうこともあった。地元だけの限られたマーケットが、ふるさと納税によって全国へ。アイデアひとつで、まちの事業者が大きく羽ばたいた。
市役所職員でアイドル結成!? 「やっちろ観光男子」がまちのナビゲーターに
友田さんの功績は、事業者との関わり合いだけじゃない。
「いわゆる”返礼品カタログ”じゃなく、雑誌みたいに読める情報誌を作りました。役所の男の子たちを集めて『やっちろ観光男子』を結成して、まちのナビゲーターになってもらっています」

誌面では数々の返礼品を紹介しつつ、八代城下町の方言をまとめたやっちろ弁クイズや、返礼品を使ったキャンプ料理レシピなど、「へえ〜、なるほど」と思わずうなるウンチクが満載。八代市のことを知りながら楽しく読める構成になっている。
これも友田さんの発案で、予算を集め、誌面構成の提案や撮影にも参加。ただでさえ事業者さんの元を飛び回って多忙を極めているはずなのだが、兎にも角にも、友田さんの行動力とバイタリティはハンパない。
情熱があれば、市の条例だって変えられる
ふるさと納税の業務を自分のもとにたぐりよせ、事業者の新規開拓をおこない、まちをアピールする魅力的な返礼品を増やし、ときにはユニークなパンフレットも手掛けるなど、あらゆる角度から「地域を変える」取り組みに精魂を注ぐ友田さん。極めつけは、市の条例までも変えてしまったことだ。
「これまでは『環境にやさしいまちづくり』など、寄付金の活用内容がざっくりとしていました。でも、それじゃダメでしょうと上司に訴えて、市が掲げる総合計画に合わせた内容に変更してもらいました」

ふるさと納税は返礼品ばかりに話題が集まりがち。しかし、自分のまちに寄付されたお金の使い道や、本当にその目的に使われているかどうかは、自ら調べないと分からない。
「多くの方々に寄付していただいたお金が、市のどんな取り組みに使われているのか住民に知ってもらう必要性を感じています。市民のためにも、寄付金の透明化は大切。明確化しないと、勝手に使われちゃうからです。せっかく八代に魅力を感じてくださった方が寄付してくれて、そのおかげで町が変わったこと、変わっていくことを、八代市民にもちゃんと知ってもらいたい」
そこで友田さんが考えているのが、市民向けのマルシェの開催だ。
「返礼品に参加している事業者さんを呼んでマルシェを開き、パネル展をしたいと考えています。八代にはこういう事業者さんがいて、こんな返礼品を出されているんですよ、寄付されたお金の使い道はこうですよ、ということを伝える場です。まだ上司には言っていないんですけどね。できれば今年度中に1回やりたいと思っています」
友田さんの話を聞いて感じるのは、「本当に楽しそうに仕事をしている」ということ。現場の人々が生き生きとしているのを目の当たりにすると、寄付者として嬉しくなるし、応援したくなる。
「”中”で生き生きしている自治体さんのふるさと納税が伸びていると思います。最近事業者さんに言われるのは、『友田さんが頑張ってるから自分たちも一生懸命しないとね』って。熱意は事業者さんにも寄付者のみなさんにも伝わる。そう思っています」
事業者・生産者の力になりたい。地域の人が喜ぶふるさと納税をしたい。その一心で突っ走ってきた、異動前の3年間と、就任後の3年間。
地域に真摯に向き合う友田さんの姿勢は、着実にまちを変えはじめている。いち寄付者として、八代市の明るい未来を見届けたい。
写真提供:八代市役所