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「年収200万でも住民が幸福に暮らせる町にしたい」“幸福なダウンサイジング”のために町がやるべきこと【トピカ】

人口流出や少子高齢化を相手に各地で策が講じられるなか、ユニークな持論を元に町おこしを行う団体がある。香川県は高松市塩江町を拠点とする一般社団法人トピカだ。塩江町の2022年の人口は2300人弱、高齢者率49.58%。日本の超高齢化社会の前線にあるようなこの町で、「幸福なダウンサイジング」を目指し地域のコミュニティと一体となり活動している。トピカの活動軸でもある、この「幸福なダウンサイジング」とは一体何か? また活動を続けるなかで町のコミュニティに現れた変化とは? トピカ代表の村山淳さんに、塩江流の町おこしについて詳しく聞いた。

幸福なダウンサイジング

トピカは塩江町の住民と塩江町の地域おこし協力隊が中心となり、2020年に立ち上げた団体だ。きっかけは約5年前。東京の大学院卒業後、地方の移住先を探していた村山さんは、地域おこし協力隊を募集している塩江町の存在を知る。東北出身で香川には縁もゆかりもなかったが、村山さんが移住先の条件として挙げていた“島と山と海が近い”を全てクリアしていたことが移住の決め手に。協力隊で3年間の任期を終えた後、引き続き塩江での暮らしを選択したことで、トピカがスタートした。

「地域のためならなんでもやります」という協力隊の志を引き継ぐように、トピカの活動範囲はかなり広い。大学・大学院で歴史学を専攻していた村山さんの得意分野である、町の歴史の調査と保全に主軸を置きつつも、マネタイズの可能性を探るために、ダム湖でのカヤックツアー(観光)や子ども向けの里山体験教室(観光×教育)、また斜面の多い中山間地域の特徴を生かした小規模農業(農業)にも取り組んでいる。町の高齢者からの依頼で、草刈りをすることもある。活動の根底にあるのは“幸福なダウンサイジング”の考え方だ。

「少子高齢化や産業の衰退に対し様々な町おこしが各地で行われていますが、私は『過去の賑わいを取り戻す』ことを安易に選択することに疑問を感じていて。大量の観光客を呼び込み地域をガンガン回していくような経済システムは、長期的に見ると多くの地域では現実的ではありません。そうした思いから、トピカでは細々とながら幸福に地元住民が関われる共同体のあり方を模索しています。いずれは塩江の“幸福なダウンサイジング”が、地方の町おこしの一つのモデルになればと思っています」

小さいままでも、縮小してもよい。小さくなっていくコミュニテ小さいままでも、縮小してもよい。小さくなっていくコミュニティのなかにいかに幸福を作りだせるかが着眼点だ。村山さんが目指すのは「年収200、300万でもすごく豊かな暮らしができる町」。一見、ネガティブに捉えることもできるこの目標を町の人にハレーションを起こさず伝えていくことも、トピカの一つのミッションと言える。

危機感が生まれにくい田舎

塩江は美しい里山が残る中山間地域でありながら、高松市の中心部まで車で約40分。おまけに島と山と海全てが近いという立地。車を小一時間走らせるだけで、美術館にも、高松空港にも、また瀬戸内海にも太平洋にもアクセスできる。当然、塩江に住みながら市内の会社に勤めに出ることも容易にできる。村山さんの言葉を借りれば「初心者向けの田舎」。けれど反面、こんなことも起きているという。

「30〜50代の子育て世代では、塩江を高松のベッドタウンと位置付けている方も多い。平日は高松で仕事し、週末は家にいるか町外へ遊びに行く。今の町の中心的存在である60代以上の世代との関わりがほとんどなく、よって町への関心も薄い。コミュニティが完全に分裂しているんです」

加えて、塩江の歴史も「町に危機感が生まれにくい」事態を生んでいるという。塩江は古くより、阿波(徳島)や土佐(高知)へ続く旅路の宿場町として栄えてきた歴史がある。明治以降は冷泉が出る温泉地として、1930年代には豪華な旅館や劇場が立ち、観光鉄道が走り、少女歌劇団が活動するなど観光地として華やかな時代を迎えた。戦後、1960〜1978年のバブルの時代には、県内唯一の国民温泉保養地に認定されたたことで温泉の源泉が高額で取引され、リゾートホテルが乱立し、塩江温泉郷という名を全国に轟かせた。当時の人口は5000人を超えていたという。

「現在、町の決定権をもつ60〜80代の方々は、まさにその時代に観光ビジネスをバリバリ進め、町を拡大してきた人たちです。彼らに町おこしについて聞くと『当然観光だ』となる。30〜50代の方に聞いても『やっぱり観光じゃない?』となる。そして行政もなんとなくそれに引っ張られている。このままきちんと議論がなされず政策が行われれば、いつかミスマッチが起きる。まずは、町が自立できる産業をみんなで考えて知るべきです。そのために『本当に観光ですか? 町はそれを求めていますか?』としつこく問いつづけて、コミュニティの知的強度を高めるのが私の役目だと思っています」

コミュニティの知的強度を高めるために

コミュニティの知的強度を高めるためにトピカが力を入れているのが、地域住民が伝統的に受け継いできた生き方や技術の継承と保存、そして再評価することだ。阿波や土佐からの強い文化的影響と、中央構造線の北端に位置するという地理的な条件などから、塩江ではここならではの里山との付き合い方が育まれてきた。独特の花暦や急斜面の畑を耕す道具、また山道の切り拓き方など、それらは町民にとっては当たり前のことだが、町外の人からすると豊かで価値の高いもの。トピカではこうした伝統的かつ、この町で生きるための助けになる知恵を掘り起こし、時には発信することで、町民が町の魅力を再発見するきっかけを作っている。

写真提供:トピカ

その一つが、月に一度住民が集まり間伐をして道を整備する「里山づくり」だ。

「それまで放置していた木を切ると『材がもったいない』という意識が、みんなのなかに自然と生まれて、来年はその木で椎茸を作ろうとか急斜面に階段を作ろうとか、お弁当の時間に盛り上がります。町の人が昔の知恵を思い出し、知識の交流が生まれている。まさに地域の資源や魅力にみんなが気づいた証拠だと思います」

一般的に会議室ではアイデアが多数出ても実現しないことは多いが、村山さん曰く「山で議論するとアイデアは少ないが実現率が高い」というのもおもしろい。地に足のついた話ができるのだ。里山づくりはもともと補助金を受けて始まったプロジェクトだが、交付期間が切れた後も、全員一致で続けることが決まったという。メンバーのモチベーションで結果的に事業が自走化したのだ。

言葉よりも体と手を動かす

こうしたトピカの活動理念には、歴史学や哲学に着想を得た村山こうしたトピカの活動理念には、歴史学や哲学に着想を得た村山さん独自の思想がある。しかし、町の人に対してはそれらの言葉を「出しすぎない」ように気をつけているという。

「町のビジョンに対して自分の言葉をもつことは大事ですが、それらを地域のなかでどう出すかには、かなり気をつけています。難しい単語を並べても引かれてしまうし、こうした小さな町では言葉よりもまず体と手を動かすことが重要だからです。あれこれ論じても、『そんなことよりまずそこの草刈ってくれよ』という世界です(笑)」

出身は、東北の人口500人足らずの村という村山さん。小さなコミュニティに入っていく難しさは前々より知っていた。もう一つ、塩江に来てから気をつけていることがある。

「地元のいさかいは知らないふり、ということでしょうか。小さなコミュニティには大抵派閥があるし、仲の悪い人もいます。もう5年も住んでいるので大体把握していますが、よそ者としてあえて知らないふりをします。すると、いつの間にか私が2者の橋渡し的な立ち位置になることがあって。そこがよそ者としての私の大事な役割だと思っています」

道の駅の大規模改修を控えて

村山さんがいま関わっているのが、すでに始まっている道の駅しおのえ周辺の複合施設整備計画。温浴施設や診療所を併設する「道の駅しおのえ」のリニューアルオープンを目指し、48億円(2020年の概算)の総工費をかけて大々的に行われるものだ。村山さんは行政に情報公開してもらったり、行政に町の現状や要望を伝えたり、町と行政をつなぐパイプ役として奔走している。

「町の人たちに最大限活かせるように、施設の運営や活用法などを見出していかなければと思います。大きなお金が動くプロジェクトなので、公平性を保ち、オープンな議論をしていく必要があります。そのために私もあちこち首を突っ込んでいるところです」

また約4年前から模索してきた、ラベンダー栽培とそこから抽出するエッセンシャルオイルの商品化も近づいている。「この町にはなんちゃない(何にもない)」が口癖だった町の人から、意識の変化を感じることも増えつつある。時間はかかるが、外の力に頼らない自立したコミュニティは着々と形になっている。“幸福なダウンサイジング”を目指した試行錯誤は、そのプロセスこそが地域の学びなのだと、トピカの活動は教えてくれる。

Photo:宮脇慎太郎

一般社団法人トピカ

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