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「水の文化や共同体が失われつつある」映像作品が照射する、香川の水問題のいま【ウォーターコミューンシティ】

古くより深刻な水不足に見舞われてきた香川県高松市。一方で、水にまつわる多様な信仰、民話、民謡、水利慣行(水利用のルール)といった独自の文化が生まれてきた。そんな同市の水事情をリサーチし誕生した動画作品が『Water Commune city』だ。2022年の高松市の文化芸術創出事業「アート・シティ高松」で制作されたものだが、世界の人口の4割以上が水不足にさらされる今、作品は国境を軽々と越え、観る者すべてに問いを投げかける。水にまつわる文化や水源を軸にした共同体が希薄になりつつある時代において、作品から読み取るべきメッセージとは? 同作品を監督・編集した岡内大三さんに話を聞いた。

香川用水で水と人の距離感が変わった

©『Water Commune city』

「アート・シティ高松」は、高松市内に創造・発表の機会を創出するとともに、制作された作品を同市のプロモーションにも活用していくことを目指す事業。作品の公募が行われた際、「地域の魅力とは?」と考えたとき、真っ先に岡内さんの頭に浮かんだのが水の問題だった。雨が少なく水源が乏しいという地理的理由から、香川県は古くから水不足に悩まされてきた。1994年(平成6年)に起きた平成の大渇水(通称)は、今も鮮明に覚えていると岡内さんは言う。

「県内の学校では水に関する授業や課外学習は多いですが、本格的な渇水を経験したのはこの時が初めてでした。蛇口には節水コマが設けられ、節水の時間が細かく定められました。私の家は井戸があったのでなんとかなりましたが、家が飲食店を経営する友人などはお風呂も制限され大変そうでした」

香川県では、1973年に高松砂漠と呼ばれる深刻な干ばつが起きた翌年に香川用水が完成。以来、さほど大きな被害には至っていない。しかし一方で、こんなことが起きていると言う。

「水と人の距離感が変わり、水にまつわる文化や知恵が受け継がれなくなっています。古くより水問題が常に隣り合わせだったこの地では、水を大切に使うために、信仰や民謡といった文化や水利慣行などの知恵が根付いてきました。香川といえば瀬戸内海や穏やかな景色が魅力としてフォーカスされますが、先人たちの苦労の末に生まれた文化にも、その地域の魅力が宿ると思っています。それが一瞬で忘れ去られてしまうのは、とてももったいないことです」

香川県内には1万4千以上のため池があり、県土の総面積に対するその密度は日本一。集落一丸となりため池を築造する際に人びとが歌った労働歌や民話やお祭りが各地に伝わる。また、水の分配の秩序を守るための水利慣行も、他県では見られないほど複雑だ。特に農村部では水の分配方法や量が細かく定められ、水不足時には水の分岐点に監視役が夜通し立ち会った。さらにひどい干ばつの際には、その年の収穫は諦めて、種採り用の田んぼ一箇所にだけ水を集中させるなといった、集落存続をかけた手段がとられたという。

アンタッチャブルな問題として

水にまつわる文化慣習が希薄になっている原因は他にもある。岡内さんはリサーチを進めるうち、水不足のもう一つの側面を知る。

「香川に限ったことではないですが、水不足は人が触れたがらない問題です。市の職員さんにも『水の問題はナイーブな話題だから、言葉選びなどには気をつけた方が良い』とアドバイスをもらいました。実際、江戸時代から変わらない水利権が存在する地域もあります。また、1994年の大渇水を経験した方からは『渇水が起きると普段穏やかな人も人格が豹変した』という話を伺いました」

地域の人にとって、水不足は負の歴史。内外の人ともに、アンタッチャブルな問題として避けてきたため、文献や資料としてもなかなか残りにくい。

「香川用水ができ、水事情は大きく改善しました。けれど、その水源は高知の早明浦ダムで、徳島の池田ダムを経由して香川県に送られていますが、私たちはその事実を忘れてしまっている。また、そのダムを作るために立ち退きにあった人々は、故郷をなくしただけではなく、決断までには集落内の意見の摩擦もあったでしょう。そういった遠い他者への想像力が欠如している。これまでの語りの少なさと、表現手法の画一化が大きな原因だと思いました」

当事者の語りを多様な手法で

『Water Commune city』は6パートから構成される。かつて女性の人柱を捧げることでため池を築いたという「いわざらこざら」伝説が伝わる平池(高松市仏生山町)の情景(写真上)や、2021年に椛川ダム(高松市塩江町)が築かれた際に立ち退きにあったという女性の語りや、水の恵みに感謝して催される伝統的な祭り「ひょうげ祭り」(高松市香川町)の1日に密着したシーン。それらの事実を切り取ったシーンに、歌や舞踏やデジタルアートなどのアート性の高い表現が融合しているのが興味深い。

©『Water Commune city』

「ドキュメンタリーの手法と抽象的な描写を組み合わせることで、観る人の想像力を掻き立てるようなストーリーテリングを模索しました。これは私がすべての作品において大事にしていることです」

©『Water Commune city』

特に印象的なのは、古くから伝わる水にまつわる民謡を、現代の歌手が歌うシーン。音源や歌詞の資料は発見したが、歌える人はいなかった。岡内さんが「香川の水の民謡を歌いなおしてほしい」と感じ抜擢したのは、香川在住でジャマイカ人の親をもつレゲエ歌手のMillyさん。ジャマイカ人の信仰や精神と表裏一体である土着の音楽に、幼少時から触れてきた人物だからだ。

©『Water Commune city』

「当事者の語りをどんな手法で残すか? を重視しています。民謡をそのまま流したりリミックスするよりも、若い世代の方に歌ってもらうことが、文化や過去の消費ではなくリスペクトになると思いまして。そもそも民謡とは歌い継がれていくもの。時代時代で色がつき変わっていくものだから、自分の想いで歌ってください、とMillyさんに伝えました」

ため池の維持・活用法を

岡内さんがリサーチや取材を続けるうちに明らかになったのは、ため池の現状について。現在ため池を管理しているのは、地域住民が任意に設立した「土地改良区」と呼ばれる団体で、その多くは農業従事者。しかし他の市町村同様、高松市でも農家は減り、高齢化している。加えて、ため池の維持には地域によっては年間2000万円もの費用がかかるという。

「高松用水ができ、ため池の利用は減りました。管理が難しくなれば池を埋めるという選択肢もありますが、文化的資源や生物多様性の環境として、また防災面や観光面でもポテンシャルは高いです。貯水だけに目をやるのではなく、ため池の有効な活用法を探り、地域の魅力に変えていくべきではないでしょうか」

強固なコミュニティのヒント

作品からは、水を取り巻くコミュニティの変遷を垣間見ることもできる。かつては水源近くでしか成り立たなかった営みも、ダムができて遠くから水を運び込めるようになり、水源から離れたところでも人は暮らせるようになった。水を大量に使えることで工業化が進み、都市型の個人主義的なライフスタイルが一般的に。人と水が離れたことで、人同士の距離も遠くなっている。

岡内さんはここ数年、同じくコミュニティをテーマに、香川県のインドネシア人ムスリム移民の実態を追いかけてきた。香川県のインドネシア人は1343人。(2022年10月/香川労働局)増え続けているが、これは少子高齢化や人材不足が進む日本全国に共通する流れでもある。2023年1月には、彼らが香川県内にモスクを建立するまでの経過をルポルタージュとしてまとめた岡内さんの著書『香川にモスクができるまで 在日ムスリム奮闘記』(晶文社)が刊行された。

「生活は便利になりましたが、一方で、個人の孤立や孤独感が大きな社会問題になっています。水の問題にも移民の問題にも、そうした個々の絆をどう結び直すかのヒントがたくさん詰まっています」

目の前のため池や、すぐそばの隣人に。地域社会をミクロな視点で掘り下げれば、自ずとマクロな世界も見えてくる。彼の作品からはそんなメッセージが聞こえてくる。

Photo:宮脇慎太郎

『Water Commune city』

撮影/編集:井上真輔、宮脇慎太郎 
踊り:吉田亜希、SU、林杏樹、山崎モエ、あゆみん、木村アンリ、長谷川隆子、黒子樵、ウエポン、日浦魁、雨種、のの
演出:カタタチサト
音楽:OOWETS、南口恵理、熊本年孝、Ippen、Milly
VJ:ツジタナオト
装飾:密林東京
メディアアーティスト:岩澤秀樹(Tengun-label)
サポート:細川康秀
協力:一般社団法人トピカ、ひょうげ祭り実行委員会、高原水車友の会

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