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「出産・育児の悩みを相談できる」地域の子育てを支える異色のベビー用品専門店【オカウチアピー】

少子高齢化が進むなか、地域にとって子どもの存在は大きい。そんな子どものいる家庭とのつながりを大事にしながら、70年以上にわたり地域の子育て世帯を支えてきたのが「オカウチAPI(アピー)」だ。マタニティ&ベビー用品の専門店でありながら、その存在は少し変わっている。その変わったバックグラウンドや「ものを売るだけではない」という店舗の役割について、オカウチAPIの3代目・岡内誠三さんに話を聞いた。

ルーツは薬種商

香川県に2店舗を展開するオカウチAPIは、マタニティ、出産準備品、ベビー、子ども服の専門店。国内外メーカーのセレクトに加えて、オリジナル商品も展開する。訪れたのは、高松市にある高松店。250坪の広い空間には商品棚に加えて、子どものプレイスペースやワークショップが開催されるカフェスペースもあり、子連れでもゆったりと買い物が楽しめる。さらには隣接するログハウス調の小屋では、マタニティフォトや家族写真の撮影会といったイベントも不定期に開催。こうした地域の子育て世帯の集いの場になるような幅広い展開は、実はお店のルーツと関係しているのだと岡内さん。

「もともとは高松藩の武士だった先祖が、明治8年(1875年)頃に薬種商(やくしゅしょう)をスタートしたのが始まりです。『岡内千金丹(おかうちせんきんたん)』という家庭薬を、100名ほどの売り子たちがさぬきの千金丹薬売りとして全国を売り歩いたそうです」

ちなみに千金丹の薬売りは、宮沢賢治の小説や北原白秋の小曲集、また古典落語のなかにも、風物として登場する。

それから40年ほど経った1918年、岡内さんの祖父母は「岡内千金丹薬局」を開業。様々な薬を販売するなかで、当時多くの悩みが寄せられていたのは、赤ちゃんのオムツかぶれ。これに対し「薬だけでは根本的解決にならない」との気づきから、通気性のよい布オムツや肌着の販売を始める。それがきっかけとなり、1953年には「オカウチAPI」の前身となるベビーセンターが薬局内に誕生。その後1990年に薬局から独立し、今の形態になった。

「ベビーセンターができた当時は第二次ベビーブームで、子どもが多い時代でした。子育て家庭から様々に寄せられる悩みに応じて、小児科の先生や助産師さんをお呼びして育児相談会や講演会を毎週のように開いていたそうです。こうした繋がりがあって、今も相談を受ければ地域の助産師さんをご紹介することもありますし、店舗内には助産師さんによる出張マッサージを受けられるスペースも設けているんです」

親子の愛着心を育むお手伝いを

長い歴史から、ここには3世代にわたる常連さんも少なくない。同時に、時代に沿って様々な悩みが寄せられてきた。岡内さんの祖母である初代の岡内弘子さんは、ベビーセンター時代にはこんな思いを抱いていたという。

「たくさんのお母さんと話すうちに、育児でしんどい思いをしている方がどんどん増えているように感じたんです。子育てがもっと楽しくラクにならないものか……と祖母は日々考えを巡らせていました」

当時は核家族化や女性の社会進出が急速に進む一方で、出産・育児への行政サポートはまだまだ手薄で、おまけに育児にパパの手は借りられない時代。女性は出産や育児やキャリアの悩みを打ち明ける場所がなく、心身ともに追い詰められていた。

「そんななか、お母さんと赤ちゃんの愛着心を育む必要性を痛感しました。例えば、一番大事な生後3か月ぐらいまでは、できれば母乳をあげながら母親と赤ちゃんが一緒にいることでお互いのなかに愛情が芽生えるものです。でも、時間的にも精神的にもそうした余裕のないお母さんが多かったんです」

今では行政サポートも手厚くなり、日本でも男女問わず育休申請できる企業が増えるなど男性育児の風潮も強まっている。子育てを楽しめる母親が増える、願ってもない時代になりました。そんななか、岡内さんが心配なことは「情報の多さ」だ。

「出産・育児に関する情報があふれる一方で、選び取ることの難しさも増しています。なかでも、誤った情報を鵜呑みにして、製品を正しく使えていない方が結構目に留まります。例えば、ベビーカーや抱っこ紐などは赤ちゃんの命に関わるものですが、危険な使い方をしている人も多い。APIが、親御さんたちが正しい情報に触れ、より良い商品と出会えるハブ的な役割になればと思います」

子育て世帯と地域をつなぐパジャマ

オカウチAPIでは「赤ちゃんに大事なものは作る」という想いからで、長年オリジナルのパジャマを開発してきた。パジャマを身につける時間は1日の3分の1にも相当し、睡眠時間の多い赤ちゃんや子どもはそれ以上。これまでにも、オーガニック素材や抗菌消臭効果のある竹炭を練り込んだ糸で作った素材を使用した着心地にこだわったパジャマ等を開発。それらのノウハウを生かして2020年に作ったのが、香川県の織物・保多織(ぼたおり)を使ったパジャマだ。

「保多織は江戸時代から伝わる織物で、通気性や吸水性に優れていて、何より肌触りがとてもよい。洗濯するたびに柔らかさを増して、肌触りがどんどんよくなります。県内の家庭の押し入れには、この生地でできたシーツや枕カバーなどが、当たり前のように入っている、という存在なんですよ」

保多織の特徴は、織り方にある。縦糸と横糸を1本ずつ交差させる平織りに対し、保多織では3回平織りで打ち込んだ後、4本目を浮かせて織る。これで生じたすき間が空気を含むため、夏はさらりとした肌ざわりで、冬は肌に触れたときの冷たさを感じることが少ない、という万能の生地ができあがるのだ。

けれど今では、香川に残る保多織の織元は一軒のみ。オカウチAPIでは、その「岩部保多織本舗」に生地作りから依頼し、保多織のパジャマを作っている。赤ちゃんが初めて触れるもの、という意味を込めてブランド名は「初乃(はつの)」と命名。

「保多織は年配の方は香川県の伝統的工芸品として大抵知っておられますが、若い世代には知らない人も増えています。伝統的工芸品として認定されているため、敷居が高いこともあるのでしょう。良いものなので次の世代に伝えていきたいという思いもあって。デザインや打ち出しにもこだわっています」

量産品のように安くはないが、代わりにサイズ調整のできるボタンを取り付け、生後半年〜1歳半まで長く着られるようにした。数か月単位で服のサイズが変わる乳幼児期に、こうした商品はありがたい。ギフトにも相応しいパッケージで、祖父母が孫に贈るといったケースも増えている。

発売の翌年には、同じ生地のスタイをリリース。また、愛用してサイズアウトした家庭から「大きなサイズも作ってほしい」との声が多く寄せられたため、一つ上のサイズも展開した。赤ちゃんによいものを、という想いから、地域と作り手の輪が広がっている。

一人ひとりの悩みを解決できる場所に

SNSやECサイトを使えば、情報収集も買い物も空いた時間でササッとできる。忙しい子育て世帯にとっては便利な時代だ。その一方で、誤った情報を選んでしまったり、数ある情報に惑わされたり。また、うちの子どもに合っている? といった個々の適性なども、そこから見出すのは難しい。今岡内さんが目指すのは、こんなお店の姿だ。

「多数ある情報のなかから精査して正しいものをお伝えし、使ってみて本当に良かった商品やサービスだけをセレクトして提案する。弊社が子育て世帯のみなさんのための、一種のフィルターになれればと思います」

そこに垣間見えるのはやはり薬局というルーツ。「そのことは今も意識しています」と岡内さんは言う。

「先祖が薬を売り歩いていた時代から、お客様から相談を受け提案して販売するスタイルを続けてきました。今も店頭では、まずは来てくださった方の話をお聞きする・コミュニケーションをとることを、スタッフ全員大事にしています。これからも物を売る場所である以上に、お客さんの悩みを解決する場所、楽しい子育てを応援する場所でありたいと思います」

出産・育児は、人の数だけ形がある。その悩みを本当の意味で解決するには、個々の顔を見て、対話するほかない。長年地域の子育て事情を見守ってきたここには、その姿勢が自然と根付いている。

Photo:宮脇慎太郎

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