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「島根の椅子は空いている」得意なことで補い合うまちづくり【中国山地】

「過疎」の発祥の地・中国山地から「過疎は終わった!」と大胆に呼びかけ、2020年から100年間発行することを掲げた新しいかたちの年刊誌『みんなでつくる中国山地』。その編集メンバーの一人、デザイナーの安田陽子さんは、島根生まれ島根育ち。自身を「フリーランス的会社員」と呼び、デザイナーの枠を超えた働き方をしている。そんな安田さんからデザインの力が持つ可能性、島根在住の働き方や暮らしの楽しみを伺った。

温度を伝えるデザインで地方の魅力を発信

2018年に創刊された『《極》-KIWAMI-食べる通信 from 島根』は、地方の旬の食材とセットで情報誌が届くサービス。誌面で取り上げるのは、農家や漁師など生産者たちのこだわりや想いだ。三年間の制作を経て2020年に発行は終了したものの、コロナ禍で取材を断念した第11号「お茶」特集も新たに加え自費出版もしている。島根の食文化や地域の生産者を知るきっかけになる。

デザイナーの安田さんは複数の案件を同時進行で担当しているが、『食べる通信』を通して、島根の食文化や生産者を発信し、近年は『みんなでつくる中国山地(以下、中国山地)』(中国山地編集舎)の制作メンバーに。

「過疎という言葉が生まれたのが島根県。そこに次の100年を生きるための暮らしのヒントがあるんじゃないか、というところから始まったのが『中国山地』です。『過疎は終わった!』などのキャッチコピーで呼びかけ、仲間を募り、中国地方5県を中心に今起きていることを記録し「これから必要な暮らしの価値観」を問いています」

読者からの反響も届いているという『中国山地』。創刊号の2020年号から始まり、未来を見据えて100年間毎年発行を目指しているという。

「『中国山地』は(制作進行が)独特なので悩みながら作っています。(制作メンバーの)みんなはいわゆる編集のプロではないので、『中国山地』スタイルで作っています。私はみんなの議論のまとめ役のような、デザインで書記する感覚です」

『中国山地』は島根のみならず、東京や神奈川の書店などにも置かれている。地域の資源や人材を発信する仕事に携わりながら、安田さんはデザインの力をこう感じているそう。

「温度とか熱みたいなもの、言葉じゃない部分を表現するのがデザイン。速度が速くて直感的に伝える力があると思ってます。その分、温度的なところは注意しているつもりです。広くみんなに伝わればいいというものでもなくて、届けたい人によりよいカタチで届く温度感を目指しています」

そうしたこだわりは『中国山地』にも投影され、山陰広告賞2020のグランプリにも輝いた。デザインの力で、地域の暮らしやエネルギーを世の中に届けているのだ。

フリーランス的会社員という働き方

島根県松江市生まれの安田さんは、人生の時間の多くを島根で過ごしてきた。島根大教育学部を卒業後、広告代理店の内部デザイナーとして就職。それから転職し、デザイン集団「あしたの為のDesign(現・株式会社あしたの為のDesign)」へのメンバー加入をきっかけに、フリーランス的会社員という働き方を発見したそう。

「新卒のときに鳥取県米子市で働いていました。当時は実家から通っていましたが、今は実家を出て松江市を拠点にしています。ですが松江の事務所だけで働いているというではなくて、私の場合は雲南市や邑南町など市外で仕事をすることも多いですし、毎日出社する必要はないし、なんならお客さんの事務所で制作をしていることもある。フリーランスに見えるらしくて、でも表向きは会社員。フリーランス的会社員と名乗ってみることにしました」

近年、夫である金工作家の石川哲さんの工房兼事務所として工場跡の物件を購入。リノベーションしながら、徐々に自分の拠点をつくっている。出雲市平田町は、江戸時代から明治にかけて、木綿の商業で賑わったエリアだ。旧家の屋敷「平田本陣記念館」が保全されているなど、伝統文化も色濃く残る。

「出雲市は市町村合併したので、ここは旧平田市エリアになります。不動産屋さんが見つけてくれた物件で、晴れた日は外の川が見えて景色がとても良かったんです」

日光が差し込む居心地の良い空間で、安田さんはさまざまなデザインを生み出している。工房だったり、クライアントや仕事仲間の事務所だったり色んな場所で仕事をしているが、毎日出社する必要はない。あしたの為のDesignの事務所は4か所に点在。事務所が点在しているのには、こんな理由がある。

「あしたの為のDesignは元々、個人事業主5人の集まりで、『チームにしよう』というところから始まりました。現在は株式会社になっています」

世の中に会社はたくさんあるが、あしたの為のDesignは自由な社風を持ち、個人の仕事のスタイルを尊重した会社だという。

「初期はキャリアを積んできたデザイナーばかりだったから、特にそうでしたね。当初は出雲市在住のメンバーばかりだったので、『(松江市在住の安田さんは)出雲に来るの大変でしょ』って。今では出雲市以外でも大田市、米子市在住のメンバーもいて、みんなそれぞれの居住地近くで仕事をしています」

会社でありチームでもある、あしたの為のDesign。メンバーそれぞれの働き方に合った拠点・スタイルで仕事に取り組み、柔軟な働き方を可能にしている。こうしたフリーランス的な働き方にはメリットを感じているそう。

「自由に時間をやりくりできています。デザインの仕事や打ち合わせ以外に、『ちょっと田んぼを見に行こうよ』みたいな時間を作れますし、そういったことが結構つながっていくんです。遊んでいるのか仕事をしているのか、わからない感じですね(笑)」

フリーランス的な裁量の大きさを活用しつつ、会社員だからこそ得られるメリットも大きい。

「仕事で役割分担が必要なときに会社の人にお願いしたり、イラストを描ける人に声掛けしたりしやすいです。最近は新卒の子も入社しているので、ちゃんと仕事を教えられるように若い子たちが集まっている拠点もあります」

デザイナーの枠を超えて地域とつながる

肩書はデザイナーではあるものの、「なんでもやらないといけない」と語る安田さん。自身で撮影もすれば打ち合わせにも積極的に参加する。クライアントの要望を掴むために、現場に足を運ぶことも多いそう。

「話を聞いてみたらわかることって結構あるんですよね。でも私は喋るのが苦手なんです。喋れないからその場に行って聞いてきます。頭の中に考えがあってもデザイン以外では出せないんです」

クライアントや地域の人の生の声に耳を傾け、デザインの力を駆使しながらコミュニケーションを取っていく。自然とクライアントとの距離も縮まっていくのが、安田さんの仕事の特徴だ。

「受発注の関係というより混ざっている感じはします。『うちの人みたいなもんだから』とクライアントさんから言われたり(笑)。こちらからデザインをバーン!と出すことはあまりしないんです。まずデザインをつくる途中で、『なんか違う』というイメージのすり合わせをしたりして、(クライアントと)一緒にラフやデザインを作る感覚です。(リリースされた後に)困らないデザインにしたいですし、伝わりやすくしたいですね」

クライアントと一緒に作り上げた仕事にはやりがいも感じられるそう。

「できたものと自分たちのギャップがあまりないときとかはうれしいです。演劇の(ポスター)デザインを見て、『作品との乖離が少ないから』と別の劇場から依頼があったこともありました」

デザイン先行ではなく、伝えたいことや内側を表現することが安田さんの目指すところ。それは現場に足を運び、そこに携わる人と触れ合っているからこそ。肩書にとらわれない安田さんだが、島根ではそうしたプレイヤーがほかにもいるのだとか。

「島根には兼務しているプレイヤーが多いかもしれません。肩書で言い表せられないというか、カテゴライズが難しい。一緒に『中国山地』を作っている人なんかまさにそうで役場の任期付職員が表向きの肩書きだと思うのですが、元新聞記者だったりジャーナリストだったり、トロッコの運転手だったり、DIYの学校の運営だったり、古本屋の店主だったり。肩書がたくさんあって、なんと紹介したらいいかわからないです(笑)」

暮らしを楽しむ島根の丁度いいサイズ感

島根で生まれ育った安田さんは、地元のことを「島根はこのサイズ感だからこそ楽しい」と語る。

島根県は中国地方北部に位置し、東西に向けて細長く広がっていく県。古来の神々が集うという出雲大社や世界遺産の石見銀山のほか、国宝の松江城、ユネスコ世界ジオパークの「隠岐諸島」など見どころが多い。

「島根には楽しいことがいっぱいあって、地域が面白い。みんな自分たちの暮らしを楽しんでいますよね。地域のために何かしようということもあるけれど、自分の周りを楽しくするためにいろいろなことをしている気がします」

これまでに安田さんたちが『食べる通信』で発信してきたように、島根は自然の恵みが豊かで生産者のエネルギーも十分。地域の生産者たちがこれからもさまざまな取り組みをしていく計画があるのだそう。

「食べる通信終了後、共につくっていた編集長に声をかけてもらって、(大田市)三瓶エリアを中心に農に関するお手伝いをしています。生産物のパッケージやチラシなど、伝えるためのツールをデザインしています。そして、これからですが、農家さんから輪を広げ、農業と暮らしを軸とした『地域経営』の取り組みに、デザイン面でお手伝いとして関わらせてもらうことになってます。先日、たまたま農家さんと居合わせる機会があり『たりんを(足りないところを)助けてやってな』と言ってもらったことが印象的で、気持ちが高まりました」

島根は人口が少ない自治体ではあるが、そこに暮らす人々が得意なことを持ちより、お互いを補い合って大きなエネルギーを作っている。

安田さんは、デザインに関する地域のセミナー講師を依頼されたことも。

「最近関わっているのが地域の公民館で開催された、地域内への情報発信を担当している人向けのセミナーで、『地域へ届け!お便り勉強会ヲタラボ』というプロジェクトがあります。普通はセミナーというと先生と生徒という構図になりやすいけれど、このプロジェクトはちょっと違って。みんなが先生、みんなが生徒という関係を目指して設計されています。私の役割は、企画設計のアドバイスと当日にデザイン的な視点でのツッコミや質問をする役。こういうカタチでデザイナーとして役立つこともあるのだなと思いました。普段、情報発信に向き合い悩んでいる方同士のリアルないろいろな悩みやアイディアが行き交いとても盛り上がりました」

さらに近年は、島根の若者たちも暮らしを楽しむために動き出しているのを目にすることが多いのだとか。

「都会に行って戻ってきた人や地元の若者が、ポップアップストアやイベントなど立ち上げてみたり、実店舗なしの活動だったけど今年ついに店舗を構えるという友人もいます。島根は入ってみないとわからないところが多いけれど、入ってみると面白いんですよ」

地域の人はもちろん、旅行者も移住者も楽しむことができるのが島根の魅力。そんな島根の未来は、安田さんの目に明るく映っているようだ。中国山地 第3号にも『「空いている椅子」を自らの意思で選び取り、地域のニーズを汲み取りながら「椅子の位置」を決めていく。』と書かれているそう。

「島根には文化もあって場所もある。去年発刊の中国山地では、『椅子が空いている』みたいな言い方をしているのですが、島根は人口が少なくて誰でも座れる椅子がいっぱいあるし、なんなら動かして好きにやっていい。椅子取りゲームじゃないんです。共存していくのが島根です」

島根には、過疎発祥の地という言葉から連想されるような悲壮感は漂わない。暮らしを楽しみ、肩書にこだわらない人たちが精力的に生きている。島根を訪れる機会があったときは、島根にどんどん入り込み、その魅力をとことん味わってみるのが楽しそうだ。

あしたの為のDesign

中国山地百年会議

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