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“王族の住居”の意味を冠するマンゴーをつくる「元モデル起業家」【株式会社マグリット】

華やかなファッションモデル業界から地元にUターンしてマンゴー農家に——。

そんな力強く生きる女性が、宮崎県宮崎市にいる。株式会社MAGRI代表の八田京子さん。彼女は、今では従業員30人を抱える、注目の女性起業家だ。

農業という全く未知の業界で、その行動力と懸命の努力でモデル時代に培われた“魅せる”感性を武器に、マンゴー王国宮崎県の中でも最高品質のマンゴーを「シャトーマンゴー」としてブランディングした八田さん。現在では「シャトーマンゴー」の生産・販売に限らず、六次化商品の開発や宮崎の新たなムーブメントを起こす活動に奔走するなど、その活躍の場は多岐に渡る。

自ら人生を切り開いてきた八田さんが目指すのは「ビジネスと社会的意義の融合」。そんな彼女を突き動かす原動力やこれまでの軌跡を伺った。

人生の転機になったマンゴー農家への転身

「モデル業からマンゴー農家になって良かったことは、背が高いので作業がしやすいことですね」

と気さくな笑顔で話す八田さんがUターンして就農したのは今から6年前のこと。八田さんは当時27歳。それまでは東京で13年間、国内外のファッションショーへ出演するなど、モデル業の世界に身を置いていた。

「高校時代のメディアへの出演をきっかけにはじめたモデル業は、テレビの向こう側のきらびやか世界でとても刺激的でした。日に10件近く受けるオーディションでは『パッと見』だけで合否が決まるので、スタイルの維持にとにかく必死な日々。そんなモデル業を10年ほど続けていくうちに、自分がもっと充実感が持てるような仕事を地元に貢献しながらできないかという思いを抱くようになりました」

地元友人の紹介もあり、マンゴー農家の元で働き始めた八田さん。マンゴー農家としての栽培作業や業界の勉強などと並行しながら、商品のブランディングも手掛けた。

「取り扱っていたマンゴーは味、品質共に最高級のものでしたが、販売に結びついていませんでした。その魅力を伝えるため、『特別な日に、ワインと共にシャトーマンゴーを食卓に並べて贅沢な時間を過ごしてほしい』というコンセプトでブランディングを刷新しました。フランス語で『王族や貴族の住居』という意味のある “CHATEAU(シャトー)”の言葉を冠した『シャトーマンゴー』のネーミングや、ラッピング方法からチラシのデザインまですべて1人で考えて自作したんです」

「シャトーマンゴー」とギフトボックス(写真提供=株式会社MAGRI)

その後に押し寄せた大ピンチが、2020年の年初に日本でも流行を始めた新型コロナウイルスの猛威。当時の卸先だったデパートや飲食店が次々と休業となった。

「コロナ禍で家での時間が長くなるはずだと早々に頭を切り替え、食品専門の通販チャンネルでコマーシャルを打つことを思いつきました。この作戦が見事功を奏し、その年の出荷分の2万玉は完売したんです。その時の注文すべての電話応対やお礼などのカスタマーサポートを1人で対応しました」

ファッションショーモデルという業界で、魅せる世界で培った経験を生かしたデザイン力と発想力。そして、ピンチもチャンスに変えてしまう行動力はまさに八田さんの強みだ。

人にも地域にもやさしい商品をつくる

「就農し、マンゴーの販売に悪戦苦闘する中で、事業を継続するためには商業的な成功が不可欠であることを痛感しました。『ビジネスと社会的意義の融合』が私の中での経営者としての最大のテーマです。『夢を見ながらお金を稼ぐなんて、そんな甘い話はない』と言われそうですけど、私はそれに挑戦したい」

そう生き生きとした表情と眼差しで語る八田さんは、2021年に株式会社MAGRIを設立。今ではマンゴー以外の作物の生産や自社での商品開発、通販販売などの裏方になるカスターマーサービスの業務委託を請け負うなど、その事業範囲は広域にわたる。

「現在、農業生産物などの商品販売のサポート業務を担当するカスタマーサービスのコールセンター部門が急拡大中です。シャトーマンゴーの実績もあり、同じ農家として頼みやすい点も評価されたのではないでしょうか。農業体験もできる託児所やカルチャースクールなどの教育事業、有機農場を利用したカジュアルウェディングも当社で提供しています」

「ビジネスと社会的意義の融合」という八田さんにとっての至上命題を特に反映しているのが、MAGRIの手掛ける六次化商品といえる。

「自分たちも生産者です。六次化する商品は自ら生産したものを使い、デザインまで自社で一貫して、こだわりを持って製造しています。例えば、ドレッシング。摘果マンゴーを利用してドレッシングにすることで、捨てられるものがお金に変わるので生産者と消費者双方にとってうれしい商品です。土壌汚染を誘発する恐れがあるプラスチックを使わない、添加物不使用で紙由来の洗濯洗剤も手掛けています」

IMG_05 シート状洗濯洗剤「ECOLAN」(写真提供=株式会社MAGRI)

地域貢献も企業理念に掲げるMAGRIは生まれ故郷を盛り上げるべく、「宮崎ブループロジェクト」をスタート。第一弾として、自然由来の青の染料になる自社栽培のバタフライピーを使ったグミやガムの販売を開始している。

「Uターンしたからこそ感じるのですが、県外の人から見た宮崎のイメージは海や空などの“青”だと思うんですね。プロジェクトに賛同してくれた企業と共に商品開発を行い、同時にその売上金の一部を海岸の清掃活動などの“青を守る”環境保全の活動資金に充てています」

自前の農業生産技術と商品開発力を生かしたMAGRIの商品の一つ一つに、「ビジネスと社会的意義の融合」という八田さんの願いが込められている。

誰かの夢を支える人になりたい

10代の頃から足を踏み入れた、憧れだったファッションモデルの世界。その刺激的な毎日も思い返してみると「どこか芯を食っていなくて、生きている時間に奥行きを感じられなかった」という八田さん。しかし、一旦モデル業を挟めたおかげで自分自身を改めて深く顧みることができ、自分らしく輝ける居場所を見つけられたと振り返る。

「宮崎の県民性だと思うのですが、友人や従業員が、自分の親や保護のように、私自身やシャトーマンゴーのことを自分ごとのように考えてくれたんです。そんな温かい人たちのサポートがあるからこそ、モデル時代には感じられなかった『今私は、自分自身の個性を生かし、生かされる場所にいるんだ』と感じています」

八田さんが取材中何度も口にした「誰かの夢をつくりたい」という言葉。その想いの背景には子供時代のある体験が強く影響している。

「小学生4年生の頃、大好きだった祖父が朝亡くなっている姿を私が発見したんですね。その頃から『自分はどんな生き方をして、どんな死に方がしたいか』を真剣に考える子どもになりました。一生懸命に働き、家族を懸命に養ってくれた父でしたが、娘目線から見て、お金やいろんな現実のために夢が持てないように見えたんですね。だから、私自身が夢を見せられるような存在になって、私に関わる人たちが最後の日を迎えた時に『生きていて良かった』と言ってもらえるのが私のゴールなんです。もうそれが全てです」

今後も規模拡大が決まっているコールセンター部門は、新たに求人募集はせず、閑散期の現金収入源になるように農家だけをリクルートし、農業従事者のためのコールセンターにする計画だという。

「大変な農作業に対して対価に合わない厳しい労働環境に置かれ続ける農家も少なくありません。コールセンターで働く選択肢が増えることで農業を続けるための手助けになればと思っています。教育事業をはじめた背景も人が生きていくために欠かすことの出来ない『食と農』について、次世代を担う子どもたちにもっと伝えなければならないと考えたからです。元々ビジネス目的ではないので教育事業に関してはNPO法人化に向けて動き出しています」

田植え体験イベントの様子(写真提供=株式会社MAGRI)

「夢をつくる応援をしたい」という八田さんの変わらない強い想いによって広がりをみせるMAGRIの事業が、これからも誰かの夢を後押ししていく。

仲間と力を合わし夢の実現へ

八田さんの行動力や人を惹きつける引力が、助け合いの輪や新たな地域の魅力を生んでいる。そんな象徴的なエピソードを明かしてくれた。

「自社農園で余った大根で秋田名産の燻製漬物『いぶりがっこ』を作りたいと秋田に行ったんですね。その際に寒波により大根が不足しているので、『3万本ほど宮崎で手に入りませんか』という要望を受けました。宮崎に戻り、農業関係の横の繋がりから、毎年大量に作り過ぎたため余って捨てられている大根があることがわかり、あっという間に3万本を集めることができました。こうやって誰かがきっかけを作れば助け合えるんですよね」

福岡県宗像市で団地の再生プロジェクトから生まれた醸造所「ひのさとブリュワリー」と協同開発をしたクラフトビール「MANGO HERO SOUR ALE(マンゴー ヒーロー サワー  エール)」。本来なら捨てられる摘果マンゴーを地域に想いのあるプレイヤーと協働することで、社会課題に向き合いながら、かつ魅力あるストーリー性を持った商品も誕生している。

「加工をする中で廃棄せざるえないマンゴーを使った「チキン南ばんのタレ」も県内で最も歴史の古い醤油醸造会社「持永醸造」と協同開発しています。地域や商品にこだわりを持って、実際に行動を起こしている者同士なので、不思議にいつの間にか出会っていました。想いも一緒なので、共感しあえることも多いですね」

秋田への納品前の大根を洗う作業日。作業を手伝いにボランティアで応援に駆けつけた大根農家の方々の姿があった。「土砂降りの中の作業にもかかわらず、みんなとても楽しそうで。みんなでこの瞬間を味わえたのは私の仕事の役割で醍醐味」と振り返る八田さん。きっとそこには「ビジネスと社会的意義の融合」が実現した理想的な光景が広がっていたにちがいない。

最後に今後の目標を八田さんに問うと、取材中ずっと変わらない真っ直ぐな視線で答えてくれた。

「選んだ仕事に、夢を持って生きていけるような『最後の日に本当に生きていてよかった』と思える毎日を経営者として提供していきたいです。実は今、父はうちでバニラの研究を手掛けています。貴重な国産のバニラ香料になるバニラのさやを栽培するため、バニラの花を咲かせることが今の父の夢で、とても生き生きと毎日を過ごしています」

誰かが夢をつくるサポートをしながらお金を稼ぐ、この難題に真正面から立ち向かう八田さんの挑戦に今後も目が離せない。

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