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「山を自由に走り回り、豚がストレスフリー」日本一アニマルファーストな放牧養豚家【Pioneer Pork】

宮崎県のほぼ中央に位置し、清らかな小丸川が流れる木城町。その山奥でひとり「放牧養豚」に取り組むのが、28歳の養豚農家、有方草太郎(ありかたそうたろう)さんだ。彼が作る放牧和豚は、猪肉のように引き締まった赤身と、旨味とコクのあるさっぱりした脂身が特徴。味はもちろんのこと、アニマルウェルフェア(動物福祉)の観点においても全国各地に多くのファンを持つ。

有方さんは、留学先でアニマルウェルフェアを学び、大学卒業後すぐに「放牧養豚」で起業した。豚を第一に考えた、アニマルファーストの放牧養豚は、日本ではまだあまり普及していない。自身の取り組みを発信することで、放牧養豚を広めたいと話す有方さんは、これからの農畜産業をどのように見ているのだろうか。また今回聞いたお話は、私たちが消費者として食材を選ぶ際に必要な、新たな価値観を教えてくれるはずだ。

留学先で知った養豚の実情とアニマルウェルフェア

「のどかな草原で牛を追いかけたい」そんな野望を持ち、宮崎大学農学部畜産草地科学科へ進学。有方さんは生まれ育った大阪府を出て、宮崎県へと引っ越してきた。

「入学してからは牛の実習がしたかったのですが、当時車を持っておらず、牛がいる牧場まで通うことが難しくて。そんな時、大学近くの敷地で活動している学生団体『Be-Corns!(ベーコンズ)』に誘われました。豚を育て、加工し、販売する団体です。そこで初めて豚と触れ合い、豚への興味を持ち始めたんです。それから豚の生体を学び、豚自体のことが大好きになりました」

講義やBe-Corns!の活動を通し養豚について学ぶ中で、より先進的な知識を身に付けたいという意欲が高まり、有方さんはアメリカ留学を決意する。大学3年が終わったタイミングで、アメリカのネブラスカ州へ。1年2ヶ月ほどの留学生活は、現地の人や世界各国から集まった留学生と、とても大きな養豚場で働きながら、繁殖の勉強をする日々だった。

留学の終盤、カリフォルニア大学の講義で「アニマルウェルフェア」という考え方に出会う。家畜を快適な環境下で飼養し、家畜のストレスや苦痛を減らそうというものだ。牧場でのびのびと走り回る豚の姿は新鮮で、こんな育て方があるのだと知った衝撃は大きかった。豚の生体を生かした放牧養豚という育て方に魅力を感じた有方さんは、その実現に奔走することとなる。

上空から撮影したPioneer Porkの放牧場の様子。豚が自由に生活できるよう十分な広さを確保している。中央右側にある2棟の小屋は、有方さんの手作り。

上空から撮影したPioneer Porkの放牧場の様子。豚が自由に生活できるよう十分な広さを確保している。中央右側にある2棟の小屋は、有方さんの手作り。

「一頭一頭愛を込めて」健康に育つ放牧養豚

日本において豚の放牧はまだあまり普及していない。有方さんいわく、庭先で小規模に豚を放牧していたり、ペットとして放牧していたりする人はいるものの、商売として成り立たせている事業者は限られているのだという。豚をのびのび走らせるためには、頭数を厳選する必要があり、放牧養豚で大量生産することはなかなか難しい。

「豚へのストレスを極限まで排除した放牧養豚には、いくつかのメリットがあります。まず、放牧で育った豚はそうでない豚より運動量が多いため、免疫能力が向上し、病気になりにくい。その結果、不要な抗生物質の添加や注射の必要が減り、安心で美味しい豚肉を作ることができます。また、豚が自由に走り回っているため筋線がしっかりしており、旨味が凝縮した食べ応えのある豚肉になるんです」

単に放牧すれば良い、わけでもないそうで、日々の観察や丁寧な取り扱い、良質な飼料や水の給与も必要不可欠である。

有方さんは、広大な山を切り開いて作った放牧場で豚を育てているだけでなく、飼料も一から作っている。宮崎県串間市の農園から譲り受けたサツマイモを中心に、トウモロコシ、大豆粕、焼酎粕、ミネラル類を混ぜ合わせた自家配合飼料は、肉の脂質の甘みとコクを増しているのだ。

挑戦を受け入れてくれた町、木城町

留学を終え宮崎大学へ復学した有方さんは、アニマルウェルフェアにも配慮した放牧養豚をテーマに宮崎大学ビジネスプランコンテストに挑戦。学術だけでなく、現場での経験も反映された有方さんのプランは、グランプリ、審査員特別賞、協賛企業賞を受賞した。豚と人が上手く共存していける放牧養豚を切り口に、農業の新しいモデルを作り出した点が評価された。コンテストに出場したことで、ビジネスの視点で相談できる大学の先生や関係者と出会い、後押ししてくれる存在もあったことから、そのプランを基に起業を決めた。

起業に向けて動き出してからも、簡単な道のりではなかった。いくつか候補の場所があったものの、放牧養豚と伝えると、なかなか首を縦に振ってくれない。

「類例のない養豚法なんてうまくいきっこない、と思われていたのかもしれません。そんな中、僕の挑戦を応援してくれたのが木城町役場の担当の方で。自由にやってごらんという町の雰囲気をどこかに感じながら、提出書類の作成などにも随分力を貸していただきました。その方との出会いもあり、木城町でやろうと決めました。今では、うちで作った豚肉をふるさと納税の返礼品にしていただいていて、この町には何かと協力や応援をしていただいています。ありがたいですね」

2020年に、放牧養豚で認定新規就農者となり「Pioneer Pork」を創業。放牧養豚の魅力を広め、日本の農業に革命を起こす先駆者になりたいとの思いからこの名前を付けた。

生産体制を整え、より多くの人に食べていただけるように

放牧養豚という育て方に共感し購入する人はたしかに存在する。そればかりでなく「美味しいから」とリピーターになる方が多いのもPioneer Porkの魅力だ。放牧和豚の美味しさをより広く伝えていくために、有方さんは新たな挑戦をしようとしている。

「放牧養豚を軸に、他の農家さんや地域とより連携を取り、事業の幅を広げていきたいですね。また、レストランなどの飲食店にも、もっとうちの豚肉を提供していきたいと思っています。放牧養豚だと育てられる頭数が限られているので、どうしても大量生産が難しい。そのためこれまでは、発注の部位が偏ってしまうレストランなどへの納品ができずにいました。しかし、豚の一頭買いや半頭買いの提案も含めて展開していけば、それらの問題も解決し、より多くの方々に食べていただけるようになります。うちの豚肉を取り扱いたいと言ってくださるお店に対応できるような生産体制を整えていきたいです」

年々廃業してしまう養豚農家が増え、農畜産業全体で見ても苦しい時期が続いている。有方さんは、自身が放牧養豚に取り組むことで、この考え方を広め、周りの同業者へ「こんなやり方はどうか」と提示していくことができると考えている。

「放牧養豚だけでなく、それに合わせて行う輪作(放牧養豚をした土地に野菜を植え、定期的に循環させること)や、地域と一体になって行うビジネスモデルも含めて見てもらえたら、畜産の可能性が広がり、産業として好転させられるかもしれないと思うんです。だからこそ、絶対に成功させないといけませんね」

私たちは生きていくために、日々たくさんの命を頂いている。自分が口にするものがどのように作られたのかに興味を持つことは、そう難しいことではない。アニマルウェルフェアに配慮し、生産者が愛を込めて作ったPioneer Porkの放牧和豚を一度食べてみて欲しい。当たり前に思っていた食材への見方が変わったり、大切にしたいものを見つめ直したりするきっかけになるはずだ。

(撮影=伊藤駿平)

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