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マネしたくなる「まちの映画館」づくり。“映画の灯”をつないだ、商店街の映画のお店【映画と本とパンの店 シネコヤ】

神奈川県を代表する観光地・江の島からほど近い住宅地、鵠沼海岸。小田急線・鵠沼海岸駅を降りるとすぐ鵠沼海岸商店街の一角に、元写真館の建物を利用した小さな小さな映画館が佇む。映画館、と呼ぶと語弊があるかもしれない。館主も、『映画と本とパンの店 シネコヤ』と自らの店を呼称している。1階はパン販売所と本の並ぶ喫茶スペースで、2階が全22席のシアタースペース。SNSで店の存在を知って遠方から訪れる若い客も多いが、女性を中心とした地域住民が客層の大半だ。

藤沢のまちに映画の灯をともし続けようと活動を続ける館主の竹中翔子さんに、まちの映画館の役割について話を伺った。

「映画と本とパンの店」シネコヤの楽しみ方

鵠沼海岸はかつて日本初の計画的別荘地が開発され、クロマツに囲まれた大きな邸宅が立ち並んでいた地域。昭和初期には小田急線が開通し、住宅地としても発展した。また明治期に開設された鵠沼海水浴場が人々の人気を集め、現在も多くの海水浴客が訪れる一帯となっている。

観光地としての顔も持つとはいえ、この地域にはのんびりとした空気が漂う。鵠沼海岸商店街には、新しいカフェや雑貨店、パン屋などとともに、昔ながらの青果店、精肉店や表具店などが今も営業を続けている。竹中さんはここで2017年から『シネコヤ』を営んでいる。

写真館だった時代の面影をそのまま残すショウウィンドウ。店に入ると、まず入り口に置かれた無人販売の野菜と、棚に陳列されたパンの数々が目に入る。壁一面の書棚に並ぶ本はおよそ3000冊。映画関連の書籍が多いが、文芸書や趣味の本などセレクトは多岐にわたる。アンティーク調のテーブルや椅子が配置され、ここで軽食を楽しむこともできる。

映画を観る場合は、チケットスペースで映画鑑賞料金を支払い、希望であれば飲み物や軽食などを注文。シアタースペースのある2階に上がり、ビロード張りの二人がけソファや肘掛けの付いたアンティーク椅子など様々な座席が並ぶ中から好みの場所を選ぶ。座ってしばらく待つと、注文した飲み物などがサーブされる。訪れる人はここでパンやドリンクとともに映画を楽しむことができる。

映画は毎日3〜4作品を上映。約2週間ごとに入れ替えられるため、いつ訪れても新たな作品に触れられる。

学生だろうか、若い女性客たちがシアタースペースの設えやドリンクの写真を撮って、SNSにアップしていた。「特別な場所に来た」という印象があるからだろう。ビロード張りの壁や重厚な真紅のカーテン、レトロな照明器具などが、日常から少し離れた空間にいるという特別感を与えてくれる。

藤沢の“映画の灯”をつなぐための、コミュニティビジネスとしての試み

竹中さんが映画と深く関わりはじめたきっかけは高校生の時だという。

「自分には絵の才能も音楽の才能もなかったのですが、“自分で何かを表現したい欲”、みたいなものがあったんです。その方法を探していました」

まずは友達と写真同好会を始めた。写真で「世界を切り取る」楽しさを覚えた竹中さんは、静止画よりも映像のほうが幅を広げられるのではと考え、もともと物語を創作することが好きだったこともあり、やがて映像制作に興味を抱くようになる。

「子どもの頃から映画をたくさん観て育った、ということはまったくないんですが、自分が何かを表現する手段として、映画は最適だと思ったんです」

そこで、卒業後は大学で映画製作を専攻することに決めた。同時に、映画のことをもっと知ろうと、地元である藤沢駅周辺の映画館でアルバイトを始める。大学では一般的な映画史やシナリオ制作、そして照明や音響など映画製作にまつわる様々なことを学んだという。

まちに映画館をつくる、ということを意識しはじめたのは、大学卒業後にNPO支援センターで働いていた頃。きっかけは、藤沢で営業をしていた映画館『藤沢オデヲン座』4館の閉館のニュースだった。湘南地域で最も古く、1935年から営業していた映画館が2007年3月末で閉館。竹中さんがよく利用していた映画館だった。2010年には、竹中さんのアルバイト先でもあった、市内に唯一残っていた映画館『フジサワ中央』も閉館した。

「ものすごくショックだったんです。まちに映画館がなくなるのが寂しいなあ、と」

ファンによるオデヲン座復活のための機運も、映画館の建物の取り壊しもあり、いつの間にか立ち消えになった。喪失感を抱える中、竹中さんは、NPO支援組織でコミュニティ活動に関わる仕事をしていたこともあって、まちに映画館を残したいという思いとコミュニティビジネスが合わされば良いものが生まれるかもしれない、と考えた。

このまちに、映画が観られる場所をつくりたい。では自分ができる範囲のことからやってみようとまず始めたのは、NPO法人のスペースを借りてのパブリックドメイン作品の無料上映会。

映画館ではない、ミニシアターでもない、「映画+α」のある施設として、「シネコヤ」という名称を、店舗オープンよりかなり前であるこの頃から考えていたという。

「いつか自分で映画館をつくりたいな、と思っていました。ただ、40万人以上の藤沢市ほどの人口規模でも独立系映画館が潰れてしまうのであれば、大きいホールの映画館をつくったところでやっていけないのだろうな、と。ですから、喫茶店をやるみたいな規模感で、まちに映画文化を残していけないかなと考えたんです」

無料上映会の会場として利用していた建物が火事で全焼したことがきっかけで、それまでのサークル活動的なものから事業性のあるものに発展させていこうと、具体的に「シネコヤ」常設のビジョンを考えた始めた竹中さん。好みの設えである、ショウウィンドウのあるレトロな賃貸物件を探し始める。利用者数を考え、最初はターミナル駅である藤沢駅周辺で探していたが、理想の物件はなかなか出てこない。

物件探しと並行して、鵠沼海岸の住宅地にあったレンタルスペースで、月2回の映画上映イベントを開始した。そんな折、商店街に古くからあった写真館が閉店し、テナントを募集しているのを見かける。内見すると、まさに理想としていた建物だった。

開業資金を募るため、クラウドファンディングの力も借りた。勤め先だったNPO支援組織を通じて培ったネットワークを活かし、地域特化型クラウドファンディングサイト「FAAVO」で寄付を呼びかけると、目標額の200万円を超える支援金が集まった。

もとからのショーウィンドウやレトロな床や天井のクロスを残しながら内装や看板を設え、2017年4月、満を持して『シネコヤ』をオープンさせた。

映画館に「+α」があれば、まちの文化になる

オープンにあたり、まずこだわったのは、映画館の敷居を低くすること。映画を観られる場所としてだけではなく、本を楽しめる場所、そして喫茶店のようにも利用できる場所としての仕組みを考えた。

書棚の本は自由に手にとって読むことができる。飲食メニューは多彩で、同じ商店街内の『カフェ 香房』から豆を仕入れているコーヒーをはじめ、ワイン、クリームソーダ、スコーン、スープとパンのセットなども注文可能。主力商品はもちろん、店頭で販売しているパンだ。

「本当はナポリタンとかのレトロな喫茶メニューも出したいんですが、カトラリーの音が映画空間と相性が悪いんです。その点、パンはとても相性がいい。惣菜的なものも甘いものもありますし。今は、同じ神奈川県内・山北町の『デスチャー』さんのパンを毎朝運んできてもらっています」

竹中さんが大切にしているのが、この「映画+α」の要素だ。「+α」がつくりだす空間が、まちの文化そのものになっていく、と考えている。

「シネコヤではイベントも開催しています。映画製作にまつわるワークショップや講演会、近隣の飲食店とコラボしての映画に関連した料理イベントなど、いろいろですね。夜のシアタースペースを利用したライブは、月に1〜2回やっています」

藤沢駅から映画館が消えたあと、市内のショッピングモールにシネコンができたため、『シネコヤ』は市内唯一の映画施設ではない。ただ、シネコンには出せない地域性や特別感を「+α」としてお客さんに味わってもらいたいと竹中さんは考えている。

店には、1回のみ利用の際の「ビジター」、年間会員となる「メンバーズ」「ファンクラブ」と3つの料金体系があり、映画鑑賞料金がそれぞれ異なる。「メンバーズ」や「ファンクラブ」会員となって、日常的に店を利用する地域住民も多い。定期刊行物『月刊シネコヤ』を発行するなどのファンづくりにも努めている。

それぞれのまちの“シネコヤ”が生まれてほしい

日常的に映画に触れられる場所が徒歩圏内や自転車圏内にあること。それが生活の豊かさに繋がっている。だからそういう場所を残したい。竹中さんは、映画館でもミニシアターでもない「シネコヤ」という言葉が一般名詞化されるように、気軽に映画を楽しめる場所が各地にできてほしいと言う。

「各地域にシネコヤができるのが夢ですね。“映画+α”がある小さな小屋が、それぞれのまちの特徴と相まって、次々できていったら面白いな、と。今はもうシネコンでミニシアター系の映画がかかったりするので、上映作品の垣根はないなと感じるんですが、設えはどこのシネコンもだいたい同じで、“そのまちに遊びに行った感”みたいなものはない。個人店がお客さんに与えられるのは、いろんなまちで違うものに出会える面白さだと思うので、地域性のようなものが出せるシネコヤができていってほしいですね。誰かやってくれないかな(笑)」

訪れた人から言われていちばん嬉しい褒め言葉は、「近くにあったら通うのに」や「近所にこんな店がほしい」だという。

「これって、ほかのまちで新たなシネコヤが生まれていく可能性があるってことじゃないですか。これを言っていただけると、本当に嬉しいですね」

シネコヤ

Photo:一井りょう

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