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「かっこよくて・感動があって・稼げる」新3K産業改革。養豚家の〝こせがれ〟の挑戦【湘南みやじ豚】

神奈川県内や都内の飲食店のメニューで、しばしば目にする「湘南みやじ豚」の文字。「みやじ豚」は、その肉質のやわらかさと格別の味わいで、湘南を代表するブランド豚となっている。

「きつい・汚い・稼げない」という3Kの代表だった一次産業を、「かっこよくて・感動があって・稼げる」3K産業に変えていきたい。その強い思いを持って、神奈川県藤沢市で父親から養豚業を受け継いだ株式会社みやじ豚の宮治勇輔さん。バーベキュー・イベントを定期開催するなど、次々と新たな展開を行う彼に、家業の事業継承と改革について話を伺った。

「かっこよくて・感動があって・稼げる」産業を目指して

みんなに、自分たちの育てたおいしい豚を食べてもらいたい。その原体験は、大学時代のバーベキュー開催にあるという。父親が育てた豚の肉を、所属していた野球サークルの仲間にバーベキューで振る舞ったところ、大好評を博した。

「後輩たちが、『こんなに旨い肉は食べたことがない!』とやたら感動していたんです。それを見て初めて、うちの豚って旨かったんだということに気が付きました」

ただ、「この豚はどこで買えるの?」という質問に、宮治さんは答えられなかった。

「今まで考えたことすらなかったんです。どこでうちの豚が買えるのか、って。バーベキューが終わってから親父に聞いたんですが、親父もわからない、と。つまり、スーパーなどに並んでいるパック詰めの肉は、地域の養豚家数十軒が一緒になって同じ銘柄を育てているから、自分が育てたものなのか、ほかの農家のものなのか判別できない状態なんです」

写真提供:みやじ豚

父・昌義さんが養豚業を始めたのが1966年。宮治さんはもともと家業を継ごうという考えはなく、大学卒業後は大手の人材派遣会社に就職した。ただ、30歳までには起業したいというという漠然とした想いを抱き、毎朝早く起きて、起業準備の“朝活”を実践していた。いろいろな書物を読む中で、次第に興味の対象が、家業である農業へと移っていった。

日本の農業の課題について勉強した結果、問題点は大きく2つあることに宮治さんはたどり着く。まず、現在の流通の仕組みでは、相場と規格で値段が決定されるので、どれだけおいしいものを作っても味は評価の対象にならないこと。もう一つは、生産者の名前が消されて流通するため、たとえいいものを作ったとしても消費者の感想が届かないということ。

どうすれば実家の養豚業がよくなるのだろう、と宮治さんは考えるようになった。

「『一次産業を、かっこよくて感動があって稼げる3K産業』に、という言葉がひらめいた時に、会社を辞めて実家で親父の後を継ごうと決心したんです」

農業の世界にも「越境」の考えを取り入れる

通常は、豚を育てて出荷するまでが養豚業。だが、生産からお客さんの口に届けるまでを農家が一貫してプロデュースするのが、これからの農業ではないか。営業の世界では「越境」という言葉があるが、この考えを農業にも取り入れてみようと考えた。

ものづくりの現場がもっとも大事だが、流通のことも考えてマーケティングや営業、商品開発も行い、すべてひっくるめて一次産業として捉えるのだとしたら、家業がとても魅力的だと思えた。

それを実践したいと父・昌義さんに訴えたが、納得させるのには時間がかかったという。熱心に自分の思いを伝えていくうちに、「そこまで言うならやってみろ」という許しを得て、宮治さんは実家の養豚業を法人化し、2006年『株式会社みやじ豚』を設立。以降、前年から家業を手伝っていた弟の大輔さんとともに、「みやじ豚」のブランド化のために動き出す。生産は昌義さんと大輔さんに任せ、宮治さんはプロデューサーという立場でマーケティングや販売を担当することにした。

写真提供:みやじ豚

原体験であるバーベキューを利用したマーケティング戦略

「家業に戻る前から、必ずやろうと思っていたのはバーベキューです。自分が家業を継いだ理由の原体験であるバーベキューだけは、やろうと決めていたんです」

流通の経路を変え、「みやじ豚」というブランド豚として飲食店と直接取引できるようにするルートを作ると同時に、商品の魅力をみんなに知ってもらうためにバーベキュー・イベントを開始した。

「僕はこれをバーベキュー・マーケティングと呼んでるんですけど(笑)。『みやじ豚』を知らない人に、単にうちの豚を買ってください、と言っても、皆さん買ってくれないんです。だから、手ぶらで楽しめて雨天でも参加できるバーベキューのイベントを開催して、そこで『みやじ豚』のおいしさを体感してもらえれば、名前を知ってもらえるし、通販での売上に繋がったり、うちの豚を卸している飲食店で注文してもらえたりするようになります」

写真提供:みやじ豚

このバーベキューの開催で変わったのは、父・昌義さんも同じだという。

「自分で育てている豚の味に自信はあったものの、それまではお客さんからのフィードバックがなかった。品質の良さが証明される機会がないまま養豚業を続けていたけれど、こうしてみんなに食べてもらう機会を作ったら、やる気に繋がったみたいで。餌を変えたり成分分析を繰り返したりして、さらにおいしい豚を育てるための努力をしたんです。そのおかげで、うちの豚は、味は世界最高峰と自信を持って言えます」

実際においしさは数字にも現れている。おいしさの指標とも言えるグルタミン酸が100gあたり26mgと、国産の銘柄豚の平均13.9mgの2倍近く含まれているのだという。そして2008年、弟の大輔さんが「みやじ豚」の生産で農林水産大臣賞を受賞。国からのお墨付きをもらうブランド豚となった。

こうしたバーベキュー・マーケティングの成果もあって、飲食店からの注文も増え、現在120〜130軒ほどがみやじ豚を取り扱うようになった。現在も月に数回の頻度で行われている「みやじ豚バーベキュー」は、口コミでその人気が高まり、現在は常に予約でいっぱいの状態だという。

事業継承問題に「農家のこせがれネットワーク」を始動

一次産業を変えたいという志を抱く宮治さんは、みずからの会社だけ良くなってもあまり意味がない、一次産業全体をよくするためにはなにかできるだろう、と考え始める。

農林水産省は新規就農者を増やそうという働きかけをしているが、農業をゼロから起業するのは本当に大変なこと。ならば、新規就農者を増やすよりも、宮治さんと同じように実家が農家で、都心で働いてビジネスの経験を積んだ人が、ビジネススキルやノウハウやネットワークを持ち帰って、親の経営資源と融合させ、新しい経営の土台をつくるというほうが合理的なのでは、と考えた。

そこで、起業の3年後である2009年に設立したのが「農家のこせがれネットワーク」というNPO組織だ。

実家が農家のビジネスマンを集めて懇親会を開いたり、面白い農家の講演会を開催したり、都心でマルシェを運営したりといった活動を4年ほど続けた。その活動で宮治さんは2010年に「地域づくり総務大臣表彰個人表彰」を受賞、メディアの注目を浴び、それははからずも「みやじ豚」のブランディングへの追い風にもなったという。

「養豚業とNPO法人の運営、二刀流でやったからこそ、早くにブランド化を成功できたのでは、と思います」

人生の選択肢としての「農家」の魅力と可能性を「農家のこせがれネットワーク」で示すことに一定の役割を果たせたと納得した宮治さんが、またゼロベースで農業のこれからについて考えた時、最⼤の課題は「事業継承」だということに思い⾄る。

そこで2017年、農業の枠を取り払い、事業継承と家業をテーマにした後継者のためのコミュニティ「家業イノベーション・ラボ」を立ち上げた。家業の伝統を守りつつも、その後継者は時代に合わせたイノベーションの実現を目指そう、という趣旨で、オンラインイベントや勉強会などを開催している。

家業イノベーション・ラボのFacebookコミュニティの参加者は現在500名以上。後継者ならではの悩みなどを共有したり、アドバイスをもらったり、気軽に相談できる仲間を作っていけるコミュニティになればと、宮治さんも活動を続けている。

湘南のブランド豚生産農家として、世界最高峰のものを作り続けたい

「みやじ豚」のブランディングに成功した宮治さんだが、大規模な生産拡大はせず、現在も月100頭程度の流通にとどめている。都市近郊なので空き農地が少ないという理由もあるが、商品の品質を保つため、目の届く範囲でおいしい豚を育てていきたいという思いがあるためだという。

「養豚は規模を大きくするほど儲かるものですが、『湘南みやじ豚』と銘打っている以上、ここ湘南で、小規模でも世界最高峰のおいしいものを作ってみんなに提供していきたい。これがうちの生き方だと考えて、もう18年続けていますね(笑)」

宮治さんは、みやじ豚30周年になる年くらいには社⻑を譲りたい、そのためにこれからは会社の事業を少し拡げ、みやじ豚の加工や食事ができる複合施設を造って、そこで自分の後継者を育てていきたい、と夢を語ってくれた。

みやじ豚 

Photo:一井りょう

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