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”お客さんとのセッション”でつくる家具職人が考えた「木軸ペン」

日本一の家具産地である福岡県の南西部に位置する大川市を知っているだろうか? もともとこのエリアは船大工の技術を生かした「指物」(板を差し合わせて作られた家具や器具)づくりに深い歴史がある。年数にすると480年以上という歳月である。腕利きの職人が“つくりのいい家具”を生み出した積み重ねによって「大川家具」がひとつのブランドとして有名になった。県内の人からはもちろん、県外の人からの信頼が厚く、多くのファンがいる。注目したいのは、家具や雑貨づくりにとどまらず、「木軸ペン」の魅力を伝えるための活動を並行して行うユニークな工房「ムウ・ファクトリー」だ。二人三脚で誠実なものづくりに邁進する取り組みについて話を聞いた。

家具をつくる文化が醸成された、福岡県大川市

大川市が家具の産地として日本一になった第一の理由は、材料が揃っていること。そして、その次は家具づくりを取り巻く環境に恵まれていることが挙げられる。材木屋、製材屋、塗装屋、塗料屋、そして運送会社などを生業にしている人口が多く、町ぐるみで家具をつくって届ける基盤ができているという。

写真提供=大川市役所

「大川家具」のブランドはたくさんあるが、「ムウ・ファクトリー」は、お客さんの要望に寄り添ったオーダー家具づくりに定評がある。代表の峯義彦さんと牛島隆巧さんのふたりがつくる家具を求める人は、既製品の家具では満足できない人たちが多いそう。

既製品の家具にはない、緻密な仕上がりを

「たとえば、引き出しの大きさを調整するオーダーがあったり、あとは家のサイズに合わせてつくってほしい、と言われたりすることも。極端な例だとお客さん自身がデザイン画を描いてくることもあります。その場合は、僕らがそのリクエストを数値化して図面化する。お客さんとのやり取りを重ねてどんどんカタチにしていきます」と牛島さん。

主に図面を起こす作業を得意とする牛島隆巧さん。家具職人として20年のキャリアを持つ。

オーダー家具を完成させるためには、これまでのノウハウだけでは対応できないこともある。牛島さんは続ける。

「お客さんが喜んでくれる顔をイメージしながら必死にやっています(笑)。意外と家具メーカーは規格の裁量があるんです。この材から何枚取れるとか、コストを考えると形の基準が似てしまう。そういう固定観念をいったん、全部壊して臨むことは自分にとってプラスになることも多いです。“デザインのひきだし”やものづくりのヒントとなるものをいただいたりして有難いことだなと思います」

自分で家を建てた人は多少コストがかかったとしても、希望通りの家具を作りたい、と願う熱量が高い人が多いそうだ。

「その一方で、最近は物価高で高級品が売れなくなるという背景もあります。それで、自分で家具をDIYする人や組み立て式のリーズナブルな家具を好む人が増えていたりする。そうしたシーンがあるなかで、僕らのような小さな工房がいい木材を使って、丁寧に作る家具のよさをわかっていただける方に丁寧に届けたいと思っています。そのために必要なのがアイデア力だと思っています」と牛島さん。

リビングになじむハトウォミング仏壇

代表の峯義彦さんは、自身の生活からプロダクトを編み出すことが得意だ。

「『仏壇は仏間に置く』というのが日本のしきたりですよね。でも、自分だったら、リビングに置いてもらいたいなと思うんです。そうしてもらえたら家族と一緒にテレビを見ることができるかもしれないし(笑)。実際、私はもう、自分の分を作っています。嫁にリビングに置いてくれ、と伝えていますね(笑)」

写真提供=大川市役所

峯さんのユニークな発想から生み出されたのは、仏壇に対する固定観念を振り払ってくれる木製の仏壇。黒の漆塗りが施され、内部には金箔が張ってある重厚感のあるものとは異なり、リビングの空間になじませるデザインが施されている。

「仏壇は故人を大切に弔うためのものだから、残されたものが故人を想い続けることが大切。だから、仏間ではなく、リビングに一緒にいるのがいいと思って。木材は明るい色を選びます。たとえば、フィンランドの白木のカバ材、色が濃いものなら、ウォールナット材を使って。宗派を問わずお使いいただけるように作っています。つくりとして面白いのは扉がシャッターのように開くところ。シーンに合わせて開閉できるのでリビングに置いていてもなじみやすいんです」

写真提供=大川市役所

加えて「ムウ・ファクトリー」の看板になりつつあるのは「木軸ペン」だ。峯さんが長い時間をかけて考案したものだそう。このプロダクトも自らの実感によって生み出されたものだ。

代表の峯義彦さん。家具職人歴は43年。牛島さんとは前職からの仲。

使っていて心地よい「木軸ペン」の提案

「25年前くらいにケガをしてしまい、字が少し書きづらくなってしまったんです。その時に、いろんな文房具屋さんに出向き、自分に合うペンを探しました。ところが、ちょうどいいものが無いんですよね。握る部分が引っ込んでいたら、もっと持ちやすいのに」

我慢しながらあるものを使い続け、その都度、よいものを探す日々を過ごした。

「実際に木の枠を大きくするなど、色々とトライ&エラーを繰り返しました。あるとき、外国でペンを作っている人の動画を見て、自分の手に合わせた『木軸ペン』をつくるヒントをもらいました」

細い軸、太い軸など、人の好みは千差万別だ。「ムウ・ファクトリー」では、自分に合ったオリジナルのペンを作ることを提案している。

「既製品はデザインされたプロダクトならではの握りやすさがあります。けれども、細かく見てみると、本当に自分の手に合うかどうかは言い切れないところがありますよね。オリジナルの木軸ペンつくりは、本当に自分が求めている木の質感、手触りや見た目の印象を探る面白さがある。ちゃんとそこに向き合うことの豊かさを感じられる時間を届けたい」

そうして始まったのは、「ペン作りの体験」イベントだ。

余った木材でペン作りの体験イベントを

「やり始めたのは今年の8月から。自分はずっと工場で作業しているのでなかなか人に接する機会がないんです。それもあって、大川市民の人たちと何かやりたいと思って。打ち合わせを重ねて、余った木材でペンを作るアイデアが生まれました。まずは、大川で一番使われているウォールナット材を使って。回を重ねるうちにだんだん、高価な木を使うようになりました」

写真提供=大川市役所

過去に市役所に協力してもらって体験イベントを開催したこともあった。

「大川の最大のイベントで『木工祭』というイベントがあります。ふるさと納税をインテリア産業の補助金に使わせてもらったりしました。実際、お客さんが刃物を触ったり、機械に向かったりするのはどう言う感覚なのだろう? と未知数な部分はありましたが、実際にやっている様子を見守っていると一般の方でもちゃんと作業ができるのがわかって」

イベント会場に『こんちは』と言って入ってきたときと、会場を出ていくときの顔が違うのだと牛島さんは教えてくれた。

ペンづくりが、子どもたちの成長に繋がる

「集中して作る楽しさが顔に乗っかっているんですよね。見ていると、どんどん、お客さんの背中の印象がエネルギーに満ちた様子に変わっていくんです。2023年11月に催された『ふるさとチョイス大感謝祭9』では、大人だけではなく、小学生や中学生のお子さんが体験してくれました。お父さんが『頑張れ、頑張れ』と横からエールを送っていると子どもたちは一生懸命頑張る。だから、結構いいものができるんです。それで、帰りにわざわざ私たちのことを呼び止めて挨拶してくれるんです。『ありがとう』と言って、僕らに飴をくれたりして。やっていて、そういうことが一番嬉しいですね」

「ムウ・ファクトリー」のふたりにとって、家具も雑貨も、「木軸ペン」も我が子のように大切なものたちだ。誰かの喜ぶ顔が見たくて、ひとりひとりの想いに寄り添って頭をひねり、手を動かす。愛情いっぱいに作られたものたちと過ごすひとときは、心の温度を上げてくれるに違いない。

ムウ・ファクトリー/MUKU屋

Photo:阿部 健

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