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北前船がつないだ“昆布締め”文化を富山の代名詞に【CRAFTAN】

“昆布締め”料理専門の飲食店は、日本でも唯一ここだけ。歴史的な町並みを残す富山県高岡市にオープンした「CRAFTAN(クラフタン)」は、富山の食文化を発信するためにつくられた。昆布をテーマにした個性的なロゴや内装のお店を訪問し、昆布の美味しさや食から発信する富山の文化について、オーナーの竹中志光さんにお話を伺った。

富山に深く根付く昆布文化

まずは、富山における昆布の歴史について書いておきたい。

富山は昆布をよく食べる地域だ。その消費量は全国でもトップクラスを誇る。

しかし、昆布の国内生産量は9割以上が北海道、残りは青森や岩手などの東北地方が占める。昆布が採れない富山で、これほどまでに昆布が食べられるようになったのはなぜか。

その理由は、海運が発達していた時代にある。

鎌倉時代前半には、すでに北海道の産物を北陸地方に運ぶ航路が形成されていた。江戸時代には、人や荷物を積み、各港で売り買いしながらまわる廻船=北前船が活躍した頃になると、流通がより盛んになっていく。「天下の台所=大坂」へ向かう途中の寄港地であった富山(越中)にも、北海道のにしんや鮭、昆布などが多く運ばれるようになった。

流通の発展とともに定着した富山の昆布食文化。さらに明治期には、北海道(蝦夷地)の昆布産地へ移住する富山県民が増えた歴史も重なり、ますます昆布とのかかわりが強くなっていったと考えられている。

富山には昆布締めに限らず、昆布を”なると”のように巻き込んだ「昆布かまぼこ」や、とろろ昆布をまとわせたおにぎりなどもある。地元民にとっては、海苔のおにぎりを凌駕するほどポピュラーだそうだ。

幼少の頃から日常的に食べられていて、富山県民にとっては身近な存在である昆布。きっと、地元民の昆布に対する審美眼は折り紙付きのはずである。

高岡のために発案!昆布締めを使った観光ツアー

創業90年を超える銅器製造企業の家系で育った竹中さん。高岡伝統産業の一端を担う家柄に生まれた意識が、生まれ育った地域に貢献したいと願う気持ちに結びついたのだろう。

10年ほど前から内装工事の施工会社代表を務めるとともに、高岡商工会議所の青年部に所属していた竹中さんは、地域復興のため高岡を盛り上げる観光ルートをつくることに。

「高岡を食で盛り上げる観光とは?」ーー仲間と頭をひねっているうちに浮かんだのが「昆布締め」だった。昆布締めをテーマにした観光ツアーの考案は、地元の食文化にあらためて向き合う機会にもなったという。

強い気持ちの源泉は「祖父からもらった名前」と「仲間の後押し」

子どもの頃から家庭の食卓に上がるほど、富山県民にとって昆布締めはポピュラーな食べ物だ。残った刺身は翌日には昆布締めになる。昆布締めした”たらの身”にたらこをまぶし、煎り酒でいただく「たらの子つけ」も想い出の味。地元に数多くの昆布専門店が見られるのも納得だ。

日本海で獲れる豊富な魚の食べ方のひとつとして、また保存食としても、昆布締めはなじみやすい食文化だったのだろう。

そんな昆布締めをメインに据えた観光ツアーは、お客さんにとってはたった1日の体験。魚屋に立ち寄って魚をさばき、昆布締めにして持って帰ってもらう組み立てだ。米どころ、酒どころでもある富山で、できれば作った昆布締めを、おいしい日本酒とともに食べて帰ってもらえないか……。

竹中さん「ツアーの最後、自分で作った昆布締めを食べられるお店があったら、観光客の人たちにも喜んでもらえるんじゃないか、そう思ったんです。居酒屋にそれを持ち込むわけにもいかないので、じゃあ、自分でお店を作ろうと考えました」

そうはいっても飲食経験がない竹中さん。いきなり昆布締め専門店を開店するのは、なかなか思い切った決断ではないか。

そう思う私に、竹中さんはズバリこう言った。

竹中さん「やるかやらないか。その一言に尽きます」

なぜこうも地域に貢献したい気持ち、自分を信じる気持ちを強く持ち続けることができたのか。

その秘密は、竹中さんが生まれた時に、祖父からもらった名前にある。

「自分は次男の次男なので、会社を継ぐわけではありません。しかし、おじいちゃんが還暦の年に生まれた孫だったことで、同じ『しこう』という名をもらいました」
企業の社長として、地元では知られた存在だった祖父。竹中さんの人生において、プレッシャーに感じることも少なくなかった。

しかし、99歳で他界した祖父の葬儀が、竹中さんにとっての転機となる。

竹中さん「口々に祖父との想い出、祖父の功績を語る人々の言葉にハッとしました。同じ名前を持つものとして、地元に多大なる貢献をしてきた祖父の意志を継いで、街を盛り上げたいと思ったのです」

商工会議所青年部のメンバーに後押しされたことも大きかった。メンバーのひとりから、高岡市の中心部にある空き店舗の話を聞いてから、本格的に店づくりをスタートさせる。祖父から受け継いだ名前、そして仲間からの熱い思いが、竹中さんの原動力だ。

日常食がハレの料理になる。昆布締め専門店「クラフタン」を開業

クラフタンがあるのは、「山町ヴァレー」と呼ばれる場所。重要伝統的建造物群保存地区にも選ばれた、商家が並ぶ山町筋にある。

山町ヴァレーは、昭和4年に建てられた文房具の卸問屋の社屋。リノベーションされ、2017年に商業施設としてオープンした。話を持ってきてくれた商工会議所青年部のメンバーのおかげで、高岡の一等地ともいえる場所で開店することができた。

昆布のうねりを表現したカウンターや、同じく昆布のような棚板を持つシェルフなど、あちこちに昆布モチーフが散りばめられた店内。富山ではよく食べられる昆布だが、まだまだ県外にはそのおいしさが知られていない。昆布に慣れ親しんでいない人でも、明るく柔らかなイメージで入りやすい店舗づくりを心がけた。

クラフタンを開店させてからも、昆布締めの研究に余念がない竹中さん。昆布締めに強い可能性を感じるからこそ、昆布文化の魅力が広く伝わるような商品開発に奔走する。

地魚の昆布締めが一般的なところ、なんとクラフタンで昆布締めにするのは”なめこ”や”えのき”などのきのこ類、そして牛肉や豚肉、野菜や豆腐など多岐にわたる。

また、昆布締めにした肉や野菜、豆腐などをせいろ蒸しにすることで、昆布の香りがより一層引き立つのだ。温かい料理は冬の時期にも喜ばれる。

「いろんなものを昆布締めにしてみると、自分が思っている以上に奥深い世界がありました。『冷たいものを締める』固定概念がありましたが、温かい料理でも水分がほどよく抜けて濃くなるうえに、昆布の旨味が加わった進化系料理になるんです」と竹中さんは説明する。

日常の食事のひとつであった“ケ”の料理が、クラフタンでは昆布の形を模したお皿に盛られた“ハレ”の料理に。食材と昆布が相乗効果を生み出し、風味や香りが重なり合う料理は、旨味の余韻が長い。地酒やクラフトビールなど、地元のお酒と合わせて楽しめる。

富山の伝統的な食文化「昆布締め」をより身近に

他県にはない富山発祥の食文化「昆布締め」を通じて富山の魅力を伝えていく活動には、決して終わりがないと感じている竹中さん。今後、地魚を使った冷凍昆布締め料理の通販や、昆布締めとお酒を楽しめるバーを併設した宿泊施設をオープンさせる予定などもある。

最後に、家庭でやる昆布締めのコツを、竹中さんに教えてもらった。

薄くて平たく、しわが少ない昆布が昆布締めに向いている。食材を昆布に挟み、1晩ほど置けば昆布締めの完成だ。こんにゃくなどの味がしみ込みにくいものは、2~3日置くのがおすすめ。魚、肉、野菜、豆腐など、どんな食材でも試してみてほしい。

添加物などを使わずとも簡単に旨味や栄養が摂れる昆布締めは、むしろ家庭でこそ挑戦してみたい。

竹中さんは、県外からの移住者向けに、昆布締めのワークショップなども開催している。富山の伝統食である昆布締めを広めるため、オープンに作り方を伝えているのにも好感が持てる。

クラフタンの昆布締め料理を堪能したあと、家庭で真似をしてみるのも乙なものではないだろうか。

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