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「富山の“土徳”を体感できる」まるで美術館のようなアートホテル【楽土庵】

富山県砺波(となみ)市の水田に、宿とイタリアンレストランを併設した「楽土庵」がある。1日3組限定のアートホテルで、築約120年の古民家をリノベーションした伝統建築物だ。水田の広大さは、日本最大規模である砺波平野の散居村ならでは。一般社団法人富山県西部観光社「水と匠」の林口砂里さんに、楽土庵でのくつろぎ方や富山の歴史、受け継がれてきた伝統を案内していただいた。

砺波平野の散居村に立つ古民家ホテル

散居村の夕景

「田植えの季節に水が入ると田んぼが水鏡のようになります。まるで南米ボリビアにあるウユニ湖のようなんですよ。夕日が沈むときも素晴らしく美しいです」と林口さんが語るように、楽土庵は自然に溶け込んだ宿だ。

三方を水田に囲まれた楽土庵があるのは、およそ220㎢にも渡る散居村の扇状地。このエリアは水田の中に家々が点在する、「散居村」と呼ばれる農村形態を作っている。

「水と匠が活動する富山県西部には、氷見市、高岡市、射水市、小矢部市、砺波市、南砺市の6つの市があります。さらに水と匠が念頭に置いているのは散居村です。この散居村は富山県西部のひとつの文化圏だと考えています」

その散居村に立つ楽土庵は、富山の伝統的な建築様式をした古民家だった。切妻造りの大きな屋根や白壁がなんともシンボリックだ。

「楽土庵は『アズマダチ』という富山の伝統的な建物です。建物自体は築200年くらいですが、この場所に移築されてから約120年になります。釘などを一切使わずに組み立てられているんですよ」

宿にリノベーションする際に「広間」と呼ばれる空間の天井を取り払い、広々とした部屋がさらに開放的な空間に。元来、富山の住宅は来客を招くスペースが広く取られているのだそう。

「富山は浄土真宗が根付いているので、お坊さんを呼んで講和や法要をする伝統があります。その時に村中の人が入れるように、家の中の公共スペースが大きく取られているんです」

地域に脈々と受け継がれてきた、おもてなしの心。楽土庵では来館時に抹茶のサービスを楽しめるが、ここにも地域の特色が光る。

「お客様が来られたら、お点前をしてお抹茶を差し上げます。富山の茶道は裏千家のほかに藪内流が多いのですが、それは浄土真宗との深い関わりがあるからなんです。楽土庵のスタッフにも薮野家流の教師がおります」

茶道を嗜む人が多いのも富山の特徴だ。茶道人口が最も多いのは石川県だが、富山県は第2位。加賀藩の藩主前田家が茶道を推奨してきた歴史もある。それに伴って茶道具を作る産業、鉄器や漆器、高岡銅器、和菓子なども発展してきた。

楽土庵に滞在していると、一瞬一瞬に富山の自然や伝統を色濃く感じられる。そんな楽土庵では、「リジェネラティブ(再生)・ツーリズム」という旅のスタイルを提案している。

「旅をすることで癒やされる、健やかになるところをお手伝いしたいということと、旅をしていただくことが地域の再生に繋がるようにしていきたいんです。そのためにお宿代の2%を、散居村保全活動に寄付しています。散居村の暮らしを体験できるプログラムをご用意したり、散居村で採れたお米や野菜などを併設するレストランで使用したりもしています」

楽土庵のレストランでは、散居村で収穫した酒米や小麦粉を使ったリゾットや手打ちパスタを味わえる。館内のショップでは地元の伝統工芸品なども販売されているので、富山の名品をお土産にすることも可能だ。

まるで美術館や博物館のようなアートホテル

楽土庵は水田と調和した外からの眺めも美しいが、館内を飾るアートも見応えたっぷりだ。客室は「紙 ahi」、「絹 ken」、「土 do」の3部屋を用意。随所に伝統工芸や現代アートの趣向が凝らされている。

「『絹 ken』の部屋は、壁と天井一面が全て絹織物。富山の城端町で絹織物をやっていらっしゃる松井機業さんの『しけ絹』という絹織物を使いました。絹織物では通常、1頭の蚕が繭玉を作ります。ところが2%から3%の割合で、2頭で1個の繭玉を作ることがあるんです。その繭玉を紡いでいくと糸が不均一になるため、普通は捨てられてしまいます。ですが命を粗末にできないという考えもあって、松井機業さんではその繭玉を捨てずに使っているんです」

しけ絹には、自然の風合いが感じられる独特な模様が浮かぶ。部屋を柔らかな光で照らし、ほっと落ち着くひとときを恵んでくれるのが魅力だ。

「『土 do』の部屋は、左官職人さんに土壁を塗っていただきました。床の間は、土を使う作家の林友子さんが作ったコミッションワークを飾っています。この部屋の工事をしているときに林さんが来られて、敷地内の土を掘って集めて作られたんですよ」

手漉きの和紙をふんだんに使用しているのは『紙 shi』の部屋。あたたかみのある部屋で、心ゆくまでゆったりとくつろげそう。

「ラウンジではディフューザーでアロマオイルを焚いていますが、富山のクロモジと立山杉とヒノキのブレンドで、楽土庵オリジナルの香りです。富山は薬を作るメーカーが多く、宿のアメニティも全てメイド・イン・富山。合成保存料や着色料、界面活性剤が入っておらず、時間と手間暇をかけて作っています。そのおかげで、石けんはグリセリンや油脂分などの成分が失われず、すごく肌触りのいいものになりました」

宿を訪れると、スタッフが建物や館内を彩るアートについてていねいに説明してくれるのもうれしい。富山出身の日本画家である石崎光瑤氏を始めとして、国内外の作品を楽しめる。

陶芸品も数多く、人間国宝の濱田庄司氏やその弟子の島岡達三氏の名品、新進気鋭の安藤由香氏の可愛らしい器など見飽きることがない。

失われてゆく地域の魅力を守るために

楽土庵をプロデュースしているのは、一般社団法人富山県西部観光社「水と匠」(以下、水と匠)。国が認定する観光地域づくり法人(地域連携DMO)で、富山県西部を拠点に観光を軸とした地域作りを目指している。

「水と匠は2019年5月に立ち上げられました。DMOは行政主導が多いのですが、うちは完全に民間主導。北陸コカ・コーラボトリング株式会社代表取締役会長の稲垣晴彦さんが、経済人も地域作りにもっと力を入れないといけないと旗を振ってくれまして、地域の企業や団体が80社ほど会員になってできたDMOなんです」

水と匠では、観光地域作りのためのツアー開催、富山の名品のセレクトと販売、オンラインストア運営などに取り組んでいる。そうした取り組みのひとつとして、地域の伝統建築や空き家をリノベーションし、宿泊施設や飲食スペースを開発する事業が企画され、楽土庵が誕生した。

「ツアーで富山に来てくださった方が楽土庵に来て、ここでお買い物をして、おうちに戻られてからも『あの品が良かったからオンラインストアで買おうかしら』、『富山にまた行ってみたい』となるような循環を作りたいですね」

富山の魅力発信に力を入れている林口さんだが、元々観光業に携わっていたわけではなかったそう。

「私はアートや音楽のプロデュースをずっとやっている人間で、出身が高岡市。大学から東京に出てしまったのですが、10年ほど前から東京と高岡の2拠点生活を始めて、アートや音楽の仕事をしながら地域の仕事もするようになりました。ある時、稲垣さんのDMOの勉強会に誘っていただき、地域作りの仕事に本格的に携わるようになりました」

生まれ故郷の地域作りに携わるにつれて、林口さんは地域の魅力と課題という2つの側面を発見していった。

「若い頃には気が付かなかった地域のよさや価値に気が付いたのですが、それがどんどん失われている課題も見えてきました。大事だなと思うものも、放っておくとなくなってしまう。誰かがちゃんと意思を持って守っていかないと、なくなっていくんです。私に何かができるというわけでもないと思うのですが、できることを少しでもやろうという想いで地域作りを始めました」

地域の自然と共生する「土徳」の継承

水と匠が地域作りに力を入れる富山県西部には、「土徳(どとく)」という考え方が受け継がれてきた。これは民藝運動の創始者である柳宗悦が作った言葉とされる。

土徳とは、「厳しいけれど豊かな自然があって、人々が畏敬と感謝を持ちながらその上に営みを重ねていき、自然と共生しながら作ってきた土地から醸し出る品格のようなもの」と林口さんが語ってくれた。

自然の恵みが豊かな一方で、厳しさとも共生してきたのが富山県西部地域の歩み。散居村のあるエリアは扇状地だが、水はけのよい扇状地は本来、稲作には不向きと考えられている。地域の人々は工夫を重ねて暮らしを営んできた。

「開拓した田んぼの水の管理をしやすいように、田んぼの真ん中に家を建てるんです。すると家と家が離れて点在していきますので、冬の偏西風に強く吹かれます。そこで南西側に木を植えて防風林にする。そうすると家の周りには屋敷林ができてきて、玄関が東を向く。それがアズマダチという伝統建築になりました」

「昔は、枝木などを薪にして日々の暮らしの煮炊きに使ったり、燃やした後の灰を田んぼの肥料にしたりしていました。大きく育った木は家具にしたり家の増築に使ったり。いわゆるサステナブルな暮らしで、エコシステムになっていたんです。まさに人と自然との共生の賜物で、土徳の象徴だと捉えています」

砺波平野に植えられた屋敷林や張り巡らされた用水路は、夏場の暑さを和らげ、天然のクーラーのような心地よさを作ってくれるのだとか。水源と植物のおかげで、多様な生物も生息している。

「ここから見える山々の多くは霊山でとても美しいですし、自然からいろいろな恵みを得られます。水が本当に豊富ですので、農産物やお酒、漁場にも恵まれていて、自然に育まれる土地です」

土徳の考えのもと、人々が自然に溶け込んできた歴史が散居村の眺めからうかがえる。

「水と匠のミッションとして、富山の土徳を伝えることを当初から掲げていて、どの事業も全て土徳に結びついています。それは目に見えないものだったりするので、伝えるのは難しくもあるのですが、土徳を体感していただけるような空間や料理を通じてお伝えしたいです。この地域の方々だけでなく、富山の土徳に共感してくださる宿泊者など世界中の方々が一緒になって地域保全に取り組めるコミュニティを作りたいですね」

富山の大自然と土徳に象徴される人々の営み。楽土庵で過ごしていると、そうした歴史やエネルギーをひしひしと感じられる。美しい景観や多彩なアートを楽しみつつ、楽土庵でゆっくりと羽休めをしてみるのがおすすめだ。

楽土庵

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