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伝統工芸“菅笠”をアートへ 新たな価値を与えるための挑戦

かつて日本中で常用された必需品として、また、農作業の際の雨除け、日差し除けとして使われてきた菅笠(すげがさ)。各地で作られてきた菅笠だが、現在はそのほとんどが富山県高岡市の福岡地区製である。

「越中福岡の菅笠」は、経済産業省が認める伝統工芸品にも指定された。菅の生産から笠になるまでを一貫してこの地域で作っている。

菅笠づくりに携わる人が年々高齢化していく中、30代で菅笠の世界に入り、菅笠をアート作品にするため尽力するのは、高岡民芸の中山煌雲(なかやま こううん)さんだ。地域の伝統工芸を継承する意味や、菅笠の未来について語ってもらった。

38歳で菅笠職人に弟子入り、妻に背中を押され

富山県高岡市で生まれ育った中山煌雲さん。妻・安藤有希子さんとともに、津軽三味線芸人として全国の舞台に立つ。メディアで活躍する演奏家として、高岡ではちょっとした有名人だ。ローカルテレビ番組やCMに出演したりラジオ番組を持っていたりと、忙しい。

そんなある日、中山さんは高岡の菅笠職人の後継者不足を懸念するニュースを目にした。それをきっかけに、菅笠づくりに興味が芽生えたのだという。

菅笠ってどんなもんなんだろう。

軽い気持ちで有希子さんに話をしたのが、2015年のことだった。

それから少し経ち、有希子さんから渡されたのは高岡市の広報誌。そこに掲載されていた菅笠職人の育成講座に申し込んだ中山さんは、一から菅笠づくりを習い始めた。

ところがその育成講座は、中山さんが満足するものではなかった。

内容は初心者向け。カルチャー教室のようで、とても後継者を育成するような雰囲気ではなかったのだ。しかし、それが中山さんの気持ちに火を付けた。

後継者育成講座では抜群のセンスを発揮。それを見た菅笠関係者から「本格的に菅笠づくりをやってみないか」と声をかけられる。師匠に弟子入りする形で修行に入ることになった。

付加価値を高めるための、一貫した笠づくり

菅笠づくりは、笠の土台となる笠骨を組むところからはじまる。

長い竹からひごを作り、美しい円の縁を描くよう竹のしなりを利用して曲げ、丁寧に組んでいく。

使われる竹は真竹や篠竹。全体のベースを作り上げる。

菅は田植えを行い、収穫、乾燥させて使う。

これを笠骨に竹ひごでくくり付け、糸で縫いあげていく。

計3年の修行を経た中山さんは、そこであることに気づいてしまう。

菅笠職人の仕事は、どう計算しても時給200円ほどにしかならない…。

現実は甘くない…。

菅笠は、問屋からの注文を受け、職人が作るのが一般的だ。

販売は問屋が、製造は職人が。そんな昔ながらの分業制が成り立っており、もともとは中山さんもそこへ納まるつもりだった。

しかし従来の流れに乗ると、まったく利益が出せないのだ。修行を終え技術は身についたものの、ここにきて伝統工芸の継承がいかに難しいものか、現実を知ってしまった。

菅笠を伝統工芸で終わらせない!芸術作品への転換

修行を終えた中山さんは、まず会社を立ち上げた。そして、日用品としての菅笠ではなく、“アート作品としての菅笠”の制作を目指した。

中山さん「経産省が認定する“伝統工芸品”の認定基準に、”日用品として使われるもの”といった規定があります。つまり菅笠は、日々使われるもの。しかしその立ち位置は帽子に取って代わられ、菅笠を日常使いする人はほとんどいなくなってしまった。自分の菅笠をどんなターゲットに、どういう用途で販売していくかを考えた時、菅笠の伝統的な製法の美しさを強調するような、アート作品としての菅笠を目指すことにしたんです」

こうして、夫婦で菅の栽培から販売までを手掛ける、「高岡民芸の菅笠ブランド」を確立した。

菅は、夏の暑い盛りに刈り取りをする。刈った後は天日干し作業が待っているため、天候との戦いだ。雨にかかってしまうと菅の色が悪くなる。

干した菅は、忙しい中山さんの代わりに有希子さんが管理する。天候によってはすべてを取り込み、また日差しが戻ると広げて干す。完全に干すことでカビなどの傷みが発生しない、1年中使える菅が完成する。

一般的に菅笠は、笠骨づくりや菅の巻き付けは男性が行い、糸で菅を縫い付ける笠縫いは女性が行うことが多い。

しかし中山さんは、菅笠制作のすべてを自ら手がけ、丁寧に美しく仕上げることに注力する。菅笠作家・中山煌雲がすべての工程に携わることで、作品としての価値が高まると考えているからだ。

菅笠は、触ると天然素材特有のしなやかさと温かみ、なんとも言えない優しい感触が伝わってくる。

水にも強く、軽い。笠は直接頭に乗せるものではなく、五徳や丸輪と呼ばれる部分があるため風通しも良く蒸れない。

ここ数年の活動で、日本全国のアーティストや企業とコラボレーション作品を発表してきた中山さん。

岡山県のハンドメイドレザーブランド「nanala designe(ナナラデザイン)」とコラボした菅笠は、丸輪部分にナチュラルレザーを使い、ファッション性を高めた作品。調和の取れた色と形、植物性と動物性の出会いの面白さなど、興味深い要素を多々含んでいる。

菅笠の域を超えた、美しい照明器具も手掛けた。

作品名は煌雲本菅笠「ペンダントライト」。あいの風とやま鉄道・福岡駅内施設に展示されている。

照明器具と同じく音響設備を組み込んだ菅笠スピーカーのように、インテリアとして使える菅商品を考案している。

中山さんはジャンルも問わない。

ドールの世界にも進出し、小さな菅笠も製作する。

小さいものは竹を曲げるのもひと苦労。通常の菅笠のスケールをそのまま縮小したまさに芸術的な作品。

伝統工芸×ドローン「フライトベース富山」 誰もやらなかったコラボレーションで菅笠を世界発信

菅笠作家の中山さんが次にチャレンジするのは、誰も思いつかなかった「伝統工芸×ドローン」の組み合わせ。

奇抜なコラボでどんな化学反応が起こるのか、想像すらできない。発想の原点はなんだったのだろうか。

中山さん「菅笠職人への入口も、もともとは僕の興味から始まりました。今回もまた同じように、ドローンに興味を持ったところからのスタート。マイクロドローンレースをやっている大阪の知人から、ドローンを1機譲ってもらったことがプロジェクト始動のきっかけです」

マイクロドローンレースとは、手のひらに乗るほどの小さなドローンをリモコンで操作し、フープやゲートを潜らせてその速さや技を競い合うもの。

伝統工芸は、地味な世界。黙々と作業をする職人仕事のイメージが強い。一方で、ドローンはここ数年で一気に広まり、子どもから大人までが楽しめる。

当初の考えは、美しい菅の田んぼや高岡の町の風景をドローンで撮影し、多くの人に見てもらうつもりだった。

しかしそこは柔軟な発想力を持つ中山さんだ。

さらに一歩進んだ計画を思いついた。思いついたらその後の行動は早かった。

中山さんは工房から10分程度の場所に、なんと一軒家を購入。伝統工芸とドローンを掛け合わせた「フライトベース富山」を開設する。

気軽でインパクトのあるドローンで人を惹きつけつつ、自然に伝統工芸に触れてもらえる施設だ。構想から数か月、あっという間にクラウドファンディングも成功させてしまった。

家一軒まるごとドローンレース場なのは、日本国内でここだけだ。

純和風の畳敷きの部屋でドローンを操作すること自体、奇想天外な組み合わせだ。菅を束ねて作ったゲート「菅ート(スゲート)」や、高岡で鋳物と並んで盛んな伝統産業・漆塗りのフープなど、点在する伝統工芸のあいだを縫うようにドローンが飛び交うとは、想像しただけでもワクワクする光景である。

次々と新しい風を送り込みながら、堅苦しさのない入口を作って伝統工芸の世界へと誘う独自の楽しませ方。これは、伝統工芸を客観的に見られる、中山さんの立ち位置だからこそできることかもしれない。

まだまだ施設としては整備が必要だが、今後フライトベース富山を使ったドローンレース会や合宿なども開催したいと意気込む。ドローンをきっかけに、日本国内はもとより世界にも発信していけると考えている。

菅笠の制作工程を見たり、材料に触れたりできる工房も置かれていることから、今まで伝統工芸を知らなかった人たちが影響し合い、相乗効果が生まれる事も期待できる。

いつか、高岡の学校にドローン部を作ること。そしてフライトベース富山で、ドローンレース全国大会を開くこと。伝統工芸を伝えていく職人である中山さんの夢に、新たな楽しみが加わった。

職人の地位向上を図っていくために、イノベーションを起こす

中山さんが菅笠制作と出会ってから7年。伝統工芸に対し、しみじみ感じることがあるという。

中山さん「伝統工芸に関われば関わるほど、”広がらなさ”を感じます。ならばどうして、伝統工芸をやるのか。その答えは“日本のアイデンティティだから”です。伝統工芸がなくなってしまえば世の中は均質化してしまって、何の面白みもなくなってしまう。便利さや価値観よりも守らなくてはいけないもの、残さなくてはいけないものってあると思うんですよ」

伝統工芸をあらためて世の中に認知してもらうためには、イノベーションが必要だ。

伝統工芸の中でも汎用性が低い菅笠を、突拍子もないようなコラボレーションや思いつきで前進させる。

中山さん「菅笠を有名にするよりも、中山煌雲が作ったもの、中山煌雲の発信するものすべてが有名にならないと生き残れない。だからこそ、日用品ではなく芸術品にする必要がある。大量生産には向いていないけれど、今後もひとつひとつ、価値あるものを丁寧に作っていきたい」

中山さんの口癖は、「職人がランボルギーニに乗れるようにならないとだめだ」。

卓越した技だけではなくプラスαとなる個性やキャラクター、企画力やイマジネーションあってこそ、伝統工芸は輝く。

中山さんは、これからも伝統工芸界を一層面白くしてくれる職人のひとりといっても過言ではないだろう。

世界のアート作品と肩を並べて菅笠が飾られる日を、楽しみに待ちたい。

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