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伝統産業の町でデザイナーが構築した職人とのコミュニケーション【ROLE】

昨今、デザインの力を通して地域の魅力を伝えていく「地域デザイン」が盛んに行われている。地域とは、土地の特性や歴史・文化、またそこに住む人やコミュニティで形成されるものだ。その地域を解体したり組み立てたりしながら、わかりやすいイメージを作り、キャッチコピーや企画などで地域に興味を持ってもらうよう導くのがデザイナーの仕事。

今回は、古くから商業都市として発展した富山県高岡市から、多岐にわたるデザインを発信するデザインスタジオROLEを訪ね、人を惹きつける地域の魅力の伝え方について話を伺った。

伝統工芸を中心とした芸術アートが盛んな町・富山県高岡市

富山県高岡市は、銅器・漆器等の伝統産業と、アルミ・化学・パルプなどの近代産業が行われる商工業都市で、ものづくりが盛んな地域として知られている。

とくに「高岡銅器」は400年の歴史がある産業で、国内でもトップクラスの生産量を誇る。製造方法は“鋳造”で、加熱した金属を型に流し込み、冷やし固めた後に取り出す方法だ。

高岡市では銅に限らず様々な金属の鋳造が行われ、銅合金である青銅や真鍮、また、鉄や錫といった様々な金属鋳物の工場が市内に点在している。

様々なアプローチにより、地域の魅力のひとつとしての伝統工芸・産業を打ち出している高岡市。

自治体や町の人たちが産業を守りアーティストの活動を支えていく雰囲気があり、職人との連携も取られている。小学校のカリキュラムでも、必ずと言っていいほど伝統工芸を学んだり見たりする時間が組まれているのが一般的だ。日常的に工芸品に触れる機会が多いことで、幼少期からの“伝統工芸英才教育”が浸透している町である

現代は、アーティストや職人が、積極的に自らの作品やブランドの価値を発信していく時代。しかし誰にとっても、自分を売り込むことはそう容易いことではない。そんな中、新たな視点で伝統工芸を堅苦しくなく、好奇心をくすぐるような見せ方にディレクションすることで下支えし、技術はもちろん職人の個性や人柄にまで光を当てる、細やかなブランディングをしてきたのがROLEの代表・アートディレクターの羽田 純さんだ。

ROLEが職人たちと関わり、作り上げてきたこととは

羽田さんは、大阪出身である。そんな羽田さんは美大進学と同時に高岡の町と出会い、卒業後すぐに完成した産官学連携のギャラリーに立ち上げから関わることになった。キュレーターとして企画を考える過程で、日常の中で薄れゆく伝統や文化に目をつけた羽田さん。高岡の地場産業に注目するようになったという。

ギャラリーに関わるうちに、様々な相談を持ち込まれるようにもなっていった。そんな中、富山の食文化「かまぼこ」を使った展示会を企画した。それが「かまぼこ大学」だ。

富山ではかまぼこが多く食べられる。このかまぼこを展示会にすること自体が、珍しい試みだとも言えるだろう。かまぼこの魅力を伝えるために新商品を開発、また、新たな食べ方を提案し、ビジュアルで楽しく見せる展示手法を取った。

普段、とくに意識しないで口にしている「かまぼこ」。羽田さんはかまぼこ屋さんをまわってかまぼことはどういうものなのかを理解し直し、業界の人たちと一緒にアイデアを出し合い、変化球を加えながら楽しくかまぼこが理解できる展覧会を作り上げた。

“かまぼこでうどんを作る”、“しゃぶしゃぶで食べられるかまぼこ”などの新商品を開発。体験を通して興味を持たせ、あらためて富山のかまぼこ文化をやさしく紐解き、日常の中で当たり前になっているかまぼこを意識させるための仕掛けを散りばめた。

依頼主の気持ちに寄り添いつつ、ある時は厳しく切り込みながら、その業界をどうやって魅力的に見せるのかを学んでいった。羽田さんは徐々に展覧会の企画を越えた、地域の中小企業や組合の“プチ企業コンサル”を行うようになったそうだ。

「僕にとって、デザイン作業は優先順位が低いものです。極端な言い方をすれば“デザインがなければ売れないもの”は基本的に商品そのものが成立していないと思っている。自分が目指しているものはカッコいいデザイン、バズるデザインよりも、本能的にそれを欲しい!食べたい!と思うもの。商品として強さがある、そういうものを作りたいと思っているんです」

地元の醤油屋、昔ながらの和菓子屋と、様々なジャンルから相談を持ち込まれる。当然ながら高岡の伝統産業界からも声がかかるようになった。

外からの視点を用い、職人たちの代弁者となる

そこで最初に職人たちとともに活動したのが「高岡伝統産業青年会(伝産)」だ。会に入ってリアルなものづくりを見、高岡で働く職人たちの熱さや気概に触れた。

伝産に所属しているのは全員40歳以下の職人たち。この中にただ一人、デザイナーとして入っていくことに苦労はなかったのだろうか。

「当然、最初はなかなか難しかったです。彼らには“自分は腕で仕事をしている、商品を見てもらえばわかる”ーーそんなプライドもあり、新風を吹き込む、新奇をてらうようなことはできませんでした。そこでどうしたかというと、1年間一緒に酒を飲み、工場や工房に行って仕事を見せてもらい、共有する時間を増やしていきました。関係を濃くしていくことで仲良くなっていったんです」

職人たちとコミュニケーションをとるうちに、いろいろな場に出る機会が多い彼らのほとんどが、名刺を持っていないことに気づく。

まず羽田さんは「高岡のものづくりのストーリーや背景を知ってもらい、職人たちの個性を売り込む」想いのもと、一人ずつ名刺を作ることを提案した。出来上がった名刺には、高岡の鋳物の歴史を表すように、昔の職人をイメージしたイラストを顔写真代わりに描いた。最近では、メンバーの名刺を集めていくと絵柄がつながり全員分で1枚の絵が完成する“集めたくなる名刺”を仕掛けている。

こうしてチームでの活動が少しずつ個性を表してきた頃に企画したのが、町を巡りながら工場見学するツアー、その名も「高岡クラフツーリズモ」だ。

このツアーを打ち出す際、茶器、花器、香炉など様々な銅器の中で着目したのは、かなり型破りに感じる「仏具」。“仏具=冥土のみやげ(MM)”と銘打って、見学バスを「伝産MM(冥土のみやげ)号」と名付けたり「冥土in高岡」のキャッチコピーを掲げたりと、高岡ならではの個性的で話題になりやすいイメージ画像・ポスターを完成させた。

職人たち本人が工房を案内したり作業工程を説明してくれたりする、深く濃い内容が詰まった見学ツアー。頑固そうなイメージがある職人たちが真面目にふざけながらご先祖様のコスプレをしたこのイメージフォトは、かなりのインパクトを与えた。

こういった打ち出し方はデザイナーならではであり、かつ客観的な視点を生かしていると言える。
一般人の感覚を踏まえて、日常ではなかなか興味を持ちにくい「仏具」を題材に、効果的なキャッチや広告を生み出した。伝統を揶揄するわけでもなく、しかし古い発想からも脱却していて、純粋に「参加してみたい!」と思わせるフレーズが並ぶ。

これは上述の羽田さんの言葉にあった、商品やそのものに、本能的に興味を持たせた例のひとつではないだろうか。感性に訴える職人たちのコスプレ、少々アクが強い言い方「冥土in高岡」などを用い、現代的な表現や見せ方をしつつ心を掴んでいく。その結果、伝統文化を知る機会を増やした。何よりも職人たちが自らの誇りを忘れず、かつ、楽しみながら参加しているのが、月並みながらすばらしい。
デザインが伝統工芸を有名にするのではない。

ましてや、伝統工芸はデザイナーのものでもない。

職人たちの意識改革こそが、業界そのものを盛り上げていくと確信しているところが、高岡の伝統工芸全体の底上げにつながっているのだろう。

仲間とのコミュニケーションからアイデアは生まれる

高岡は、非常に個性がある町だ。

羽田さんは、町の個性を引き出す役割を担い、そのデザインで数々の受賞歴もある。しかし、これらをただただ仕事として請け負っている意識よりも、羽田さん、そして伝産の職人たちが手を取り合って企画そのものを楽しんでいることが受け手に伝わり、魅力的に映る。

単なる見せ方ではなく、高岡の伝統工芸がいかに素晴らしいかを理解しているからこそ、商品や作品のポテンシャルを打ち出すことができる。羽田さんの言い方を借りれば、デザインはあくまでも補助的なツールに過ぎない。

そんな羽田さんの事務所を見渡せば、伝統産業に溢れていた。

高岡に限ったことではなく、全国各地の工芸品を身の回りに置く羽田さんの日常は、すでに職人と共にある。

ROLEが入るビルには、職人たちからプレゼントしてもらった羽田さんと職人をつなぐ証である鋳物で作った看板「印刷ビル」が輝く。

「高岡を盛り上げるための地域デザインとは」と問われれば、その町にある歴史や風土、文化といったものを意匠に起こし、発信していくものだと思っていた。

しかしこの町で行われていたことは、形にしたものを使ってみんなの心をまとめ、動かし、そして次の未来へと続けていく“空気づくり”だった。

自分の町の良さに気づくこと、そしていわゆる“にわか仕込み”でない発信がその町の未来を明るくしていくこと。大事な視点を教えてくれた羽田さんに感謝したい。

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