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老舗仏壇屋が作る神秘的なグラス、400年続く技術を未来につなぐ架け橋に【工房ヤマセン辻佛檀】

老舗の仏壇屋(以下、佛檀屋)が世にも不思議な美しいグラスを作っています。底面に施された繊細な模様が水を注ぐことで大きく浮かび上がったり、見える角度が変わったり。そんな蜃気楼のような現象が楽しめる一風変わったグラスです。

実は佛檀とグラスには共通点があります。どちらにも使われているのが、400年続く魚津漆器の技術です。

「漆をガラスに塗る」という、業界では非常識な技に挑んだ、老舗佛檀屋の4代目・辻悟さんに話を伺いました。

グラスに込められた老舗佛檀屋の技

「漆ってこんなこともできるんだ、とびっくりしてもらうのが楽しいんです」

グラスに水を注いで、水面いっぱいに鮮やかな色彩が広がるのを実演してくれたのは、このグラスの生みの親である辻悟さん。

富山県魚津市で代々佛檀作りを営む「工房ヤマセン辻佛檀」の4代目で、400年以上続く魚津漆器の技術を継承しています。

幼いころから漆職人である父の姿を見て育ち、子どもの頃の夢は「家業を継ぐこと」。そんな夢を学校の文集にも書く程、幼いころから家の仕事に対しての誇りを感じていました。

そんな辻さんが作ったグラスは、水を入れる量によって模様や色彩の広がりが変わります。その様子はとても幻想的で「地元富山の有名な自然現象である蜃気楼を表現したかった」とのこと。改良に改良を重ねて現在のグラスの形に落ち着いたのだそう。

このグラスは佛檀づくりに用いられる漆・金箔・螺鈿という複数の職人技によって作り出されています。

ガラスの底面で青や緑など不思議な色彩を放っているのは、貝殻の内側を切り出したもの。それらを一つ一つ手作業で貼り付けていく「螺鈿」と呼ばれる装飾技法のが用いられています。その螺鈿と金箔で模様を施し、その上に漆を何層も重ね、1か月以上かけてようやく完成します。

漆とガラスは非常に相性が悪く、漆が乾く際にガラス面からはがれてしまうので、通常であればうまく塗れません。しかし辻さんは何百回と失敗を重ねながらも漆屋と一緒にガラスに強い漆を開発し、10年以上かけて満足のいく作品を作り出せるようになりました。

「液体以外はなんでも塗れる」

多くの失敗にもめげずに作品を作り上げた辻さんの、漆職人としてのポリシーがその言葉に凝縮されていました。

自分の好きなもので、伝統技術を知ってもらいたい

本業のかたわらで、本漆・螺鈿グラスを作り続けてきた辻さん。そこには、家業である佛檀づくりの技術や、かつて魚津市で一大産業であった魚津漆器への想いがありました。

「うちは親族一同みな職人で、代々佛檀を作ってきました」

父は塗師、弟は彫師、叔父は指物師、叔母は金箔職人という職員一家である工房ヤマセン辻佛檀のみなさん。佛檀の制作だけでなく文化財の修復を任されることも多く、その技術力は高い信頼を得ています。

しかし、ライフスタイルの変化により佛檀作りの技術を知ってもらう機会が減っていることを辻さんは感じていました。さらに、気がかりなことは地域の伝統産業である魚津漆器。

魚津市には最盛期では300件近くもの漆器屋があったといいますが、現在漆器屋として残っているのは近所にお店を構える「鷹休漆器店」ただ1軒。そして魚津漆器に携わっているのは、佛檀屋である辻さん含めてわずか2人しかいないのです。

消えてしまいそうな文化をどうやって残していこうか。悩みながらも思いついたのは「自分の好きなもので、技術を知ってもらう」ことでした。

「うちではいつも漆をガラスに試し塗りをしていて、そのきれいな色を生かせないかと子どもの頃から思っていました」

漆職人であり、お酒好きでもある辻さんは、おちょこなどの酒器に螺鈿と金箔・漆を施すことで、佛檀や漆器にあまり縁のない人にも、本物の漆の技術を知ってもらうきっかけになればとグラスづくりを始めたのです。

他にも工房見学や漆体験、地元の子どもたちに漆の講座を開催するなど、仕事の様子を地域にひらいていきました。様々な活動を行っていく中で、子どもや学生などの若い人がお店に足を運ぶようになり、客層の変化を感じるといいます。

「自分でお店をたたむのは簡単だけれど、悪あがきをしていきたい」

美しいグラスには、伝統を継承する辻さんの覚悟が込められていました。

自分らしく、楽しくやる

グラスに水を注ぐ実演や、新しいアイデアを紹介する辻さんは終始楽しそうで、人を喜ばせようとするポジティブな想いが伝わってきます。

しかし、グラスづくりを始める前に「文化を伝承していくにはどうしたらいいか」と悩んだ時期もあったそうです。そんな辻さんの背中を押したのは、輪島漆芸研修所時代の恩師であり人間国宝の大西勲さんの言葉でした。

「伝え方は千差万別なのだから、お前はお前のやり方でやればいい」

これといった伝もなく、やりきる自信もなかったところに、大西さんの言葉は心に残ったといいます。その言葉に後押しされ、職人の技術とこだわりを自分の好きなもので昇華していったのです。

高いクオリティを求められる職人の世界では、技術面で全く妥協できないので苦労も多いといいます。けれども辻さんは「子どもの頃の夢をかなえて、更に飛翔しているのが今」と笑顔を見せていました。

400年の伝統を背負い、その技術を次の世代に伝えていく使命感に燃えながらも、悲壮感はなく、むしろ楽しんでものづくりを行う軽やかさがありました。

水やお酒を注ぐと現れる蜃気楼のような現象を楽しみながら、脈々と受け継がれる伝統文化とその担い手に、想いを馳せてみてはいかがでしょうか。

(文:小笠原 華純)

▼参考リンク
(株)工房ヤマセン辻佛檀
住所:富山県魚津市金浦町4−10
https://yamasen.theshop.jp/
ふるさとチョイス:https://www.furusato-tax.jp/

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