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「農業しかないと決めたから」元放送作家が描く農家の多様性【成田ふぁーむ】

セカンドキャリアで農家を目指す人がいる中、放送作家から有機栽培農家に転身した成田周平さんは、一際ユニークな存在だ。農業に関する知識と経験がゼロという地点からスタートし、大阪府能勢町に有機野菜農園「成田ふぁーむ」を開くまでに成長。2021年には、欧米で活用されているCSA(地域支援型農業)を取り入れた「のせすく」ビジネスを始動し、有機農業の発展に力を入れている。成田さんが有機栽培農家になったきっかけや、「のせすく」で描く有機栽培農業の未来図を伺った。

有機野菜を育てるのは「日々の当たり前」

育てた農産物を有機野菜として表示するためには、守らなくてはならないルールがある。

「日本では有機JAS制度があって、検査と認証を受けて初めて有機野菜と表示することができます。成田ふぁーむは認証を取って、制度に準じて栽培しているんです」と成田さんも語るように、農薬や化学肥料を使わずに育てただけでは有機野菜として販売することはできない。

有機JAS制度の認証を取得すると、農作物に有機JASマークを貼り付けることができる。つまり有機JASマークは、農薬や化学肥料などの化学物質に頼らずに生産された食品であることの証明なのだ。

認証を取得するためには農林水産省が認可する登録認証機関に申請し、検査と認証を受けなくてはならない。認証を取得した後も、検査・認定・認証は毎年続く。信頼性の高い有機野菜の流通は、こうしたチェック体制で成り立っている。

ただでさえ栽培管理に手間がかかる有機野菜。有機JASの認証取得とその維持は簡単ではないように見える。ところが成田さんから返ってきたのは、なんとも自然体な答えだった。

「みなさんに大変そうだと言われるんですけど、そこまで大変ではないんです。日々の管理をしっかりしておけば認証は取れます。もちろん費用もかかってきますけど、日々の当たり前なんです」

成田ふぁーむの畑面積は約250a。農作物は年間15品目ほど栽培しているという。季節ごとにサニーレタスやホウレンソウ、トマト、オクラ、ピーマン、青ネギなどが畑に実る。大阪らしさが光る「大阪しろな」も栽培しているそうだ。

「有機野菜なので栽培できる時期というものがあるんです。作りやすい時期を選んでいると自然と品目が増えます」

自然の恵みを受けて育つ有機野菜。安全面の信頼性が高く、野菜の味も濃いと評判だが、有機栽培には大きな手間暇がかかる。未経験から農業の世界へ飛び込んだ成田さんは、どんな道を辿って有機栽培に行き着いたのだろう。

放送作家から有機栽培農家へ「お笑い」が導いた転身

実は成田さんが農家に転身したのは30歳を過ぎてから。前職はテレビの放送作家という、異色のキャリアを持つ有機栽培農家なのだ。

「(テレビは)淘汰されていく世界で、仕事が減ってくるということはわかっていたんです。30歳を過ぎた頃、放送作家の仕事はたくさんいただいていて何不自由なかったのですが、その先を考えると怖くて。『体が動くうちに次の仕事を探そう』と、ずっと考えていたんですよ」

放送作家としての将来に不安を感じていた当時、テレビ番組の事前取材で農家の方から話を聞く機会があった。

「その農家さんたちが楽しそうで羨ましくなってしまったんです。それで『農業しかない』と決めました」

そうと決めたら即行動。成田さんは早速、農業大国である北海道へ飛んだ。

「農業に対するイメージが北海道しかなかったんですよね。農業研修を募集している町を調べて行ってみたんですけど、真冬だったので何も作物がなくて。そのことさえも知らなかったんです。『寒すぎて僕には無理やな。甘い考えや』と思って帰ってきました」

再び農業研修について調べ、山梨県の研修を発見。2週間の短期研修に参加することを決めた。

「自分が農業できる体かどうか試してみたかったんです。その頃はお酒や食事の付き合いばかりで、体重が100キロ以上ありましたから。そんな状態の体で農業ができるか心配だったんです。それで2週間の研修に参加してみたら、できそうだと思ったんですよ」

やる気は十分、体の心配も払拭された。ところが成田さんには、山梨県の農業研修で大きな違和感を覚えた。

「農業研修は住み込みで、他の研修生と一緒に暮らして過ごしたんですけど、人とのコミュニケーション的なところが合わなかったんです。なんでかというと、標準語でお笑いがなかったから。お笑いがある方が楽しいじゃないですか」

兵庫県に生まれ、放送作家として歩んだ人生。この「お笑いがある方が楽しい」という人生観が、成田さんを有機栽培農家へと導くことになった。

「お笑いがないのは無理に思えて、大阪で農業がしたいと考えました。大阪で農業研修先を探して見つかったのが、能勢町の農家さん。そこが有機野菜を育てていたんです」

能勢町で始めた有機野菜栽培のチャレンジ

大阪府の最北端に位置する能勢町。里山が広がり、キャンプ場や温泉、道の駅などが人で賑わうのどかな町だ。川に流れる水も綺麗で、夏はホタルが飛び交っているという。

「能勢町は寒暖差がすごくあるんですよ。朝はすごく冷えるけど日中は暖かい。寒暖差があると、野菜が凍らないように糖を出します。そのおかげで野菜の甘みが強くなると言われています」

能勢町を拠点に農業を始めた成田さんだが、有機栽培の難しさに直面することは何度もあるという。

「一番は病害虫が出たときの対応です。虫が大量発生しても、有機栽培では農薬を使えません。野菜が全滅することもあるので、そのリスクが大きいです。全国の有機農業の生産者さんたちが惜しみなく知識や技術を教えてくれるので、助けられています」

農林水産省の報告によると、国内の農産物総生産量のうち有機野菜の割合は0.4%程度(参考:農林水産省「有機農業をめぐる事情」)。決して大きくはない数字だが、成田さんによると有機栽培農家同士のつながりは息づいているという。

「有機栽培は農業の中でもニッチな産業です。有機栽培農家さんたちは、昔から有機農業を普及させたい想いでやってきていますから、有機農業を始める若者に手を差し伸べてくれているような気がします」

有機農業にチャレンジする人を歓迎するムードを感じる中、成田さんならではの有機農業を楽しむコツがあるという。

「有機栽培を始める人でやってしまいがちなのが、『あの野菜を作りたい』など強いこだわりをもって始めることです。僕は、作りたいものよりも作れるものを育てた方が良いと思います。その土地が持つ気候などの条件や農業設備の種類を覚えてからがいいと思いますよ」

自然が相手の農業だからこそ、その土地を理解して尊重することが大切。農薬や化学肥料を使用しない有機栽培は尚更なのだろう。

「のせすく」で消費者と直接つながる農業を

未経験からスタートした成田さんは、着々とスキルに磨きをかけている。2021年には農業経営強化のために開催されたビジネスプランコンテスト「おおさかNo-1グランプリ」で最優秀賞を受賞。受賞したビジネスプランが、有機野菜販売システム『のせすく』だ。

「『のせすく』の正式名称は『能勢スクリプション(能勢×サブスクリプション)』。厳密に言うとサブスクリプションではなく、海外でスタンダードとなっているCSAを活用しています」

CSA(Community Supported Agriculture)とは、地域支援型の農業生産システム。消費者は生産者に前払いで料金を支払い、生産者はその資金を使用して野菜を栽培する。収穫された野菜は分配され、消費者の手に届くのが特徴だ。

生産者のメリットは、株式会社のように活動資金を集めることで、生産活動に必要な資金を得られること。分配先が確定しているため、農作物の売れ残りリスクも抑えられる。

消費者からすると、生産者の顔が見えるため安心感を得やすい。地産地消、地域の活性化というメリットもあり、地域コミュニティにとってもポジティブな効果が生まれる。

「のせすくは、消費者と生産者が直接つながることができるシステムですね。いただいたお金で種や肥料を買って、野菜を育てています。ただし不作のときは配分が少なくなってしまいます。(消費者からすると)払ったお金が野菜になって戻って来るかどうかはわからないんです」

のせすくでは、1回1500円の野菜セットを月2回購入できるプランを用意。期間は6月から12月の七か月間で、有機野菜の栽培を支援することが可能だ。

「2021年6月から、まずは会員30名限定でのせすくを始めました。2022年は会員を60名に増やす予定です。(5月時点で)50名ぐらい集まっています」

成田ふぁーむは、基本的には二名で運営をしている有機栽培農家だ。少しずつ契約者を増やしつつ、有機野菜の魅力を広めていくことを目指している。

「国は2050年までに有機農地を日本全体の25%にする目標を出しています。しかし今は1%ほどしかありません。農林水産省は農家に有機農業を勧めるんですけど、みんなが有機農家に転換しても、消費者が買わなければ(有機野菜が)溢れるじゃないですか。『有機野菜は高い』というイメージは強いですが、価格が高いのには理由があるんです。有機野菜について僕が感じたことを伝えていきたいです」

お笑いも農業も「作る楽しさ」は一緒

前職の放送作家と農家とではまったくの畑違いにも見えるが、成田さんは2つの仕事に共通点を発見したそう。

「何かを作るという意味では、放送作家も農家も一緒だと思います。僕は農業をしているときもテレビのような考えをしているんです。毎年作る野菜はレギュラー番組、チャレンジで珍しい野菜を作ってみるのが特番みたいなものです」

2021年にスタートしたのせすくでは、新たな楽しみも生まれている。LINE配信を始めたところ、消費者とのつながりが構築されたという。

「『今日は畑に種をまきました』など、生産状況をLINEで配信しています。お客さんとの信頼関係を作るために、こちらの情報を全部出しているんです」

LINEでは、消費者との間に双方向のコミュニケーションも発生。有機野菜に対する消費者のリアクションをダイレクトに感じている。

「大根をスーパーで買うと、大体は葉っぱが切られた状態ですよね。無農薬で育てた大根は葉っぱも食べられるので、のせすくでは葉っぱ付きで届けています。あるとき、のせすくの大根の葉っぱに青虫がいたと、お客さんからLINEで連絡が来ました」

一般的には、購入した野菜から青虫が発見された場合はクレームにつながりやすい。ただし農薬を使用しない有機野菜には、虫が付いていることもある。クレームかと思いきや、のせすくのお客さんから届いたそのLINEは、成田さんにとって嬉しい報告だったそう。

「LINEには『息子がその青虫を飼い始めました』とあったんです。それからずっと定期的に『青虫がサナギになりました』『この間孵化しました』『息子が名前をつけました』と連絡が来ました。そういうことを楽しんでもらっていることが嬉しいですし、有機野菜を理解してくれてるということなんです」

お客さんとのコミュニケーションが、成田さんの悩みを解消することもあった。

「野菜を届けていると、お客さんからレシピを聞かれることがよくあったんです。ですが僕はあまり料理ができないので、一番苦手な質問でした。最初は無理して自分なりに調べて答えていたんですけど大変で…。今は、LINEでお客さんが『こんな料理を作りました』と教えてくれるので、それを共有させてもらっています」

のせすくをきっかけに生まれた有機野菜のコミュニティ。有機野菜をもっと身近に、もっと楽しくする試みが花開いているのだ。

大阪から発信する有機野菜の魅力と未来

成田さんはのせすくをきっかけとして、有機農業が活性化していくことも期待しているそう。

「能勢町には有機農業のチャンスがあると思っています。有機農業をやりたいという相談をたくさん聞きます。学校給食で有機野菜を使いたいというお話もありますし、こんな時代だからこそ会社として畑を持ちたいという相談も来ているようです」

一方で、能勢町の外にも有機農業を広げたいという願いもある。

「大阪だけでも消費者はたくさんいますが、のせすくは小さな取組ですので広がり切れません。広がり切らなくてもいいのですが、CSAシステムはもっと普及してほしいと思っています。のせすくというプラットフォームをみなさんに使っていただいて、農業はそれぞれの農家さんのやり方でやっていただく方法です。あとは大阪市内にステーション基地を設けたいですね。カフェやバー、雑貨屋、企業でもいいんですけど、生産者はステーション基地に野菜を持っていきます。そこへお客さんが野菜を取りに行くという仕組みです」

楽しく生きるために選んだ有機栽培農家人生。大阪という土地で、成田さんはこんな目標を抱いている。

「僕はやっぱり大阪から有機農業を普及させていきたい。高齢化問題もあり、どんどん有機農業をリタイアする人が多いので、うちだけ頑張っても駄目なんです。農家にも多様性が必要だと思うので、いろいろな農家が必要です。それを何とかアシストできるようにしていきたいですね」

日々の当たり前を積み重ねつつ、CSAのような新しい取り組みも取り入れる。そんな成田さんは、まさに農家の多様性を体現しているようだ。「楽しい」を追いかけて、放送作家から有機栽培農家へ転身した成田さんならではかもしれない。のせすくをきっかけとして、有機野菜を楽しむ輪が全国に広がっていく未来が何とも待ち遠しい。

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