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老舗酒蔵が木桶造り「自給自足の文化を後世へ繋ぐ」【仁井田本家】

東日本大震災で大きな被害をうけた福島県。今もなお、県内を始め、さまざまな地域で復興活動が行われている。郡山市にある老舗酒蔵「仁井田(にいだ)本家」の蔵元と女将が先導する「福島木桶プロジェクト」もそのひとつだ。

「福島木桶プロジェクト」は、2020年に立ち上がった“福島の木を使って木桶を作る”という取り組みで、酒造りに使う酒桶をすべて自社有林から伐採した杉材を使用して作ろうというもの。酒造りの職人がなぜ木桶を作ろうとしたのだろうか?その想いを仁井田本家の18代目蔵元である仁井田穏彦さんに伺った。

代々受け継いできた自然環境を後世に繋ぐ

仁井田本家の創業は1711(正徳元)年。この土地で300年以上酒蔵を続けてこられたのは、代々受け継がれてきた自然環境であると仁井田さんは語る。

「酒造りに欠かせないきれいな水を維持するためには、山の環境が大きく影響します。ここに育っている立派な杉は、先々代(祖父)が植えたもの。それは今、素晴らしい水質と地域の水源を守ってくれている。当時の人たちが目先の利益だけでなく、次世代のことを考えて取り組んでくれたおかげで、今も最高の環境でお酒造りができているのだと感じています」

看板商品の「しぜんしゅ」を始め、仁井田本家の日本酒は自分たちで栽培しているものと契約栽培の自然米、天然の水、蔵付きの酵母を使用して作り上げるのがこだわり。無農薬・無肥料農法を実践している田んぼには、昆虫や鳥、微生物など多くの生き物が集まり、生態系が豊かになって田んぼ自体の力が引き出される。また、水田からの排水に化学物質が混ざらないため、川がきれいになって魚が増える。

「受け継いできたその土地の環境を壊さずに作物を育てることができるので、酒蔵だけに限らず地域全体にとっても大きく貢献できるのがメリット。100年後にもっと良くなるために、先祖が残してくれたものをどう活かし、自分たちが何をプラスできるのか、ということを常に考えています」

米のおいしさを引き出す木桶仕込みへの挑戦

日本酒は江戸時代までは木桶で造られていたが、時代とともに扱いやすい樹脂や金属の貯蔵タンクがメジャーとなってきた。

「樹脂や金属のタンクなら、洗いやすく使い勝手もいいですが、日本酒の味が単調になりがち。一方、木桶仕込みは酒蔵に住み着いている酵母菌だけで醸すので、酒蔵の個性がダイレクトに表現されます。その蔵でしか出せない味に仕上げるという点で、木桶仕込みの方がうちの日本酒には相性がいいと思いました」

25年以上日本酒造りに携わってきた仁井田さんでも、初めて木桶で造ったときは、酵母や糀の香り、長い余韻の中で感じる複雑味と、多様に変化する風味に感動したそう。この経験を機に、2017年から仁井田本家の日本酒は、木桶で仕込む製法へ移行し始めた。

震災やコロナ禍を経験していっそう強くなった「自給自足」への想い

仁井田本家が現在取り組んでいるのは、「自給自足」の酒造り。木桶仕込みを取り入れたことにより、自給自足のひとつとして新たに立ち上げたのが冒頭の「福島木桶プロジェクト」だ。

「酒造りだけでなく、村の環境をより良い状態で後世につなぐために、山の環境を整えることは不可欠。杉が密に育っていくと土に光が当たらなくなり、山自体の元気がなくなってきます。先々代が植えてくれた杉は100年たって立派に育ったので、この資源をうまく活用して次世代に繋げたいという思いから考えたのが杉を使った木桶造り。全国的に大きな木桶を作る職人が減っていることもあり、それならば自分たちで作ってみようと動き始めました」

木桶を造るにあたり、チームを作ろうと木材の知識のある人や大工など、知り合いに声をかけていった。

「チームができあがるのはとてもスピーディーでした。やりたいことや夢を口にしたりSNSで発信したりしていたのがよかったのですかね(笑)。本当にいい人たちが集まってくれました」

取り組みへの共感に加え、真面目で凝り性な蔵元と、人を巻き込むのがうまい女将の真樹さんの人柄も合わさって、ベストメンバーがそろった。

技術面では、木桶造りを伝承する活動をしている小豆島の「ヤマロク醤油」にメンバーを派遣して、木桶作りのノウハウを学んだ。西と東の文化の違いはあれども、刺激しあえる職人同士のかかわりは良い経験に。

技術を磨くと同時に、「他の酒蔵が真似したくなること」「これまでにないものを生み出す」「次世代にバトンを繋ぐ」を目標にブランディングにも注力してきた。

「仁井田本家の伝統的な酒造りを絶やさぬよう、次世代に繋いでいくことが僕たちの使命のひとつ。僕たち18代がお酒を作ったら、19代となる子どもたちと一緒にボトルのデザインを考えるなど、少しずつバトン渡しの準備も取り組んでいます。日本人て、もともと自給自足にも物作りにも長けていて、自然の恵みを利用するのも上手。僕はこの民族性をすごいなと思うし、その良さを次の世代や海外の人たちにも伝えたい。日本の国酒である日本酒を作っていることに誇りを持ち、価値を高めていきたいです。そして、僕たちの取り組みを真似して、木桶で自分のところの天然菌を使って日本酒を作る酒蔵が増えてくれたらうれしい」

郡山の魅力を感じられる場所になっていきたい

仁井田本家は近い将来、酒米をすべて自社田で育て、木桶も自作し、酒造りに関わるものを村の中で自給自足することを目指している。そして、酒造りに加え、観光地としての仕掛けも増やしていくと仁井田さんは語る。

「郡山でできた自慢の日本酒を、にいだの自然を体感しながら楽しんでもらえる場を作るのが目標。コロナ禍になった頃から3年がかりの蔵の大規模改修を行なっていて、テイスティングルームを設けようと動いています。コロナの流行が落ち着いてきた頃にはたくさんの人に利用してもらえるように整備中です。

そしてもうひとつ、水を有効活用する仕組みとして“蔵サウナ”の野望も。日本酒は仕込みをする半年間にかなりの量の水を使うのですが、仕込みが終わったあとはあまり使わないんですね。なので、仕込み後の半年間に木桶に水をためておき、その水と木桶を作った際に出た端材を燃料にしてサウナをやりたいなと考えています。

にいだの夏はホタルがいますし、星空もきれいなので、テントを併設して泊まれる環境も整備したい。郡山って人を惹きつける自然があるんです。この地域の良いものを詰め込んだ癒やし空間を用意して、仁井田本家が“郡山に行こう!”というきっかけになれたらうれしいです」

伝統技術を継承しつつ、新しい酒造りの形を生み出している仁井田本家。自然と共生しながらこれからも発展し続ける。

仁井田本家

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