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鯉はベンガル料理のカレーに合う!?“鯉係長”が仕掛ける前例なきPR【鯉のジョル】

皆さんは、鯉を食べたことがあるだろうか?
鯉といえば地方のお祝い事や、高級店で出てくるイメージを持つ人も少なくないだろう。普段の食卓にはあまり馴染みのない食材だが、家庭でも食べやすく加工し、鯉食文化を復活させようと力を入れている地域がある。それが福島県郡山市だ。市役所内に「鯉係」という部署が新設され、鯉のPR活動を行うほどの力の入れようだ。なぜ郡山市が鯉を推すのだろうか。その理由を同市役所の“鯉係長”を務める小林宇志さんに伺った。

養殖鯉の生産量全国1位!かつての郡山市を支えた鯉事業

鯉の産地といえば、長野県佐久市や山形県米沢市が有名だが、実は養殖鯉の生産量に関して、市町村別で全国1位を誇るのが福島県郡山市である。

郡山のエリアは海が近くになく、新鮮な海産物を手軽に買えない環境。そのため、川や池で育つ鯉が重宝されるようになり、家庭でもよく鯉料理が食卓に並ぶようになった。ところが、食品の流通が発達したことで郡山にも海の幸が入ってくるようになったことや、現代の食生活の変化等によって地元での消費は減少。今では郡山の鯉は地産地消ではなく、その大半が全国の他地域への販売がメインとなっている。

薄れつつある鯉文化を守り、再び郡山の食文化として鯉を定着させようと立ち上がったのが郡山市役所。品川萬里郡山市長の「郡山を鯉の町に!」という大号令とともに、2015年、郡山市役所の農林部 園芸畜産振興課に「鯉係」という部署が新設された。鯉係は設立以来、生産者や地域と一体になって郡山市を盛り上げ、地域ブランドの確立を目指して活動している。

鯉に恋する郡山プロジェクトで鯉の普及活動に力を入れる

鯉食文化の歴史を守り、鯉のおいしさや魅力を全国に広げることを目標に、郡山市と南東北内水面養殖漁業協同組合(旧県南鯉養殖漁業協同組合)が連携して「鯉に恋する郡山プロジェクト」を始動。その中心となるのが鯉係長の小林さんだ。
小林さんは大学を卒業後、関東の民間企業へ就職し、2003年に地元の郡山へ戻り市役所の職員になった。

「私は6年前に園芸畜産振興課に配属され、始めは鯉よりも農産物のPRを中心に務めてきました。鯉係長に就任(2022年)してからは鯉に力を入れるようになり、アプローチの仕方を模索してリサーチを重ねる日々。その中で見つけたのが鯉を使ったベンガル料理です。シタール奏者でベンガル料理に詳しい石濱匡雄さんと、タブラ奏者ユザーンさんの著書『ベンガル料理はおいしい』で鯉のジョルというカレーを見て、“これだ!”と直感が働きました」

「ジョル」はベンガル語で水という意味があり、いわゆる汁物のことを指す。鯉のジョルは日本でいうスープカレーのような汁気の多いカレーだ。

「このカレーをメインに、石濱匡雄さんとユザーンさんに郡山でイベントをしていただけないかとメールをしました。すると、数日後に石濱さんから詳細を聞かせてほしいと電話が来たんです。部下から“石濱さんからお電話です”と聞いて、驚きと喜びのあまり、直立不動の状態で『お電話ありがとうございます!』と電話に出ました(笑)」

小林さんの熱意が届き、鯉料理のPRイベント「ベンガル料理にコイして。」が開催された。イベントは石濱匡雄さんとユザーンさんによる鯉を使ったベンガル料理の料理教室と、トーク&ライブ。

郡山ではなかなか食べる機会がないベンガル料理だが、スパイスをふんだんに使いながら鯉のうまみを上手に引き出したカレーは参加者たちの心を掴んだ。

鯉カレーの商品化で鯉のおいしさを全国へ

このイベントがきっかけとなり、郡山市内の鯉養殖事業者・株式会社熊田水産とコラボレーションした「鯉のジョル ベンガル鯉カレーキット」が作られることになった。

「イベントを行うにあたり、石濱さんが鯉を使ったカレーを送ってくれました。鯉カレーを実際に食べるのはこのときが初めてだったので、カレーを熊田水産の代表取締役である熊田純幸さんに持っていき、一緒にいただいたんです。熊田さんはこれまでさまざまな鯉の加工品にチャレンジしていたのですがあまりうまくいかなかったそうで、食べる前は納得のいく味なのか半信半疑のようでした。でも食べてみたらすごくおいしくて、2人で『これはいける!』と大盛り上がり。このカレーを多くの人に食べてもらいたいと思い、イベントと同時にカレーキットの企画も動き出しました」

キットは石濱さんのレシピをもとにユザーンさんが監修したもの。2人分の鯉の切り身、スパイス、青唐辛子、塩が入っており本格的な「鯉のジョル」を作ることができる。2022年8月より熊田水産のオンラインストアで販売をスタートし、売り上げも好調だ。

「反響がよく、北海道から沖縄まで各地から注文が入っています。今はオンラインだけですが、地元の小売店でも買えるように販売ルートを拡大していく予定です。昔ながらの鯉料理に慣れていない若い世代にも、ベンガル料理の味なら食べていただきやすいですし、“鯉はおいしい”と知ってもらえるのではないかと期待しています」

鯉係が目指す地元の力とつながり

PRイベント以外に、新商品開発検討会や、小中学校における学校給食での鯉の提供、鯉食キャンペーンなどのプロジェクトも行なっている。

「全国的に郡山が鯉の生産量が日本一だと認知されることは目標のひとつではありますが、それ以上に地元の人の認知度を上げたいです。以前は首都圏の方にPRするという意識でいたのですが、活動していくうちに “まずは地元の人に知ってもらうのが大事”と思うようになりました。郡山は魅力的な生産者がたくさんいて、その生産物を使っているシェフもたくさんいます。でもそういった関係や生産物を地元の多くの人が知らない。なので、郡山の人に “地元にすごいものがあるんだ”、“すごい人がたくさんいるんだ”と知ってもらえるように動くことが我々の使命だと考えています」

鯉係の設立当時は3店舗程度だった鯉料理を出す飲食店が、今は3倍以上に増えた。順調に認知度が高まってはいるものの、鯉の消費量を上げるためにはまだまだ課題が多い。

「飲食店さんや流通の事業者さんなど、ご協力をお願いしたいお店がたくさんありますが、なかなかお話を進められていない状況です。事業を拡大していくには人と人との関係性が非常に大事なので、焦らずじっくり地元のかたを巻き込んで物事を進めていけたらと思っています。お店に鯉のサンプルを持って行って試していただくなど、地道な活動を通して日常的に鯉を使ってくれる飲食店さんを増やしていけたらうれしいです」
地元に溢れている個々の力を集結させていくことが郡山の大きな力・発展へとつながる。生産者と料理人のパイプ役となる鯉係の働きで再び鯉食文化が広まり、県内外から“郡山といえば鯉”と認知される日がくるのももうすぐだ。

ベンガル鯉カレーキット

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