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風評被害にあうも熱絶やさない農家と「彼らの食材を使う」と決めたシェフ【catoe】

2019年7月、内閣府より「SDGs未来都市」に選定された福島県郡山市。ミネラルを豊富に蓄える粘土質の土壌と、清らかな水が流れる農業に適した環境がそろった、日本有数の米どころのひとつでもある。2003年からはこの土地に最適な品種「郡山ブランド野菜」を選定するなど、農作物の品質の高さをアピールしている。この郡山で生産者と連携して郡山野菜の魅力を発信しているのが、イタリアンレストラン「catoe(カトウ)」のシェフ・加藤智樹さんだ。地産地消へのこだわりや郡山の未来について、加藤さんの考えを伺った。

野菜の力強さを知った下積み時代

加藤さんの料理人としての人生は、郡山市の日本調理技術専門学校に入学したところから始まった。在学中に日本のイタリア料理界を代表する鮎田淳治シェフと出会い、長期休みを利用して鮎田さんがオーナーを務める東京・麻布十番のイタリアンの名店「La Cometa(ラ・コメータ)」で修行をスタート。

卒業後はそのままラ・コメータに就職し、鮎田さんのもとで5年、その後、中目黒にある「トラットリア タルトゥーカ」のオーナーシェフ・藤澤正彦さんのもとで5年、計10年間、東京で料理の腕を磨いた。

「専門学校に入ったときから、修行は東京ですると決めていました。当時は地元の郡山でイタリア料理を学ぶにしても、教えてくれるようなお店がなかったんです。東京ならあらゆる食材や調理道具が手に入るし、他店の刺激もありますしね。でも、自分の店を出すときは幼い頃から暮らしてきた郡山でと考えていました」

東京では仕入れで市場へ出入りすることが多く、扱う食材は全国各地から集まる最高のものばかり。食材への意識は高いという自負があったが、イタリア・ローマを訪れたときに価値観が大きく変化した。

「ローマで市場へ行ったら、どこもかしこも野菜の香りで溢れていたんです。むせ返るような力強い香り。こんなに野菜自体の香りを感じることなんて、これまで経験したことがありませんでした。このときはかなり衝撃を受けましたが、後日、郡山の直売所や市場に行ってみたら、同じような野菜の力強さを感じたんです。同時に、この存在感のある郡山の食材で料理を作りたいと思いました」

新鮮な地元食材と熱い想いを持つ生産者に支えられている

2007年に郡山に戻り、地産地消を実践する店で経験を積んだ後、2013年に35歳で最初の店「ラ・ギアンダ」をオープン。オープン当初は郡山市内の産直店などで野菜を仕入れていた加藤さんだったが、ほどなくして、郡山市「鈴木農場」の鈴木光一さんと出会う。鈴木さんは、郡山に新しい特産品を作ろうと「郡山ブランド野菜協議会」を発足。生産者仲間とともに、郡山だからこそ作れる野菜の開発、生産、販路拡大に力を注いでいるリーダー的存在だ。

当時は東日本大震災後で、福島はつらいときだった。風評被害などで苦しんでいる農家も多く、その様子を見て、郡山にお店を出すか、それとも関東に出すかと悩んだこともあった。

「郡山の野菜に惹かれてここに店を出そうと思ったので、農家さんたちが廃業してしまうようだったら、店を続けていくのは難しいと考えていました。そんなときに出会ったのが鈴木さん。鈴木さん自身は農業をどうするのか聞いたら『続けていく』と。他の農家さんたちも同じでした。辞めるどころか、この状況を何とかしようと前向きな人たちばかり。農家の方々の熱意を知り、想いがこもった野菜を食べたときに、“こういう人たちの食材を使いたい” “こういう人たちと仕事がしたい”と改めて思いました」

ラ・ギアンダではイタリアンをベースに地元の食材をふんだんに使った料理をふるまってきた。生産者との良い関係も築け、東京オリンピックも行われることとなった2020年11月に店名を「catoe」に改めて再オープンした。しかし、移転計画と同時期にコロナ感染症が蔓延。加藤さんの店も苦しんだ。

「予想していたよりもはるかに長くコロナ禍が続き、正直なところつらいと思うことは多々あります。特に売上げなどの数字を見ると、コスト面で削減できるものは削減したくなる気持ちもよぎるんです。そういう不安に駆られたときは、生産者のところへ行くようにしています。そして、生産物へのこだわりだったり、栄養だったり、良いところをたくさん聞いて気持ちを立て直しています」

苦しい状況が続く中でも、食材のレベルを下げずにどのようにして自分らしい料理に仕上げるか、食材の魅力を引き出しながらより良いものを作るためにはどうしたらいいかを追求し続ける。生産者の想いを聞くと、自分のやるべきことが見え、行動につながるという。

「このご時世でお店が暇になってしまうのは残念ではありますが、その分時間が生まれるので、お客様にていねいに食材の説明ができます。今までよりも、お客様と向き合う時間が増えたことはよかったですね。そして、これまでと変わらずに一皿一皿をこだわり、大切に提供し続けた結果、お客様が新しいお客様を連れてきてくださるということも増えました。お知り合いを連れてきてくださるかたの多くが、食通だったり、飲食にこだわりのある人ばかり。その方々が良い評価をしてくださり、またご来店くださる。そういううれしい循環が生まれました」

生産者と料理人の絆は郡山の発展につながる

加藤さんは2日に1度のペースで鈴木農場に通い、自ら畑に入って野菜を収穫している。

「使っている食材は、使いたいものがあったら生産者に会いに行って、話して、その想いを聞いて決めています。作り手の想いが詰まっているからこそ、僕たちもその食材をより良いものに仕立てたいと思うし、お客様にも良さを伝えられるんです」

生産者と料理人のつながりが強くなることで、料理を食べる消費者も豊かな食体験ができる。県内のあらゆるところでこの関係が築けるようになれば、地産地消が促進され、地元の食文化の発展につながると加藤さんは語る。

「今後は僕がやってきた生産者との向き合い方や取り組みを、少しずつ若い世代に引き継いでいく活動もしたいです。郡山の農業や食文化を発展させるためには、地産地消への高い意識を持った料理人が増えることが近道だと思います。そういうお店が増えていけば、お客様は郡山のどこへ行ってもその土地ならではの食を楽しめるようになりますから」

良質な食材を作る生産者、その食材をおいしく仕立てる料理人が増えることで郡山の食のイメージは向上するに違いない。
今後はcatoeの広い厨房を使って、地元の料理人や生産者と一緒にイベントや勉強会などを開き、知識や技術を共有できる場を設けていく予定だ。加藤さんはcatoeを拠点に、郡山の食文化をさらに盛り上げていく。

catoe

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