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「廃棄を減らして新たな価値を」革もの・彫金作家のものづくり【サリヒラフ】

東京都八王子市の端にそびえる、標高854mの「陣馬山」。市内の人たちに“オンガタ(恩方)”と呼ばれるこの山のふもとで、革もの・彫金作家の竹沢むつみさんは、木造小屋のアトリエで日々ものづくりに打ち込んでいる。

革ものはひとつひとつ、チクチクと手縫い。彫金はカンカンカンと叩いて削り、時間をかけて形づくる。竹沢さんのていねいな手仕事によって生まれた革のブックカバーやシルバーの帯留めは、八王子市のふるさと納税の返礼品にも選ばれた。

活動をはじめてから数年ほどは、専門業者から仕入れた素材を使用するのがメインだった。けれど現在は、地域で出た“捨てられてしまう素材”も使ったり、すぐそばにある“地域の恵み”を用いたり、作品づくりに変化が。

アップサイクルにコツコツと取り組み、人と人のつながりを大切にする竹沢さんに、身近な素材を活用し、廃棄を減らして新たな価値をつくる取り組みの数々について話を伺った。

「この場所」だからこそできることを、増やしたい

20歳のころに旅した地、モンゴル。広大な高原で生活する現地の人々と1ヵ月半もの間交流するなかで、「作りたい作品の形」が見えた。モンゴル語で“風が吹く”という意味をもつ「サリヒラフ」を屋号に、竹沢さんは活動をスタートさせた。

これまでは皮革とシルバーや真鍮を用いた作品づくりに取り組んでいたが、3年前から新しい取り組みとして、草木染めに挑戦。「山に囲まれて自然がいっぱいあるところなので、この場所だからこそできることを増やしたい」。

植物を採るのは、草を刈る前。お掃除がてらアトリエ周辺の草木を採取して鍋でグツグツ煮出し、出た色で糸を染める。その糸を用いて自身で革に刺繍を施したり、編み物が得意な友人に託してアクセサリーやラグマットにすることもある。

「刈った草はその場にそのまま置くので、ただ枯れていくだけ。でも、染めると不思議な色が出るんです。葉っぱは緑だけど、染めたらピンク色になったり、木の肌のコケから、オレンジ色が出たり。同じ植物を同じ媒染剤で染めても、同じ色は出ません。その時々の色を楽しみます」

一番最初に染めたのは、庭のビワの葉。それからセイタカアワダチソウ、ハルジオン、ヒメジオンなど、アトリエのすぐ側に自生している植物で糸を染めた。

草木染めをやるようになってから、「今まで見ていなかったところにも目が向くようになった」と竹沢さん。

「季節の移ろいにわくわくするようになりました。もう少ししたらあの植物が出てくるからあの色が染められるかなって考えたり、犬の散歩でも見る視点が変わって地面が気になったり。八王子で生まれ育ったけれど、市内にこんな場所あったんだって私自身も衝撃で。『本当にここ東京なの?』って、今でもそういった方はたくさんいます」

市街地まで車で30分。すぐ近くにスーパーやコンビニもない。決して便利な場所ではないが、それでもオンガタには6つのアトリエがあり、ものづくり思考の人々が集まってくる。アトリエ合同の展示会を開催すれば、遠方からたくさんの人たちがやってくる。

「ものづくりをするのに邪魔されない環境ということもありますが、虫や鳥の声、季節の匂い、光の移り変わり…、ここは“自然の変化”を感じられる場所ということも大きい。アトリエからたくさんの杉の木が見えるんですが、このバッグはその景色をモチーフにして作り、草木染めした糸で手縫いして完成したものです」

オンガタへ来てからは、「いい意味で作風も変わった」。以前は派手な色の革を使うことも多かったが、自然と土色の革を使い、草花や樹木のモチーフが増えたそう。そして今ではモチーフにとどまらず、その場にある、見えている草木そのものを取り入れるまでになった。

そもそもこの木造アトリエは、とある有名なクラフト作家がDIYして建てたもの。ずっと憧れていた竹沢さんは、ひょんな縁からここを引き継ぐことに。アトリエにやって来た当初は、もちろん作業場としての使い方で、ここまでのビジョンは見えていなかったというが、今は環境に導かれるように、ここで感じたこと、ここで見たもの、ここで採ったものが作品に反映されている。しかもそれは、草木だけではないのだ。

「捨てられてしまう皮革」に、あたらしい価値を

オンガタから一山越えたところに、「小津」という猟師が昔からいる町がある。

「ここ数年、この辺りでも野生動物による食害が問題視されています。小津町には農家さんが多いので、野菜の被害が出ていると思う。そんななか、町の方から少しでも猟師さんに還元するため、『駆除によって廃棄される皮を活用してほしい』というお話をいただき、力になりたいと思いました」

お肉は地域の資源として、ジビエ料理に活用するのが地域活性化の取り組みとして広がっているが、皮革については「『皮』から『革』にする作業がとても大変なので、捨てられてしまう」現状があるという。

そこで竹沢さんは、皮革を草木で染め、バッグやキーホルダーなどを制作。これをハイカーが集まる地元のホテルに置いてもらい、売り上げの一部を猟師さんに還元できるように整えた。地域の現状を少しでも知って欲しいという想いも込めて。

小津町の例に関わらず、かねてから「捨てられてしまう皮革」から作品をつくり、新しい命を吹き込む活動をおこなっている竹沢さん。

「表面の革を薄くするときに出るのが、『トコガワ』と呼ばれる部分。革を扱う業者さんはこの部分を引き取らないことが多く、その結果捨てられてしまいます」

トコガワは質感がザラザラしており、持ち歩くお財布やかばんには向かないのだという。そこでティッシュケースにしたり、フォトフレームにしたりして、インテリアの一部として暮らしで役立つように工夫。

根源にあるのは、「命を無駄にしたくない」という想い。それはかつてモンゴルの地で、自然や動物と共生する遊牧民の暮らしを目の当たりにしたことが大きかった。

登山ブームで人は増えたけど、観光スポットが少ない

命あるものを大切にすることを、活動の指針のひとつにしている竹沢さん。オンガタにある町工場と協力し、これまた廃棄されてしまう素材を使ったものづくりにも挑戦している。

「普段は医療機器の金属部分を作っている会社が、金属を削る技術を生かしてドリップスタンドの制作も手がけているんです。でも、そのドリップスタンドからも少なからず廃材が出てしまう。工場見学をさせてもらったときに、この部分も捨てちゃうのもったいないよね、という話になって。どうすればいいのか考えるきっかけになりました」

元となっているのは、丸いアルミ。ドリップスタンドをつくるときに出てしまう廃材だ。これをその工場で切ってもらい、アトリエで叩いて削って模様をつけ、カトラリーレストに。削る際にでる溝の形を生かして、八王子の市木であるイチョウに見立てたところも、地元をアピールするアイデア。

「最初はイメージが全然浮かばなくて。薄くしてお皿にしたこともありました。でも、薄くするためには削る作業が出るので、結局またロスが出てしまう。そこでこの厚みを生かして試作を繰り返しました」

縁があってやってきた「オンガタ」という山あいの場所。ここをベースに、「顔が見える範囲の人たちと一緒にものづくりをして、オンガタを盛り上げていきたい。それぞれの得意分野を生かして、力を合わせてやっていきたい」と、竹沢さんは意気込む。

「登山ブームになってから高尾山に人がいっぱい来て、縦走して陣馬山からオンガタに下りてくるハイカーさんが増えました。でも、立ち寄れるお店や観光スポットがあまりないので、バス停の前でただ座って待っているだけになってしまっていて。オンガタに拠点を構える一人として、ここをもっと楽しんで帰ってほしい想いがある」

登山口から30分ほど歩けば、日帰り入浴やご当地名物のマスバーガーが食べられる施設があるが、バスに乗ると知らずのうちに通り過ぎてしまうという。

自身のサリヒラフとしての活動はもちろん、地域の廃棄物を地域で再生し、新しい人の元へと届ける。

ものづくりを通して少しでも力になりたいと考える竹沢さんは、アトリエの開放日をつくり、情報発信の場所にしたいとも考えている。それが目下の目標だ。

salikhlah.
https://www.instagram.com/takezawa_mutsumi/

写真:茂田羽生

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