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「小滝集落に新しい里山文化を」どん底を味わった百姓×銀座の老舗企業

抜けるような青空に、一面黄金色に染まる稲穂が眩しい季節。長野県の最北部に位置する栄村の小さな集落「小滝」には、子どもたちの楽しそうな声が響き渡っていた。日に焼けた顔に刻まれた皺と手慣れた所作が、何十年も稲作を続けていることを想像させる大先輩方に、地元のやんちゃな少年たち、作業着さえもおしゃれな都会からやって来た親子。数十名が稲刈りイベントに集まり、昔ながらの手法で鎌を使って稲を刈り、束ねる方法を教え合いながら、はぜ掛けをしていく。

幻のお米と銀座の老舗企業の出会い

手がけているのは、小滝集落で作られる希少なコシヒカリ『コタキホワイト』だ。わずか13世帯の集落のため作付けできる量に限りがあり、市場にはなかなか出回らない「幻のお米」と呼ばれている。

美味しさの秘密は「土」「水」「気候」。全国の水田の6%しか該当しない有機物をふんだんに蓄積した土壌に、日本でも有数の豪雪地帯であるために、山のミネラルをたっぷり含んだ雪解け水が注ぎ、昼夜の寒暖差も大きく、甘みと旨みが凝縮されたお米が育つ。

そのお米の味と小滝の自然環境、そこに暮らす人々に惚れ込んだのが、子ども事業の老舗『ギンザのサヱグサ』(以下SAYEGUSA)の代表取締役である三枝亮さんだ。

「初めて食べたとき、その美味しさに驚きました。お米の味がこれほどまでに違うのか!と感動しましたね」(三枝)

SAYEGUSAと小滝集落の出会いは2013年のこと。1869年の創業時から、ファッションをひとつの文化として都会の子どもたちへ提案してきたSAYEGUSAは、子どもたちが本物の体験ができる場所づくりを求め、動き出していた。

「コンクリートジャングルの都会で、人と人との繋がりが弱まっていると感じていました。幼児期に体験する、人や自然との触れ合いは、無限の可能性を秘めた子どもたちにとって大切なこと。子どもたちのための自然・里山体験を継続的に行おうと、フィールドを探している過程で、小滝集落の方々と巡り合ったんです」(三枝)

震災で存続の危機を迎えた小滝集落と復興への兆し

2011年3月12日。東日本大震災の翌日に、震度6強の「長野県北部地震」が栄村を襲った。小滝にある水田7ヘクタールのうち、5ヘクタールが壊滅的な被害を受け、住宅も減少、集落崩壊の危機を迎えていた。そんな状況のなか、何十年もこの地で稲作を営んできた樋口正幸さんを中心に、村人たちは復興に向けていち早く動き出した。

「どん底を味わいました。この集落を、自分たちの暮らしを取り戻せるのかどうか。住宅は13軒だけとなり、その住処だけでもなんとか残したいという思いでした」(樋口※写真中央)

絶望からの復興。その気持ちを後押ししたのは、震災の1年前に見つけた300年前の古文書から、集落の生い立ちを知ったことだという。

「私たちの祖先は、300年前に水不足によって一度はこの地を離れたそうです。でも、なんとか暮らせないかと、遥か遠くの山から小滝堰(水路)を作り、稲作や生活水の水を通し、現在に続く暮らしを取り戻したんです。そのルーツを知り、今回もここで諦めてはいけないと、一致団結しました」(樋口)

小滝は稲作をすることによって集落が成り立っているということを、地域住民が再確認し、被害を受けた小滝堰を修復。「300年続いてきた想いや営みを300年後に引き継ぐ」という夢とロマンを掲げ、多くのボランティアとともに、復旧活動に取り組んだ。

その活動は、元ある生活を取り戻すだけでなく、未来の小滝へのリスタートでもあった。再び美味しい小滝米を作ることはもちろんのこと、集落外の人との交流や、集落の全戸が出資した「合同会社小滝プラス」の設立、古民家を改築したゲストハウスの開業など、次世代の小滝集落へのチャレンジ。SAYEGUSAからのオファーは、小滝集落にとっては絶妙のタイミングだったのだ。

小滝とSAYEGUSAのコラボレーションが動き出す

「小滝を訪れ、自然環境の素晴らしさはもちろんのこと、集落の皆さんと話す中で、シンパシーを感じることが多かったんです。田植えや稲刈り、アウトドア体験を年に数回やらせてもらうことがトントン拍子に決まりました」(三枝)

季節ごとに都会から10〜20名ほどの子どもたち(時には親子)がやってくれば、集落は一気に賑わう。地元の人たちは、子どもたちに米作りを通して里山の暮らしを伝え、集落のお母さんたちは大きなやりがいを感じながら郷土料理を振る舞う。夜は、大人たちが酒を酌み交わし、集落の未来を語り合う。小滝とSAYEGUSAの良い関係性から生まれたのが、全く新しい概念をもったお米「コタキホワイト」だ。

「長年、米作りを続けて、その品質には自信があったけれども、流通については苦労してきました。一時期は軽トラにお米を積んで、県内や東京を回ったこともあったけれど、興味をもってもらえないものだから、山菜も売って、ついでにお米を紹介したりしてね。三枝さんたちと、小滝のお米の再ブランディングを一緒にやってみようとなったことは、願ってもないお話でした」(樋口)

ワインボトルにお米を入れるという斬新なアイデア

米作りのプロと、ブランディングのプロが手を組む。それはお互いにとって、足りないものを補いながら、お米の世界に新たな価値観をもたらすほどの創造的なプロジェクトとなった。

「初めて食べた時に、本当に美味しい!と感じたことが、ブランディングのベースとなっています。すぐ隣の集落でも、水や土壌の違いで味が変わるように、まるでワインのテロワールのように、田んぼによってお米の味が異なることを、小滝の方々に教わりました。日本人はお米の味をもっと繊細に感じるべきなのではないか、というメッセージを込めて、パッケージを新しい発想で考えたんです」(三枝)

いいお米を選ぶ層のライフスタイルを考えたとき、現代ではキッチンも洋風が主流。今時のキッチンに相応しいユニバーサルデザインのロゴや、お米をワインボトルに入れるというアイデアが生まれた。ワインボトルに入ったお米は、お土産でスイーツを渡すように、贈答品としても喜ばれる。

お互いにとってプラスの循環が次々と生まれていく

「それまでのお米の出荷は、農協に買い取ってもらい、ブレンドされ、自分のお米を誰が食べて、どんな評価なのか、全く見えなかったんです。それがSAYEGUSAとコラボすることで、直接お客様の手に届き、声が聞こえるようになりました。農家にとって一番の喜びですね。モチベーションに繋がって、もっともっと美味しいお米を作ろう!と思えるんです」(樋口)

震災以降、集落の存続に向けて情熱を注ぐ小滝集落には、移住者が入ってきたり、住民の家族が増えたり、子どもたちがずいぶん増えたという。東京から通う三枝さんたちも、地元の人たちと冗談を言い合い、まるで小滝の住民のように慣れ親しんでいる。そこには、同じ夢に向かって重ねてきた交流の深さと信頼関係がにじみ出ている。

「僕はしょせん、よそ者なんですよ。でも小滝を訪れる度にここが好きになっていきます。小滝は日本の原風景が残り、里山文化の学びの場所。この文化を地元の方と一緒に残していきたいと強く思っています。お互いに刺激を受け合いながら発展していけたら良いですね」(三枝)

里山の復興と継承は、300年続いた水と人々の循環のように、大きな笑顔の渦を描いて、発展していくだろう(※写真左からSAYEGUSAのお米マイスター近藤さん、小滝の樋口さん、三枝さん)。

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