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「綺麗すぎる材よりも表情がある材を」修行なし木工作家が仕上げる一点もの【プライリスト】

南アルプスと中央アルプスに囲まれた長野県の中央部に位置する箕輪町。郊外の「おばあちゃんの家」だった自宅兼工房で、小尾口夫婦は木工をベースとした物作りに励む。


「木」と「革」を組み合わせたパスケースやカードケースは、セミオーダーで手がける買い手と作り手を繋ぐ一点物。

理工学部出身、食品メーカーに就職するも1年半で離職し、修行なしに木工作家として独立という一風変わった経歴をもつ小尾口達貴さんにお話を伺った。

ないものは自分で作るという発想が原点

「コーヒーは自分で生豆を焙煎しているんです」

そう言いながら、自分で作ったコーヒードリッパーを使い、ハンドドリップコーヒーを淹れてくれた小尾口さん。

少しずつ話を聞いてみると、コーヒーの自家焙煎然り、木工に使う道具然り、「欲しいものがないから自分で作ろう」「お金がないから自分で作ろう」。これが彼の原動力となっているようだ。

経歴には「立命館大学大学院理工学研究科卒業」とある。研究者になりたかったと言う彼が木工の世界に飛び込んだのは、どんな背景があるのだろうか。

「実家は父が自分で建てたログハウスだったんです。家を建てるときには子供ながら手伝ったりして、木の香りに包まれて育ったので、もともと木には関心がありました」

大学院卒業後、食品メーカーの研究職に就くが在職1年半で鬱状態となり退職。療養生活中にDIYに夢中になり、よりクオリティの高い物作りをするために、木曽にある家具専門の職業訓練校に入る。小学校からの同級生だという奥さんの涼夏さんも一緒に本校に通い、家具作りの技術を習得。

「家具職人を目指すようになっていったのですが、学校に通ううちに現実を知りました、何年も修行を積んで一流の家具職人になれたとしても、食べていけるかどうかわからない世界だということを。そして僕は、木工だけではなくて、革や漆にも興味があって、家具だけを作りたいわけでもなかったんです」

どの世界にも、一般的な道筋というものがある。家具職人を目指すのなら、家具屋に就職したり、家具工房で修行をし、独立という流れ。革や漆も同じように、長い下積み期間を経てようやく一人前というのが一般的な職人の世界だ。

小尾口さんの場合、当然と思われる道筋をよく理解しつつ、敢えてレールから外れていった。

「革に興味をもったのは、革のバッグが欲しいなと思ったときに、欲しいものが見つからなかったのと、お金がなかったから、革を買って自分で作ろうと。全く独学ですが、技術アップにもなるし、目に見えて成果がわかるので、何よりも自分の中でポジティブになれるんですよね」

自らが成長したいという欲求に応えるのは、誰かの下での修行ではなく、周囲に無謀だと言われようとも、自分で作りたいものを作ってみる、という道しるべ。

こうして小尾口さんは、涼夏さんとともに、木や革をはじめとした様々な素材を組み合わせ物作りをするブランド「PLYLIST(プライリスト)」を2019年に立ち上げた。小尾口さん、28歳の頃のことだった。

機能美とこだわりが詰まったオリジナル製品の数々

プライリストの製品展開は、木と革の組み合わせが特徴的な財布やカードケースから、スパイスミル、スパチュラナイフ、ピアス、リングピロー、木の鏡餅などなど多彩。

小尾口さんが企画、デザイン、製作の主作業を手がけ、涼夏さんが縫製や製品の発送作業などを担当している。

ラインナップが幅広いだけに、パッとひらめいたものを次々に製品化しているのかと思いきや、頭の中のアイデアを形にするまでには、相当な時間をかけているのだそう。

「売れる、売れないという基準より、自分で作りたいと思ったものを作る!感覚を大切にしていますが、製品化するには同じような製品がないか調べ、どうしたらオリジナリティを出せるか、スケッチを10〜20パターン描いて熟考していますね。いくつも試作して、キッチンで使うような製品は料理人にテストしてもらったりと、販売に至るまでは長い時間を要します」

企画段階だけでなく、使用する原料や物作りの過程にも、言われなければ気づかないような細部に渡るこだわりが詰まっている。

「例えばカードケースに使う木材は、【突き板】と呼ばれる0.2mmの薄い木材を9枚重ねて作っています。スリムな見た目と、強度、柔軟性を両立させるために重ねる方法を取りました。革と木を縫い合わせるというのも、なかなか難しい作業なのですが、細かなピッチで木に針穴を開けて全て手縫いをしています。使う糸も、ポリエステルならば安くて強いのですが、コストが上がっても色の奥行や質感が美しいリネンを使っています」

(提供:PLYLIST)

小尾口さんの作る製品はどれも、実用性とデザイン性を高次元で兼ね合わせている。そして木も革も天然素材だから、使っていくほどに味わいが増していく。

販売方法もユニークで、プライリストのオンラインストアを中心に、製品によってはセミオーダー形式で受け付け、オンライン打ち合わせを通して作るプロセスを顧客へ提案。

一点一点、心を込めて手作りするからこそ、製品を利用する側の顔が見えることは大きい。ギフトで選ぶ人も多いそうで、注文者と職人が相談しながらプレゼントを一緒に物作りするという付加価値が味わえ、顧客との距離感もぐっと縮まりそうだ。

(提供:PLYLIST)

アップサイクルや地元の木材の活用を目指して

最近手がけている木製スパイスミルは、近所で捨てられる予定だった古い座卓の脚を活用し製作。一般的なミルとは一線を画す美しいデザインが目を引くとともに、ひとつひとつ使われている樹木の種類、色、形の違いに個性が光る。

「ミル作りは、座卓の他に、古い家の床柱を生かしたものもあります。虫食いのある木材をそのまま使うこともあって、綺麗すぎる材よりも表情がある方が味が出ますね」

製品によっては外国産や県外の木材の方が加工しやすいものもあるが、地元の木材の活用も検討中だ。

「箕輪はリンゴ農家さんが多いんです。枯れたリンゴの木は、薪として活用されるくらいなので、今後は地元のリンゴの木を使って物作りをしてみようと思っています」

家具にも日用品にもプラスチックや合成樹脂を原料に大量生産する安価な商品が出回る時代、ストーリーのある木材や自然素材を使い、じっくりと手間暇かけて作られるプライリストの製品は、決してリーズナブルではない。

しかし、買い物の喜び、物への愛着、育てる楽しみは、暮らしをぐっと豊かにしてくれるだろう。家族との時間を大切にしている小尾口さんにとって、ハンドメイドの製品たちもまた家族と同じように深い愛情が注がれている。

型にとらわれない自由な発想と独自の審美眼、探究心をもつアーティスト気質の才能はまだまだ開花しそうだ。

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