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「壊れたおもちゃを治す=直す」ドクター歴12年のおもちゃドクター【日本おもちゃ病院協会】

小さな歯車を外してははめ直し、かみ合わせを確認する。ガリガリとひたすら電池の周りをけずる。ぬいぐるみのお尻からコードを引き出し、接続部分を確認する。「ここ、見たけど大丈夫そうなんですよね」、「うーん、じゃあ、こっちかな」と小さなボックスの蓋を開ける。

川口市のとある一室では、あちこちでそんな光景が繰り広げられている。これは「日本おもちゃ病院協会」のドクターによる「治療」。壊れたおもちゃを治す=直すということだ。どんな思いで取り組んでいるのか、実際の現場で話を聞いた。

ボランティアで、壊れたおもちゃを「治療」する

「ここにいるのは、協会のおもちゃドクター養成講座を受けた人たちです。10年以上携わっているベテランもいれば、先日入ったばかりの新人もいますよ」。見渡しながらそう話してくれたのは会長の佐藤徳一さん。

「日本おもちゃ病院協会」は、ボランティアで壊れたおもちゃを修理する団体だ。ボランティアなので、基本的に技術や人件費は無料で、かかるのは使った材料費のみ。1996年に全国組織化し、会員が各地でおもちゃ病院活動をしている。ドクターは養成講座を受け、インターンとして各病院で半年ほど研修し、さらに実践講座を経て晴れて自身でおもちゃ病院を開設することができる。

写真左から順に「川口おもちゃの病院」院長の田中啓さん、会長の佐藤徳一さん、副会長の高村国雄さん

「現在、会員としてのドクターは全国で2000人ほど。全国各地で病院を開院しているドクターもいれば、行きやすいところに出向くドクターもいます」と佐藤さん。続いて副会長の高村国雄さんも教えてくれる。「一人前になるには、50軒くらいの修理を手がけなければなりません。いろいろなタイプのおもちゃをなおしながら、知識や工夫する術を身につけていくようにしていくので、各病院にはさまざまなタイプのドクターがいるんですよ」

佐藤さんも高村さんもドクター歴は12年。それぞれ院長として病院を運営しているが、今日はここ「川口おもちゃの病院」に出張中だという。ちなみに、ここの院長は田中啓さんで、前会長を務めた人でもある。見れば、田中さんは受付にいて、患者さん=壊れたおもちゃを手にした人たちの対応に当たっている。

「川口おもちゃの病院は、月に一回開催しているのですが、いつもすごくたくさんのおもちゃが持ち込まれます。治療が追いつかなくなってはいけないからと予約制にして、1日に30 から40件くらいのおもちゃを受け付けるようにしているんです」と田中さん。どんな体制で運営するかは各病院で違い、やりながら臨機応変にしているという。

受付に並んでいるのは、大事にそうに大きな戦車を抱えた少年だったり、子供を抱っこしながらのお母さんだったりとさまざまだ。田中さんは一人ひとりと話をし、おもちゃがどんな状態なのかをメモしていく。

「もちろん、予約の際に入力してもらっているのですが、改めて確認して受け取ります。その後は、ドクターたちが治療。早くなおったものはその日のうちにお返しできますし、翌月になることもあれば、さらに重症の場合は入院ということもあります」(田中さん)

なおしたい気持ちに比例して増えていく道具

院内の脇にあるテーブルには、持ち込まれたおもちゃがどんどん並ぶ。ドクターたちはそこから取り上げてはなおし、また一つ選んでは自身の作業台へと持っていく。

作業している姿を見ていると、じつに細かな道具や材料を駆使しながらだということがわかるのだが、これらは、ドクターたちが各自で持参したものだ。そもそも、どんなおもちゃが、どのような状態で壊れているのかは予測がつかない。どんな「病態」のものでもできる限り処置ができるようにと、用意しているのだ。

佐藤さんがコツコツそろえてきた道具と材料

「ドクターになりたてのころは、もちろん最低限のものしか持っていません。少しずつ増えていって、それぞれの得意な技術に合わせた道具やパーツが揃っていくんです。例えば私の場合は、電気系統のことが得意なので配線や接続に関するパーツが多いんですよ、これ」と、プラスチックケースを何個も開けて見せてくれる佐藤さん。見ただけではわからない小さなパーツがぎっしり詰まっているし、その傍にあるくるりと巻いた布にはペンチなどの道具がずらりと入っている。

知識と経験は、協力して増やしていけばいい

黙々と作業しているドクターもいるが、そこに話しかけるドクターもいて、さらには何人かで集まって話し合っていることも多い。治療方針の相談なのだろう。

「おもちゃって、取扱説明書はあるけれど、なおし方の説明書はついてないでしょう? つまりは、治療に正解はないんです」(高村さん)

確かに、おもちゃを購入したときに、壊れた場合にどうしたらいいかまでの説明はない。メーカーに問い合わせるのが通常の対応だろうし、そもそも、おもちゃをなおすのは、メーカー側の仕事だと考える人が多いはずだ。

「私たちのやっていることに対して、あまりよく思っていないメーカーさんもいます」と田中さんは複雑な表情をする。おもちゃがなおれば、その分新しい商品が売れないと考えるメーカーもいることは想像に難くない。でもね、と田中さんは続ける。

「この活動は、支援してくれるとても協力的なメーカーさんやお店もあるんです。壊れて悲しそうにしている子どもたちを見たら、やっぱりなんとかしてあげたいと思う気持ちは同じなんでしょうね」

なおし方が正しいかどうかは重要ではなく、愛着のあるおもちゃで、再び遊べるようになることが大切なのだ。

「マニュアルがないからこそ、まわりに相談すればいいし、ほかのドクターの治療を見ておくようにしてね。そうやって知識や経験を増やして、たくさんおもちゃをなおせるようになっていくんです」そう話す田中さんの奥で、高村さんが大きなクレーン車のおもちゃと対峙するドクターにアドバイスをしている。

折れてしまったパーツの代わりに、新たなものを用意して固定する。言葉にすれば簡単に思えることも、同じような部品を探さなければならないし、固定の仕方もあれこれ考えなければならないのだ。

「なおすってね、元通りにするというだけではダメだと思っているんです。壊れたということはそこが弱っているわけだから、さらに頑丈にしないといけない。また壊れたら悲しいでしょう? 自分がなおした部分がまた壊れるなんてことは避けたいですしね。だから、例えばここは、ただ接着するだけじゃなくて細いワイヤーを通して固定するようにアドバイスしたんです」と話す高村さんが指差す先を凝視すると、白い棒に糸のように細いワイヤーが通っているのがわかる。「さらに、このワイヤーの先で怪我をしないように、まわりをシリコンでかためたんですよ」と、高村さんは得意げに教えてくれた。

細やかでていねいで、このおもちゃの使い手のことを心から考えて治してくれていることが伝わってくる。これを受け取る子どもは、ここまで手がかけられていることに気がつかないかもしれない。それでも、ドクターたちは試行錯誤しながら、一つひとつのおもちゃに愛情を持って治しているのだ。

二重の喜びを感じる、ドクターの仕事

「この仕事には『二重の喜びがある』とよくドクター同士で話します。まず、おもちゃをなおせた時の喜び。そして、それを返したときの嬉しそうな子どもたちを見て感じる喜び。これがあるから続けられるんです」と高村さんは話す。

この日も、受け取りに来つつ、なおしている様子を見学している家族もいれば、なおったおもちゃを手にしてその場で遊び出したりしている子もいた。嬉しそうにしている顔。真剣に遊んでいる顔。どれもドクターの治療によって目にできる表情だ。

「子どもたちは、おもちゃが壊れてもなおせば使えるということを知ります。なおったことに喜び、感動するドクターの姿も目にするわけです。この活動は、そういう言葉にできない生きた文化の伝達になっているのではないかと感じるんです。この文化を支えているのは、私たちドクターや親、メーカーや販売者。みんなで協力していくことが、豊かな社会をつくる力になるのではないでしょうか」(田中さん)

もちろん、ときにはなおせないこともある。佐藤さんは何度も「ごめんね」と子どもに謝り、なぜかをわかりやすく説明しておもちゃを返していた。謝る必要があるのだろうかと思うけれど、期待している子どもに対する大人としての役割なのかもしれない。悲しい気持ちに真剣に向き合ってくれたこと、頑張って治療してみたけれど、どうしてもダメだったことが伝われば、子どもは納得して帰っていくのだから。

生きがいや働きがいは、どこでも見つけられる

田中さんは、自らの活動を「生きがいです」ときっぱり言い切っていた。そう考えているドクターが今は全国各地に広がっていて、おもちゃ病院は北海道から沖縄まであり、いろいろな場所で治療が続いている。

「以前は定年退職してから養成講座を受ける方が多かったのですが、最近は仕事をしながらの方も増えてきました。女性もいますし、裾野が広がっていることを感じています」と高村さん。

例えば、機械メーカーに勤めていて自らが持っている技術を活かしたいという人もいれば、裁縫が得意だからやってみたいという人もいるという。聞けば佐藤さんは、もともと技術者として長年仕事をしてきた人だし、高村さん自身は印刷機器メーカーの営業出身なので機械構造にくわしい。

ここ数年、注目され始めた「プロボノ活動」と近いのかもしれない。プロボノ活動とは、自らの専門知識やスキルを活かして行う社会貢献活動を指し、最近では企業が母体となって行うこともあれば、個人で活動することもあるという。ボランティアとはいえ、自身の得意なことを生かして働くこともでき、市場価値を知るきっかけにもなることから、プロボノ活動をする人が増えてきている。

おもちゃ病院は、その一端を担っていると言ってもいいだろう。都心に限らず、全国各地に病院があることで、地域での働き方を考えるきっかけになる可能性を持っている。暮らし方も働き方も、ぐっと選択肢は広がるのだ。

「会員が増えて、さらに全国に広がっていくことを考えると、よりしっかりした組織として運営できるようにしなければならないと考えています」と佐藤さんは言う。どこでもいくつになっても生きがいを持てる。おもちゃ病院は、おもちゃや子どもを助けるだけでなく、大人の働き方や豊かな暮らしをも示す存在なのかもしれない。

日本おもちゃ病院協会

Photo:阿部 健

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