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「10,001軒目より、51軒目」小さなまちで基盤を築く複合的喫茶【玉成舎】

2022年秋、暮らしと活動の拠点を、東京都練馬区から埼玉県小川町に移した柳瀨武彦さんと菜摘さん。6年前に小川町と出会ってから、都会と里山を行き来する1.5拠点生活、双方に家をもつ2拠点生活、そして仕事と暮らし、どちらも小川町に軸を置くことに決めた1拠点生活と、自分の気持ちと向き合い、暮らしのかたちを変えてきた。

ふたりは登録有形文化財の石蔵を継承して多角的な喫茶を開き、そこをベースにアーティストインレジデンスやワークショップの実施など、新しい町の価値を見いだす取り組みをおこなっている。

気に入った町に移住し、自分たちが楽しみながら好きな町の魅力を発信していくその想いはどこからやってくるのだろうか。熱意の湧きどころを探った。

買い物だって、選挙と同じ。「友産友消」で暮らすことの豊かさ

緑豊かな外秩父の山々に囲まれ、町の真ん中に清流が流れる埼玉県小川町。美しい川を源に、古くから和紙や絹、酒造りといった伝統産業が栄えてきた。

その清流のすぐそばに、ひときわ趣のある家屋がある。その名は「玉成舎(ぎょくせいしゃ)」。

かつてここは、国策事業であった生糸や繭の品質を高める研究を行い、教える施設として建てられ、小川町の産業を支えた場所。その後染物工場として稼働したあと、民家として時を重ねた。

誕生から130年余り。現在は飲食店や雑貨店など4店舗が入る「人と文化の交遊拠点」として生まれ変わった。老朽化による取り壊しが決まったことを知った若い担い手たちによって、再生されたのだ。

その玉成舎で、「PEOPLE」という複合的喫茶を構える柳瀨武彦さんと、奥さまの菜摘さん。武彦さんは練馬区で生まれ育ち、大学卒業後は都内の広告会社で働いたのち独立。仕事と遊びを謳歌する都会の若者だったが、2022年、菜摘さんと1歳の愛娘と一緒に、人口28,000人ほどの山あいの小川町に移住を“完了”させた。

「6年前に小川町へ来たとき、ここでお店をやりたいと思いました。それから何度も通いながら、町の人に『いろいろやりたい』という話をするなかで玉成舎を紹介していただいて。買い手がつかないと取り壊されてしまうことを知り、これは巡り合わせだと感じました」

一角の石蔵を借りて、お店をオープンすることを心に決めたおふたり。借りてしばらくは、武彦さんは本業である企画制作の仕事を続けながら、開店準備のため、練馬区と小川町を行き来する“1.5拠点”生活を続けた。次第に小川町で過ごす時間が長くなり、ここで暮らしたいという想いも強くなり、家を借りて“2拠点”生活に至った。

それと並行して、近くの畑も借りて有機野菜づくりにも挑戦。町で出会った若手農家「SOU FARM」の柳田大地さんにノウハウを分けてもらいながら、農地を耕さずに作物をつくる「不耕起栽培」を家族や仕事仲間と楽しむようになっていく。

「地産地消というか友産友消というか、友達が作ったものを食べたり使ったりするのってすごく嬉しい行為だと思っていて。買い物もちょっとした選挙というか、応援のかたち。都内に暮らしていたときは近所の農家さんの野菜を直接買える経済圏はなかったけれど、ここではできる。野菜に限らず、洋服も友達が作っているものを買うとか、家具も友達に作ってもらうとか、これも『豊かさ』だと僕は感じています」

収穫した野菜は、PEOPLEで提供するランチプレートに。自分たちの畑ではまだ採れる野菜が少ないため、足りない分は柳田さんの畑からお裾分けしてもらったり、無人販売所やスーパーの地元野菜コーナーで調達したり。お肉も近くにある精肉店が加工したものを、卵も養鶏場の新鮮な地卵を使う。

そうして小川町のたくさんの人の手を介して完成するランチプレートは、町の恵みとつくり手の想いがギュッと詰まっている。

学び、出会いは、お金と同じ価値がある

PEOPLEは、飲食店にとどまらない。一定期間芸術家を招き、その土地に滞在しながら作品制作を行うアーティストインレジデンスを開いたり、鮨職人が小川町の旬の有機食材を“野菜鮨”にして食べるイベントなど、地域に新たな価値を見いだす取り組みもこの場から発信している。

「東京ってお店もイベントもいろいろあるじゃないですか。しかもクオリティーが高かったり、規模が大きかったりするから、街はそんなに困っていない。僕自身も会社員の頃に友達と千葉でイベントをやっていたけど、個人的にはない場所につくること、アツイ想いを持っている人を応援するのが好きなんです」

学びがありそうな仕事、面白そうな人とできる仕事は、「儲からなくても全然やりたい」と柳瀬さんは言う。これまでも“米払い”、“りんご払い”の仕事もあったそうで、必ずしもお金と技術を交換する必要はなく、技術と技術、モノと技術、モノとモノでもいい。これが信条。

とはいえ、もちろんそればかりでは生計を立てるのが大変だが、メインとなる企画制作の仕事、そしてPEOPLEと畑、この3つがあるからこそバランスが取れているのだそう。

「大企業の案件をコンペで勝ち取って何千万円ものお金が動く仕事をやっていた時期もあるけど、今はそれよりもひとりの農家さんや事業者の『売りたい気持ち』に応える仕事の方がモチベーションが沸くんです。必ずしもお金として返ってこなくてもいい。お金と学びと出会いって、僕としては等価だと思っている」

柳田さんの畑の一角を借り、不耕起栽培を実践中。この秋は枝豆を収穫した

「僕の畑は1円も儲からないけど、学べることがめちゃくちゃある。そこに友達が遊びに来てくれて新しい出会いもあるし、収穫できれば食糧になる。PEOPLEだってオープン日が少ないこともあって、今はまだ赤字。でも、この店がなかったら知り合えなかった人もいるし、僕が応援している大地くんの野菜をお客様に食べてもらうこともできなかった。結果として本業の仕事に活きることは少なくありません」

会社員時代にやっていた仕事と比べれば規模は小さく、動くお金も少ない。けれどそれ以上に、学びがあって、新たな出会いがあり、目の前の相手にも喜んでもらえる。なにより、自分がやっていて楽しいと思えるからこそ、武彦さんと菜摘さんはやりがいと価値を感じている。

影響力が大きいのは「10,001軒目より、51軒目ができること」

前職の経験を最大限に生かし、小川町内外で企業のブランディングをおこなったり、歴史ある石蔵をベースに、町の有機野菜のおいしさや、アーティストインレジデンスといった新しい視点で見る町のあれこれを発信したりしている武彦さん。こうした取り組みを通して感じているのは、「小さなことの積み重ねが、地域活性化につながっていく」ということだ。

「お店が1軒できるだけでも喜んでくださる方はいるので、僕のやっていることは何かしら地域に貢献できる部分はあるのかなと感じています。それに、意外と『町の人同士が出会う場所』って少なくて。PEOPLEで小川町に絡めたイベントをやると『10年住んでたけど知らなかった』という地元の方との出会いもあるので、コミュニティスペースとしての役割も担っていける気がしています」

小川町は池袋まで電車で1時間と近い分、都心に憧れて町を出て行ってしまう若者は多いという。だからこそ、これまで町になかった刺激や文化的なものをコツコツと発信し、東京の人にも訪れてもらうことで、小川町のよさ、おもしろさを、地域の人や子どもたちに感じ取ってもらえたらーー。小さなことの積み重ねが、結果として町の貢献になるかもしれない。そう期待を込める。

ここ2〜3年、町には「CURRY&NOBLE 強い女」というカレー屋や、地域食材を生かした創作フレンチ「atelico」など、移住者による新しい風が吹いているが、とはいえ町の飲食店がいっぱいあるかというとそうではない。

「10,000軒のお店があって10,001軒目ができるより、50軒から51軒目ができる方が影響力がある。小川町はコンパクトな町なので、だからこそ自分がお店をオープンしたり、活動することで何かが良くなるかもしれない、そういうわくわく感があります」

そして小川町は、「大学のキャンパスみたいだ」と武彦さんは言う。いろいろなジャンルのサークルやゼミがあって、それらは一体感があるかといったらそうではないが、「同じ大学に入学して、その学部に興味があって集ったわけなので、みんな好き勝手やってるけど、なんとなく方向性は似ているっていう。小川町のお店や人たちはそんな距離感なんですよね」

町の未来をつくるためにも、「不動産を動かす」つなぎ役に

小川町の魅力を肌で感じる一方で、地域が抱える課題も見えてきている。

「コロナ禍で引っ越してきたい人が増えているけど、家不足で。2018年におこなわれた『住宅・土地統計調査』の結果によると、小川町には11,680世帯が住んでいて、1600軒の空き家があると公表されています。それくらい空き家があったら住めそうに感じるけど、貸さない、売らない、持っていたい…という意識が根強くあって。空き家のオーナーさんからしてみたら、誰でもいいわけじゃないんですよね。雑に使われたり、勝手にリノベされたりは嫌なはず。だから、貸し手と借り手の間に入ってコミュニケーションできる不動屋さんと協力して、空き家を動かす取り組みをしていきたい」

令和に入り、町の人口は3万人を切った。住人は減り、空き家も増えている。だけどなかなか、住みたい場所が見つからない現状があるという。実際、武彦さんの周りには小川町に引っ越したいという若い世代のファミリーがいたり、ひとまず部屋を借りて移住してきた仲間もいたりする。

「住みたいと思っている人がいて、空き家もあるのに、双方が噛み合わないのはもったいない」。だからこそ、これまでの人脈とアイデアをフル活用して、不動産を動かす方法を模索中だ。

そして、国際的な人の往来が再開される世の中に戻った暁には、「海外の方が東京に来たついでに、宿泊する場所になったらいいなと思っています」。

武彦さんは友人が立ち上げたNPO法人と一緒に、空き家をリノベーションして旅行者に貸す民泊サービスを開始。町宿として楽しんでもらえるように整備しているところだという。

さらには、在住者も移住を考えている人にも有益になるようなPodcast配信の企画もあたためており、多角的な視点で町の活性化を思案している。

小川町に出会い、町の歴史をつくった「玉成舎」と縁がつながり、立ち上げた「PEOPLE」で多くの人と交流がはじまった。

柳瀨さんご家族が小川町に、そしてそこで暮らす人々にエールを送るように、「PEOPLE」に足を運ぶ人、集う人は、武彦さんと菜摘さんの人柄に惹かれ店のファンに、やがて町のファンになっていく。

ここは、小川町のこれからをもっと明るくしてくれる存在。筆者はそう感じている。

PEOPLE
https://www.instagram.com/people.jp/

写真:茂田羽生

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