「磨けば誰もが感動体験」古からの美しき貝は、島の潜在観光資源
身は食用、殻は装飾品の材料として重宝されてきた貝がある。屋久島や種子島以南のあたたかい海に生息している夜光貝だ。奄美大島から東へ25kmの位置にある喜界島では、その夜光貝を名産として売り出している。
なかでも、アクセサリー工房「ルナセイヤ」を営む伊藤勝啓さんは、希少な大きな夜光貝を独自のルートで入手し、ネックレスやピアスなどに加工。商品だけでなく体験工房なども人気で、新しくも親しみやすい観光として注目を集めている。古くからあった島の資源をどう活用してきたのか、話を聞いた。
古くから重宝された美しき貝
夜光貝は、リュウテンサザエ科に属する大型の巻貝。サザエに似た姿形で、大きなものは2kgほどにまで成長する。名前の由来には諸説あるが、貝が夜に光るわけではなく、産地に由来する屋久貝が変化したというのが有力だ。
その美しさから、古くから工芸品に使われてきた。薄く削った貝殻で模様をえがく螺鈿細工の材料として重宝され、正倉院宝物殿に納められている『平螺鈿背八角鏡』や『螺鈿紫檀五弦琵琶』に用いられている。ほかにも、古くは清少納言の「枕草子」には「盃とりては、はてには屋久貝といふ物して飲み立つ」とあり、夜光貝の語源である「屋久貝」が盃として使われていた。南の島でのみ獲れる美しき貝の姿に、古くから日本人が魅了されてきたことがわかるだろう。
そして、伊藤さんが作るアクセサリーもまた、螺鈿細工のようにキラキラと輝く真珠層が特徴だ。そもそも夜光貝には、鮮やかなエメラルドグリーンや、やわらかな乳白色の層があるが、伊藤さんはあえてその層は使わない。
「加工する際に、糸鋸などを使って細かい細工を施しています。削っていくうちに、エメラルドや乳白色の層が剥がれて、真珠層だけが残るということなんです」と、自ら作ったものを手にしながら教えてくれる。
希少な夜光貝を使って作る
伊藤さんはもともと貴金属を加工するジュエリー職人として、東京で働いていた。20年ほど前、両親の故郷である喜界島への移住をきっかけに夜光貝をアクセサリーにしてみようと思いついたと言う。
「島で自分の腕を生かした仕事をと考えた時に、知人が夜光貝の存在を教えてくれて。貴金属を加工するのと、道具も技術も同じようにすればできるとわかってやってみたんです」
削るほどにさまざまな表情をみせる夜光貝に、伊藤さん自身も貴金属とは違った魅力を感じたという。それまで島では夜光貝を食用として提供する店はあったが、殻を加工して使うということはほとんどなかった。誰に教えてもらえるでもなく、伊藤さんは自身の経験をもとに試行錯誤してきたのだ。
「やってみてわかったのは、加工するためにはある程度の厚みが必要だということ。薄いと割れてしまう。1.8kg以上の夜光貝じゃないと、細かい細工ができないんです」
夜光貝を食用にするには、小さなサイズがやわらかくて好まれる。伊藤さんがほしいサイズは身が固くて市場に出回らないため、知人の漁師さんに頼んで、希望のサイズを獲ってもらっているのだという。
夜光貝は成長のスピードが遅く、稚貝が7cmになるまで3年の月日がかかると言われている。伊藤さんが使う材料がいかに希少なものかがわかるだろう。しかも、大きな貝だからといってたくさんの商品が作れるわけではない。
「厚みのあるところしか使えないので、多くても3つか4つくらいのパーツしかとれないんです」
いちばん厚い口の部分の殻を中心に、真珠層が出るまで削っては厚みを確認し、また削って細工をしてと繰り返して形にしていく。貝によって硬さも厚みも違うため、一つひとつ確認しながらやらなければならない。すべて手作業によるもので、一つの作品を作るのに早くても1日はかかるという大変なものなのだ。
海ではできない体験を
伊藤さんの工房では、作品を制作・販売するだけでなく、観光客に向けた体験教室も行っている。ある程度まで伊藤さんが形作った夜光貝を、ペーパーなどを使って磨くというものだ。削れば削るほどに真珠貝の層の美しさが出てきて、みんな夢中になるという。
喜界島は、ダイビングやカヤック、釣りなど海でのアクティビティはたくさんある。一方、海以外で楽しめるものが少ないという状況だった。もちろん、海目当ての観光客は多いが、必ずしも全員がそういうわけではない。ゆっくりした時間をすごしたい、島の暮らしを体験してみたい、といった思いで国内外から訪れている人も多いのだ。
「海以外で楽しめる選択肢が増えるのはとてもありがたいことなんです。夜光貝を磨くのには特別な技術や力がいるわけではないので老若男女に体験していただけますし、天気が悪くてもできるという点でもとても喜ばれています」と、喜界町役場・企画観光課の實浩希さんは話す。
実際に手を動かすだけ輝きが増し、自分だけのアクセサリーができあがるのだから、やりがいもあるはずだ。伊藤さん自身も、たくさんの人へ夜光貝の魅力を伝えられるのは嬉しいだろう。
「作業は大変ですけどね、一つとして同じものがないのが楽しい。削っているうちに表情が出てくるんですけど、完成するまでどんな仕上がるかわからないのがおもしろいんです。最後の最後で割れちゃわないように緊張感もあるし。これからも喜んでもらえるものを作っていきたいです」
伊藤さんが移住するまでは、ただバター焼きや刺身として食べるだけだった夜光貝。それが今では、美しいアクセサリーとなり、観光資源としても活躍するようになった。
島の人たちにとっては当たり前のようにそばにあったものが、姿形を変え、観光客の新たなニーズに応える存在になっている。夜光貝だけでなく、他にもそんな存在がきっとあるだろう。ほんの少しの発想と視点の転換が、たくさんの人を喜ばせ、島を活性化することにつながると考えたら、日常を見る目が変わるかもしれない。ただそこにあるものが、島にとって大きな変化になりうるかもしれないのだ。
Photo:相馬ミナ