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衰退危機の熱海が若者の街へ。100万回来たくなるローカルの楽しさ【ゲストハウスMARUYA】

観光地としての歴史を持つ熱海が最近、若者や外国人旅行客からも人気だ。これまでと少し違うのは、ローカルな熱海を楽しみたい人が増えていること。「暮らすように泊まる」をコンセプトにしたguest house MARUYAならディープな熱海も味わえる。熱海の銀座商店街に位置するMARUYAは、地元民もくつろぎに訪れる空間。MARUYAが大切にしているのは、まち全体をひとつの宿に見立てる“まちやど”という在り方。熱海の地域活性化を手がける株式会社machimoriのまち宿事業部長兼MARUYA支配人の杉山貴信さんに、熱海に起きた変化、ゲストハウスだからこそできる体験などを語ってもらった。

本音と出会えるまちやどゲストハウス“MARUYA”

ゲストハウスは「多様な価値観を受け入れることができる場所」と語る杉山さん。MARUYAにはどんな宿泊客がやってくるのだろう。

「旅人みたいな人たちもいますし、熱海の街を楽しみたいという人もいます。リピーターの方だと、僕らスタッフに会いに来てくれる人も」

MARUYAに来たらまず手にして欲しいのが、スタッフお手製の熱海オリジナルマップだ。

「スタッフのおすすめのお店などを紹介するマップで、よく更新しています。紹介する内容も単純に美味しいお店を載せるんじゃないんです。たとえば、バックパッカーで旅をしていた人が開いた焼き鳥屋さんなど、お店や店主のキャラクターを案内できるように作っているので、情報量がとても多いんですよ」

地域に根差すスタッフならではのディープな情報。MARUYA滞在中は、カフェ&バーなどでスタッフや地元民と交わす会話も楽しい。

「スタッフが紹介した地域のお店に行くために、熱海に来たら毎回MARUYAに泊まってくれるお客様もいます。(家とは別の)もうひとつ、知っている場所がある感覚で来てくれるお客様も多いですね。熱海は面白い人が多いので、今まで出会わなかったような人と出会えるのかもしれません」

街も人も知り合いのような親しさがあり、滞在中は心ゆくまでリラックス。来れば来るほど馴染むように感じられるのが、MARUYAならではの空気感だ。カプセルタイプの客室は全個室の鍵付き。

日常の延長のような熱海でほっとしつつ、人々が気軽に行き来するゲストハウスには刺激もある。旅やゲストハウスが好きだという杉山さんが、MARUYA滞在の醍醐味を教えてくれた。

「旅先って全然知らない人がいますよね。だからなのか、いつもより自分をオープンに出せると思うんです。旅の間にぽろっと出た言葉が、『あ。自分ってそういう風なことを考えてるんだ』という気付きになる瞬間もあったりします」

旅先で見つける、自分自身の本音。それはMARUYAのように心の底からリラックスできる宿のおかげかもしれない。

銀行からゲストハウスへキャリアチェンジ

MARUYAのスタッフとして入社してから6年が経ち、株式会社machimoriのまち宿事業部長に就任した杉山さん。静岡県牧之原市に生まれ、海のある街で高校までを過ごし、大学は東京へ。

「その頃から海外に行き始めて、ゲストハウスに泊まっていました。オーストラリアやアメリカなど発展した国ばかりに行っていましたが、大学2年の時にカンボジアに行き、度肝を抜かれたんです。カンボジアではボランティアとして日本語を教える学校を訪れ、現地の子たちと話したりしました」

「それからアジアの国が気になって、大学3年の時に開発経済学の勉強を始めました。アジアの国々がどのように発展していくか勉強しながら、インドネシアにフィールドワークや現地調査に行ったり、いろいろな国を周ってゲストハウスにもたくさん泊まりました」

各国を周るうち、ゲストハウスで出会う人々からも刺激を受けたという。

「ゲストハウスを利用したのはお金がないからというのもひとつの理由ですが、ゲストハウスで出会う人々が面白いからでした。同じゲストハウスに泊まった外国人に僕が日本から来たことを話すと『明治天皇ってすごいよね』と言われたことも。一泊1000円くらいの宿なのに、すごいキャリアの人に出会えてお話しできたこともありました」

ゲストハウスだからこそ叶うコミュニケーション、築くことができるフラットな関係。

「肩書きとかが関係なくなる不思議な空間だと思ったんです。日本に帰ってきてからも国内のゲストハウスに泊まるようになりました」

大学卒業後は地元の銀行に就職。Uターンで故郷に戻ることに。

「ゲストハウスで働きたいという気持ちがあったのですが、やっぱりちゃんとした企業に勤めようと思ったんです。銀行では個人の融資担当で営業をやらせてもらいました。人と話すのが好きなので、営業という仕事も楽しいなと感じていました」

働き始めて2年目、ゲストハウスへの夢を諦めきれずキャリアチェンジすることを決意した。

「自分はいろいろな人に恵まれていることにも気付いていたので、本当に葛藤でした。職場の上司や先輩、店舗の皆さんにすごく良くしてもらったんですよ。辞めるときにパートの方々がランニングシューズをくれたのですが、『未来に走っていけるように』という願いを込めてくれました。人との繋がりがあって、僕はやれているんだなと感じました」

職場や家族から心配の声もありつつ、踏み出した新しいスタート。前職で得た経験は確かな力になっている。

「しっかりとした企業なので、新人研修で社会人の基礎を学ばせてもらえました。そういうスキルを身に付けてからゲストハウスに来られたのはすごく良かったです」

衰退の危機にあった熱海が若者注目のエリアに

夢だったゲストハウスで働くべく、生まれ故郷の静岡で転職先を探し始めた杉山さん。MARUYAにたどり着いたのは偶然だったのだとか。

「どんなゲストハウスで働きたいか、いろいろ考えていたんです。東京から近くてアクセスが良くて、海があって、祭りがあって……など考えた時、ふと『熱海だ!』と思ったんです。熱海に行ったこともなかったのに(笑)。それで熱海のゲストハウスをインターネットで探したらMARUYAが一番最初に出てきて、すごく面白そうだなと思って電話したんです」

直感を信じて履歴書を送り、見事採用へ。2018年に入社した後は着々とステップアップを重ねている。

「いろいろな人と話すのが好きで、ゲストハウスにいると多様な価値観を知れたり繋がりができるのが面白いです。ですが事業部長という立場になってからは、現場に立つ機会が減っちゃいました。今は頭を動かす仕事が多くて、ちょっともどかしいです(笑)」

新しい業務に試行錯誤しながら、これまでの経験を糧にまちづくりにもチャレンジ中だ。

熱海は海も山も温泉地もあるエリア。首都圏からのアクセスも良く、観光地として栄えてきた歴史がある。近年は人気が再燃し、若い世代やインバウンドの需要も高い。そんな熱海をさらに盛り上げようとしているのが、machimoriのメンバーたちだ。

「machimoriは熱海のまちづくり会社です。飲食事業から始まった会社です。僕が所属しているのはまち宿事業部で、エリアリノベーション事業部、社会共創事業部で構成されます」

熱海といえば昭和には新婚旅行や慰安旅行のスポットとしても人気が高かったが、平成に入るとその活気は少しずつ失われていった。

「熱海の街がすごく廃れていた時期もあったみたいです。銀座通りを歩いている観光客から『すみません、銀座商店街はどこですか?』と尋ねられるほどだったと聞いています」

衰退にあった熱海を盛り上げようと、たくさんの人々がまちづくりに取り組んだ。

「machimoriのエリアリノベーション事業部は空き店舗等を活用したエリア再生を手掛けています。例えばコワーキングスペースやシェア店舗の開発をするのが業務です。社会共創事業部は、熱海の地域課題を題材にした大手企業向けの企業研修事業等を展開しています」

さまざまな取り組みによって熱海は少しずつ変わって行った。衰退期から回復期に入り、熱海を訪れる観光客は300万人を超えるほどに。コロナ禍に落ち込みはしたものの、2022年には約230万人に復活し、国内外から多くの人が熱海を訪れている。

「MARUYAに宿泊するお客様は20代後半から30代のお客様が一番多くて、40%程を占めます。その次に30代後半の方々が20%程。それから10代のお客様という比率になっています」

若い世代が多く集まるのはMARUYAだけでなく、熱海という街が若者のアンテナにハマるところもあるという。

「熱海は街並みが昭和スタイルで自然も近い。多様な価値観がある現代で、タイムスリップしたような感覚やノスタルジーを感じたい若者が来てみたくなるのかもしれません。若者からの人気も高い熱海プリンさんの店舗が増えた影響もあると思います」

リピートしたくなる宿で関係人口創出を目指す

杉山さんは熱海に移住し、地域に寄り添って働いてきた。そんな杉山さんに熱海の魅力と課題を聞いてみた。

「熱海は観光地として人を受け入れてきた歴史があるからか、他から来た人を受け入れてくれるんですよ。僕が熱海に移住した2週間後に、熱海こがし祭りがあったんです。観光客向けというよりも地元の人たちのためのお祭りでしたが、来たばかりの僕も参加させてもらえて思い出になりました」

一方で、観光地ゆえの難しさも感じたという。

「お昼ご飯を食べようと外に行っても、手軽にさっと食べられるチェーン店が少ないんです。観光客向けの豪華なランチが多くて、価格も1,000円とか1,500円になっちゃいます。土日や繁忙期はすごく街が混みますしね。スーパーもひとつしかなかったり、新しい賃貸の住居がなかったり、住むには難しいところもあります」

「僕が熱海に移住しようとしたとき、賃貸情報サイトで物件を探したのですが、築年数5年以内で調べたら1件も出てこなかったんです。30年以内で探してもなかなかなくて、基本的に30年以上の住居が普通なんです。トイレ、風呂なしだったりします(笑)。街がレトロなのは良さでもあるんですけどね」

観光地としてのアップデートに成功した熱海だが、移住者など新しい風を取り込む土壌はまだまだこれから。

「machimoriがマチモリ不動産というグループ会社を作り、リノベーションして住める物件を増やす事業を進めています。ですが(建物の)数に限りもあるので時間はかかりそうです。この先、移住希望者や熱海で事業を始めたい人がもっと出てくると思うのですが、その部分はまだ作れてはいないですね」

観光で来て帰るだけではなく、熱海と深く付き合ってくれる関係人口を増やしたい。そんな未来を見据え、machimoriは多角的に事業を展開中だ。

「熱海が住みやすい街になって、バラエティ豊かな人が来るようになったら面白いですよね。ゲストハウスで働いているといろいろな人と会えますから、繋がりを作りたいです」

machimoriでは、これからに向けた大きな目標をすでに描いているらしい。

「現在は宿を3店舗運営していますが、熱海に27つの拠点を作りたいと代表が語っています。熱海の銀座商店街にはかつて、湯戸(ゆこ)という湯治場宿が27拠点あったことからヒントを得て、27拠点100部屋を作る目標を立てました」

杉山さん自身にも、MARUYAのまち宿事業部長として叶えたい夢がある。

「リピーターの数や熱海に関わってくれる人の数を増やしたいですね。100万人が1回来る宿よりも、1万人が100回来て、100万通りの楽しさがある宿を目指しています。熱海にはそのポテンシャルがめちゃくちゃあるんです。海のアクティビティも山のアクティビティも楽しめるし、温泉などでリラックスすることもできる。飲食店も豊富で、喫茶店やスナック、バーもあります。熱海に根付いた文化をいろいろ楽しんでほしいです」

MARUYAを拠点にすることで、もっとディープにもっと気楽に街を堪能できる。スタッフお手製のオリジナルマップ片手に、ローカル熱海を身近に感じる旅をしてみてはいかがだろう。

guest house MARUYA

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