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­酒屋6代目の「酒を売らない」決意。飲食のプロが通い詰める角打ち【ノミヤマ酒販】

福岡の都心部博多、天神エリアから北東へおよそ20km離れた場所に位置する古賀市。その古賀市の陸の玄関、JR古賀駅前にある商店街の一角で、1888年から営業しているのが老舗酒屋「ノミヤマ酒販」だ。「ノミヤマ酒販」は2018年のリニューアルを機に、営業方針を一新。「どこででも買える酒を大量に売り捌くのではなく、目利きした酒を丁寧に伝えていきたい」と、先代からバトンを受け取ったばかりの6代目・許山浩平さんは大きく舵を切った。2022年には同志とともに合同で株式会社を立ち上げ、古賀市の駅前にある商店街活性化のためにも力を注ぐ。老舗酒屋のリブランディング、そして故郷への思いについて、許山さんに聞く。

そこにしかない世界を表現したい

今日の酒類業界を取り巻く状況は決して明るくはない。「国税庁」が令和5年6月に提出した「酒レポート」によれば、成人1人当たりの酒類消費数量は平成5年前後をピークに年々、減少の一途をたどり、およそ100Lあった年間酒類消費量は令和3年の時点でおよそ74Lになっている。約25%もの減少だ。

もちろん、単純に酒を飲まない人が増えたという話ではない。レポートでは、「少子高齢化や人口減少等の人口動態の変化、消費者の低価格志向、ライフスタイルの変化や嗜好の多様化等により、国内市場は全体として縮小傾向にあります」(レポートより一部引用)とまとめてある。つまり、一言ではいえないほどに、年間酒類消費量の減少における要因は複雑だ。許山さんはそんな酒類を販売する酒販店の6代目。事業を継ぐにあたり、不安はなかったのだろうか。

6代目になった許山さんが真っ先に着手したのが環境の整備。その象徴的な一手が、店舗のリノベーションだった。そこには自分自身が憧れる、アンティークショップ「ジャンティーク」の在り方を重ねたのだという。アンティークショップと酒屋。共通点が見えない僕に、許山さんはこう教えてくれた。

「そこはアンティークものが好きな人なら知らない人はいないというくらいに素晴らしいお店で、扱っている商品、その見せ方、空間づくり、そのすべてにオリジナリティがあります。そこにしかない世界、という表現でしょうか。そういう場所を目指していきたいと考えました。家業を継ぐにあたっての不安が100%無かったといえば嘘になるかもしれませんが、それよりもこの老舗の酒屋をどうやって魅力的な場所にしていけるかを考える楽しさのほうが、圧倒的に勝っていました」

新しい売り場に据えたコンセプトは「並ぶ酒が輝く場所」。許山さんが愛するアウトドアのテイストを織り交ぜ、例えばディスプレイの棚にはその多くに木材を積極的に取り入れ、窓も広くとるといったように、誰にでも気軽に入れる雰囲気づくりに努めた。

5代目から6代目へとバトンが受け渡され、酒のラインナップもガラリと変化した。「以前、店で置いていたお酒はほぼないですね」と許山さんが言うように、純米酒や焼酎の品揃えが手厚くなり、クラフトビール、ジンなども気になるものがあれば国内外問わず、積極的に仕入れている。ワインはリニューアル後、新たにワインセラーを設置。造り手の理念、情熱が表現された自然派ワインだけのセレクトに切り替えた。イタリア、フランス産を中心に、幅広い国の造り手のワインを柔軟に取り揃えている。

共感の先で行き着いた“狂気”の角打

酒の売場をリニューアルする際、併設する立ち飲みの角打コーナーも一新。昭和の空気感はそのままに、洗練された空間へとブラッシュアップした。この角打で飲める酒も、今では同業者が驚くほどの品揃えになっている。

「自分が共感できるものを選んでいった結果、以前、角打で置いていたお酒は一つもなくなりましたね」と苦笑いする許山さん。

日本酒、焼酎、ジン、ワイン、一般的な飲食店では考えられないくらい、多種多彩なボトルがグラスで楽しめるように空いている。

「立ち飲みで安く、手軽に酔えるのがこれまでの角打だったと思いますが、うちの場合、そこに“出会いの場”という側面を持たせたかったんです。例えばボトルで5000円以上するようなワインをいきなり買うのはハードルが高いですよね。そういう高価なお酒でも、角打で一杯、数百円で気軽に試せたら、嬉しいじゃないですか」

好きな人、分かる人が見たら、そのラインナップはもはや“狂気”。それくらいに“通”も唸る品揃えだ。お酒に詳しくない人はもちろん、この角打にはフレンチやイタリアンのオーナーシェフやソムリエ、バーの店主、和食の料理人といったプロの飲食関係者たちも通い詰め、楽しくも熱心に、酒の知識を深めている。

「日本酒、焼酎といったお酒の造り手、ワインのインポーターを全国から招き、試飲会を開催することもありますよ。造り手の人となりを知れば、そのお酒への愛情が増しますから。これからも継続していきたいですね」

「売らない」イコール「つなぐ」「伝える」

酒の売り方における考え方自体も先代の頃とは劇的に変わった。許山さんが家業を継ぐにあたり、先代からは「何を売っても良い」と言われたのだという。

「つまり『酒以外も売って良いよ』ということなんです。昔と違って、今ではコンビニやスーパー、ドラッグストアなど、どこででもお酒は買えます。酒屋が酒だけを売っている時代ではない、そういう意味が込められていました」

そんな父親の言葉を受けて、許山さんが考え、出した答えが「酒を売らない」だった。許山さんは「売るのではなく、つなぐ、伝える。それが僕のやり方だと思っています」という。

一言で日本酒といっても、造り手の数だけ個性がある。それは焼酎やワイン、ジンだってそうだ。だからこそ、「単純な物の売買ではなく、一本に込められた思いをお客様へつなぎたい」と許山さんは言葉に力を込めた。

そして「酒には、その造り手の思想、人となり、そして情熱までもが表現されます。単純にお金をいただいて、お酒を渡して終わりではつまらない。お酒の面白さはもっと深いんです。ただ飲むだけでは知り得ないお酒の魅力を伝える。売り場も、角打も、そのきっかけとなる場でありたいんです」と続けた。

許山さん自身、本当の意味で酒が好きになり、興味を持てたのは、継ぐと決心してからだという。

「酒づくりに携わる人々との出会いが僕を変えました。僕の出会った造り手たちは、どんなにおいしいお酒でも“まだまだおいしくなる”といって努力を重ね、研究を欠かさない方ばかり。その飽くなき思いに触れるほどに、そのお酒のことが好きになりますし、自分自身も、もっと、もっと、学んでいきたいという気持ちが膨らんでいきます」

心が動く瞬間を大切にしたい

良い場所があり、そこに良い酒が置かれ、良い客を呼ぶ。そして、その客が定期的に店へと通う。こうした「ノミヤマ酒販」に良いサイクルが生まれているのは、決して偶然ではない。酒を、造り手の心と共に伝える許山さんをはじめとするスタッフたちがいるからこそ、好循環のループとなる。

「おいしいとは何か、よく考えるんです。今の僕の中では、それは“心が動く”ことだと思っています。単純においしいお酒って、舌だけが感じるものではないですから。おいしさの先に共感があり、さらにその先に心が震えるという感覚があると思っています。共感の量と強さが幸せにつながると信じて、積み重ねていくしかないですね」

許山さんが家業を継ぐにあたって目指した「ここにしかない場所」づくり。売り場や角打のリニューアルがハード面の再生なら、酒の売り方自体を変えるのはソフト面の改革。両輪があってこそ、前に進む。

ただ、忘れてはならないのが、その中心にある許山さんの姿。一度、酒を買いに行けば、分かる。許山さんの話は長い。ただ、その長さは熱量。伝えたい、知ってほしい、分かち合いたい、そんな許山さんの溢れんばかりの“酒愛”に触れると、もう他で酒が買えなくなる。ここで買いたい。許山さんから買いたい。そんなファンが増え続けているし、事実、僕自身、その一人になっている。

古賀を子どもたちが誇れる故郷にしたい

許山さんが目下、力を入れているのが、地元・古賀の活性化だ。そこには創業からの思いがある。このノミヤマ酒販の歴史をさかのぼると、創業の頃は酒屋ではなく、地域住民の人々の暮らしを支える商店で、酒に限らず、さまざまな衣食住の品々を販売していたという。その後、酒に特化し、現在に至るが、根底にあるのは「地元住民のために役立ちたい」「地域に必要とされる場所でありたい」という思いだ。

「地域が活性化するほど、お酒の需要が高まります。だから、会社的な立場からすると、酒屋業の延長線上に、商店街の賑わいを取り戻すという使命があり、活性化は自分たちのためではあるんです。ただ、個人の考えを話すと、何よりも子どもたちのためにやっている感覚が強いですね。僕にも2人の子どもがいます。子どもたちが将来、誰かに故郷の話をするときに『古賀って何もないよ』と言ってほしくない。誇らしげに語ってくれるような街であってほしい。そのために僕ができることをしたいんです」

2022年2月、同志と共に地元・古賀の商店街の活性化を目的とした「株式会社ヨンダブルディー」を設立。その事業の一環として生まれたのが「るるるる」だ。ここは、街の社交場ならぬ“食交場”を目指して誕生した食の複合施設。「飲食営業許可」と「そうざい製造許可」を取得したオープンキッチン、「菓子製造許可」を取得した菓子工房を備え、いつか自分の飲食店を持ちたい、菓子類の本格的な製造販売にチャレンジしたいという人々の夢を叶える場として運営する。また、3〜5坪のコンパクトな飲食のテナント区画も整備。施設内にはイートインスペースが完備されてあり、幅広いスモールスタートもバックアップする。

そのほかにも、商店街の活性化に向けた動きも水面化で進行中。古賀市の郊外にある温泉地「薬王寺温泉」を舞台にしたイベントを企画するなど、許山さんは古賀市全体の盛り上がりへ協力を惜しまない。

「商店街という昔から続く地域のコミュニティが今後も成り立っていき、老若男女問わず、楽しんでいけるような場にしていきたいですね。古賀は福岡市内へアクセスが良くて便利な上に、豊かな自然も、温泉もあります。街が賑わえば、それらの魅力もさらに引き立つと思うんです。将来、子どもたちの世代が地元、古賀という町を自慢できるように、古賀市全体をひっくるめて回遊できるように取り組んでいきたいですね」

セザンヌは学生時代から絵画に打ち込んできた許山さんが尊敬する画家の一人だ。そのセザンヌの絵画の特徴の一つに白い余白が挙げられる。その白は、あえて絵の具を塗らずに残した空白だ。

「色が塗られていないから未完成、というわけではなく、完成のために、色を塗っていない部分が必要だったのだと言われています。何事も、余白があるからこそ、面白みがあるし、完成されたものはつまらないと、僕は思うんです」

余白があるからこそ、そこに他者の解釈が生まれ、その人の物語が始まる。古賀の余白は、あなたの物語なのかもしれない。

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