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東京食材にこだわり提供するスカイツリーそばの飲食店【押上よしかつ】

東京在住の人が東京外の地域に旅行や出張で訪れたとき、その土地の名物やお酒を楽しむことは少なくない。大阪を訪れれば粉物を食べ、福岡に行けば豚骨ラーメンを食べ、新潟に行けば地酒を飲む。

逆はどうか。東京外の人が東京を訪れたとき、東京の名物や地酒を楽しむイメージが沸きにくい。東京がグローバル化に舵を切っている都市だから、という理由もあるし、そもそも東京の名物がよく分らない、名物を食べられる店が集中している場所を知らない、という理由もあるだろう。

驚くことに、2019年度の東京都の自給率はカロリーベースでは0%、生産額ベースでは3%だ。1998年の統計開始以来ずっとカロリーベース1%を維持してきた東京都だったが、この年は0.49%となり、四捨五入で0%になってしまった。

しかし、東京では肉も野菜も魚も、日本酒や焼酎・ワイン・ビールなどの酒も醸造している。

そのような東京の食材をまるごと楽しめるお店が、墨田区押上の「押上 よしかつ」。元は鐘ヶ淵でもんじゃ焼き屋だったが、押上に移転して東京食の専門店となった。

一カ所で多くの食材を仕入れられる東京の食材の入手先が無い中、店主の佐藤勝彦さんは知人を頼って生産者を知り、足を使って販売店を開拓することで全メニューのうち6~7割を東京の食材が占めるほどの専門店に育て上げた。

佐藤さんの、東京の食材との出会いやこだわりを伺い、東京産の食材を味わってきた。

東京の郷土料理と食材

東京は練馬・中村橋の出身の佐藤さん。大学は畜産科で都市農業を卒業論文に選び、卒業後、スーパーを運営する世田谷の企業に就職した。
「近くに畑があっても、そこで採れる野菜はスーパーで扱われていませんでした」

都市農業を学んでいた佐藤さんは矛盾を感じるようになり、1994年、26歳のとき墨田区の鐘ヶ淵でもんじゃ焼き店を始めた。

「北千住の近くで作られていたソースが好きで。それを使ってお店を始めたかったんです。また、以前から好きだった東京の日本酒『丸眞正宗』や、地元・練馬で採れるキャベツを扱いたいと思っていました」

もんじゃ焼きと言えば月島に専門店が並ぶ東京の名物。そのルーツは江戸時代と言われ、一節には小麦粉を水で溶いたもので鉄板の上に文字や絵をかき、焼いたものを「文字焼き」と言い、それがなまって現在の名前になったとされている。

「戦後には、安い小麦を使っておやつとして食べるものという位置づけがあったそうです。これを、東京の食材を使って作れば間違いなく『郷土料理』と呼べるのではないかと思いました」

そう考えた佐藤さんはさらに東京の食材を求めるようになった。しかし、オープンした1994年には「江戸東京野菜」(昭和40年代まで存在していた在来種・在来の栽培法に由来する野菜のブランド)はなく、また農家の直売所もなかった。

「近所の八百屋や酒屋に問い合わせても良い答えはなく、東京の酒や野菜を調達するのは大変でした」

そこで、出来るところからコツコツと東京の食材を集めていくことに。墨田区で採れる寺島ナスを地元の小学校の100周年イベントで知り、当時のご担当の方を紹介してもらったこともあった。

変化が訪れたのは2000年代。江戸東京野菜という言葉が生まれ、東京に直売所が揃ってきた頃のことだ。必然、佐藤さんは直売所を回るようになる。

「直売所を回り、東京の食材を学んでいきました。特に野菜は、1年に4回同じ直売所を訪れると季節の違いや旬が分ってきます。例えば2月・3月に旬を迎えると思われるジャガイモですが、それは長崎産だから。東京産のジャガイモの旬は6月・7月なんですよ」

世田谷区の複合農家では、住宅街にもかかわらず造園業・野菜栽培をしながら1,000羽近くの鶏を飼育している農家『吉実園』がある。以前は養豚も行っていたそうで、卵も軒先で販売している。

「鶏を放し飼いしているんです。飼料を工夫して環境ストレスを減らすことで、養鶏を知っている人からしたら驚きでしか無いほど臭いが少ない農家ですよ」

情報の揃っていない東京の食材を足で稼いで集め続けた。2022年7月現在、全メニュー中、東京の食材が占める割合は6割を超すまでになった。

バリエーション豊かな東京産の酒

(東京で造られる日本酒がこれだけ並ぶ冷蔵庫はなかなか見られない)

東京で作られているお酒といってもピンとこない人は多くないかもしれない。だが実は、東京産のお酒を飲もうと思えば、日本酒・焼酎・ワイン・ビールと様々な種類を楽しめる。

酒蔵の数は少ない。国税庁の関東信越国税局管内「酒蔵マップ」日本語版では新潟の清酒が90登録されているのに対し、東京の清酒の蔵元マップではわずか9つだ。

しかし、東京でも

「千代鶴(中村酒造・あきるの市)は麹の風味が立っていますし、澤乃井(小沢酒造・青梅市)は軟水の物腰の柔らかいお酒が多いです。十右衛門(豊島屋酒造・東村山市)なら米の味の強さがあります」

と特徴ある日本酒造りをしている。『東京港酒造』は23区唯一の酒蔵で港区・芝にあり、東京の米・麹・水の酒なども作っている。

(伊豆諸島で造られる焼酎は多岐にわたる)

伊豆諸島では焼酎も生産されているし、ワインは

「ぶどうも採れますし、稲城市で採れる梨でも梨ワインを作っています」

と、実に多彩なお酒が造られているのが実情だ。しかし、こうしたお酒を一手に集めて楽しめる飲食店はほとんどない。

こうした農家・酒蔵と関係を築き、佐藤さんは都内随一の東京食材の専門店を創りあげた。

料理やお酒を頂いてきた

東京の食材を活かした料理を実際に頂いた。

(つまみ4点盛り 左から真桑瓜、鯛の刺身、醤油皿を挟んで、だし巻き卵、豚肉)

まずは東京の食材100%で作ったつまみを4点盛りとして出して頂いた。

真桑瓜でも銀真桑瓜の一つ、本田うりは都内に生産者が一人しかいない。甘さ控えめのメロンのような味。日本酒の吟醸香で「メロンのような」という表現があるが、その香りを知っている人ならぴったりと思えるような芳香があった。

鯛は式根島で養殖されたもの。刺身に添えられている大葉は足立区産、わさびは江戸東京野菜の奥多摩わさび。モチモチした歯触りの鯛は東京産とは想像できない。

玉子焼は、立川の養鶏場の卵を使い、青ヶ島の塩で作った自家製の塩麹だけで味付けをしている。黄色の色味が濃く味も濃厚だった。

豚肉は東京のブランド『東京エックス』と青ヶ島の辛い調味料『鬼辛』を使い、醤油で焼いた。上にかかっているゴマは青梅産だ。脂の乗った旨みが感じられた。

ビールは練馬区内で栽培したビール麦を使った『練馬金子ゴールデンビール』。ペールエールのタイプでホップが効いており香りを堪能できた。2年ほど経つと、フルーティーな味わいに変わっていくのだとか。

次にもんじゃ焼きを頂いた。基本的には客が焼くが、頼めば焼いてもらえるそう。

小麦粉は東京産。キャベツは取材日が7月ということもあり東京外のもの。

「この時期は東京産の旬から外れるので、群馬や岩手のものを使っています。東京産のキャベツは10月から食べられますよ」

とのこと。ここで初めて東京産以外の食材に出会った。

自家製の八王子産生姜の紅ショウガはお好み焼き・焼きそばなどに使うのを前提に作っている。

焼いたもんじゃ焼きは、ソースや醤油で味付けして食べる。ソースは東村山産のさらっとしたもので、もんじゃ焼きの味を活かしつつ味付けしてくれるもの。醤油はあきる野市の丸大豆醤油で、ほのかに甘みを感じる。

こうした食材・料理に東京内外のファンがつく。東京を訪れた友人を次々と連れてくる常連客や、味わった伊豆諸島の料理の味に感銘を受けて現地に行く人も現れた。

「うちで食べて美味しかったら、島に行ったらもっと美味しいよ、とは伝えています。地域に足を運んでもらえるきっかけが出来るのはうれしいですね」

と佐藤さんはにっこり笑う。

利き酒師やワインのソムリエ・野菜ソムリエなど様々な飲食の資格を持つ佐藤さん。そのときにある季節の食材やお酒を合わせて提供するが

「食べ物とお酒のペアリングをするのは当たり前のこと。同じお酒でも季節で味は変わりますし、東京の代表的な野菜である小松菜は、1月頃は甘みがあり、温かくなると辛味や苦みが強くなります。季節に合わせて自然に美味しく感じられるペアリングを心がけています」

と一手間加えた工夫を語る。

なお、のれん、入り口のスロープ、テーブル席の椅子なども東京産の素材を使っているとのこと。食材だけでなく様々なところで東京を感じられる。

東京の食材を活用しきれていない

昭和40年代から東京都は、市街化の推進で農地を減らしてきた。その後、農地を保護する政策と農地の宅地化を促進する政策のせめぎ合いがある中でも

「東京はグローバル化を目指す方向性が強く、地域の特性は無視されがちです」

と農業が伸びる要素はなかなか見つからない。しかし押上は2012年に東京スカイツリーが開業し、人の流れが変わった町だ。地域外から観光客が来て、買い物をし、観光し、食事をする。
チャンスではあるが、依然として東京の食料自給率は高くなく、東京の食材を扱う同業者も多くは出てこない。

「例えば災害時には、東京の農業が都民の食事情の助けになるなど地域への貢献があるはずです。そういう面を見てもらって、もっと国や自治体が支援してくれると嬉しいですね」

税制を含めた支援が増えることで東京の食産業が良い方向に進んで欲しい、と願っている。

恵まれていない東京の生産環境だが、確かに生産者は奮闘し、美味しい商品を作っている。佐藤さんいわく、まだまだ東京の食材を活用しきれていない。

今ある食材を使い切りたい、もっと都内各地を回って生産者を知りたい、東京湾の食材をもっと活用したい、とやりたいことは尽きない。東京の食材を使ったお店を作りたい人がいれば協力も惜しまないそうだ。

0から生産者との関係を築き、食を提供する立場で東京の名産を普及する佐藤さんの奮闘は今も続いている。

参考情報

押上 よしかつ住所:東京都墨田区業平5-10-2
電話:03-3829-6468
営業時間:
月~土、祝前日: 17:00~翌0:00 (料理L.O. 23:55 ドリンクL.O. 23:55)
日、祝日: 11:30~14:00 (料理L.O. 14:00 ドリンクL.O. 14:00)
17:00~翌0:00 (料理L.O. 23:55 ドリンクL.O. 23:55)
ランチ営業は日曜・祝日のみ 11:30~14:00
日曜・祝日ディナーは事前にご予約がある時のみ営業致します

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