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「農業を核とした」産業ブランディングへの挑戦【埼玉県深谷市役所】

「深谷ねぎ」は、言わずと知れた深谷市の名産品で生産量日本一。また、深谷市は野菜全体の産出量も全国トップクラスで、古くは江戸時代から首都圏に多種多様な農産物を届けていたことから「関東の台所」と呼ばれて親しまれてきた。でも、ちょっと待って。令和の時代でもこのキャッチフレーズでいいのだろうか。

畑にはスマートグラスをかけた農家さんや自律走行型ロボットが農作業を行い、街には農作物をつくりに、味わいに人が集まっている。それが深谷の「現在地」だ。農業を核とする街づくりのキーパーソンである産業振興部産業ブランド推進室の福嶋隆宏さんと、ネギの角がキュートなゆるキャラ「ふかっちゃん」の足跡からこれからの街の展望を見ていこう。

※本記事は「ふるさとチョイスAWARD2021」時の内容となり、最新の状況と内容が異なる場合がございます。

目指すモデルは「農業版のシリコンバレー」

全国でも指折りの生産額を誇る「野菜の街」深谷市が、2019年に大胆なブランディング構想を掲げた。一次産業の衰退に悩む他府県の自治体がざわめいた内容はこうだ。「儲かる農業都市ふかや」を実現する。それに向けて二本柱の戦略が立てられた。

  • 新たな企業を誘致するための「アグリテック集積戦略」

アグリテックとは、「アグリカルチャー」と「テクノロジー」を掛け合わせた造語である。構想を描いた産業ブランド推進室の福嶋さん曰く、「アグリテック集積戦略を簡単に言うならば、深谷市を農業版のシリコンバレーにすること」だった。

  • 人を呼び込むための「野菜を楽しめるまちづくり戦略」

深谷市といえば、近代経済の父といわれる渋沢栄一の出身地である。かつて渋沢が「道徳経済合一説」を唱え、およそ500もの企業の設立と、600を超える教育機関や社会公共事業の支援などに取り組んできたその場所で今、福嶋さんらは日本の産業の発展に資する企業や人財を輩出することを目指していた。

相棒は“ネギ頭”のふかっちゃん。つぶらな瞳で深谷市民の心を掴んで離さない頼もしい「街の応援団長」とともに、街全体を巻き込んだ令和の産業振興プロジェクトが始まった。

農業イノベーターよ、深谷に集え!

シリコンバレーというからには企業が集積しなければ始まらない。そこで深谷市は、アグリテック(深谷市の農家が抱える農業課題を解決する技術)を表彰する「DEEP VALLEY Agritech Award」を主催した。最優秀賞を受賞した企業への出資賞金は1000万円!ベンチャー精神をくすぐるアワードだ。

その出資金は「ふるさと納税」の寄付金から捻出したものだった。

「深谷市は、2019年度に「産業価値創出基金」を設置し、寄付者の皆さまから本市産業のブランディング「儲かる農業都市ふかやの実現」の使い道を選んでいただいた寄付を、基金に積み立て、毎年事業に投資する仕組みを確立しました。これにより、これまで自治体として取り組むことが難しかった、非常に難易度の高い複数のプロジェクトに挑戦する環境が整いました」(福嶋さん)

これまで何かを実行しようとする時に資金調達という壁の前で立ち往生する自治体が多かった中で、福嶋さんはふるさと納税の指定寄附を有効活用するという柔軟な思考と対応力で乗り越えてみせた。

地場産業である農業の活性化に向けて役場が見せた本気の挑戦は、元来、農業を生業にしてきた街の人たちにとっても、よもや、鴨が葱を背負って来たレベルの大チャンスだったに違いない。

「アワードには毎年、約20から30のこれからの日本の農業を牽引するアグリテック企業が参加してくれています。今年は受賞企業を中心としたグループによる国のスマート農業実証プロジェクトも市内でスタートしました。また、市内に活動拠点を設ける企業が3社、そして、本社機能を本市に集約し、代表を含む社員が移住をする企業も出てきました。戦略の成果は確実に現れ始めています」(福嶋さん)

深谷市は、アグリテックを「つくる側」の企業に向けてアワードを主催する一方で、「使う側」である農業者にはアグリテックを導入するための補助金も準備した。両輪が揃ってこそ、農業のスマート化は前進する。

「野菜の街」から「野菜を楽しめる」街へ

ところで、日本各地で将来的な弱体化が危ぶまれている「農業」を中心とする産業の強化が本当に街に必要なのだろうかという疑問の、福嶋さんの解はこうだ「今でも深谷市の野菜の年間産出額は全国の市町村の中で6位、農業全体でも20位前後で推移する、農業の盛んな街なのです」。

街の他の産業が低迷する中で地道に育んできた農業に、街のアイデンティティを形成するだけのポテンシャルが潜んでいることを信じていた。

「街の強みである農業や野菜を活用して、『野菜を楽しめるまち』という深谷市の新たなイメージを確立し、旬や季節に応じて発見や体験を求めて何度でも訪れたくなるという観光回遊の価値観を生み出す。そのための『野菜を楽しめるまちづくり戦略』です」

農業を軸とした街をつくる施策の目玉は「ベジタブルテーマパークフカヤ」である。

「知ることで、味わうことで、験(ため)すことで、買うことで、深谷の野菜は最高のレジャーになる。『ベジタブルテーマパーク フカヤ』では、野菜にまつわるさまざまな企画や商品を通して、生産地ならではの「野菜の楽しさ」をお届けします」(「ベジタブルテーマパーク フカヤ」公式ウェブサイトより)

  • 「深谷テラスパーク」:深谷の魅力を発信する市の総合施設。円形広場や野菜や花をモチーフにした大型遊具、じゃぶじゃぶ池などを配置した約15,000㎡の公園緑地(調整池約4,200㎡を含む)。
  • 「ふかや花園プレミアム・アウトレット」:地元の人も食事をしに立ち寄りたくなる、テラス席を含め約800席を設けた、埼玉県初のカフェ併設型アウトレット店。深谷の特産物を使った料理や店舗限定メニューが味わえる。
  • 「深谷テラス ヤサイな仲間たちファーム」:マヨネーズのキユーピーが2022年5月末に開業した複合型施設で、レストランや体験農園、野菜教室など様々な形で野菜の魅力を体験することができる。

地元農家たちから広がる輪

「ベジタブルテーマパークフカヤ」の取り組みは市中でも広がりを見せていた。街の至る所で野菜や農業を楽しむことができる街へ。本当の意味での「野菜の街」に進化しつつあった。その一翼を担うのが、「地域通貨ネギー」だ。

「ネギー」とは、いわゆる「まちのコイン」。使えば使うほど人と人が仲良くなり、地域の活性化につながるコミュニティ通貨(電子地域通貨)サービスとして全国で活用されている。

これまで深谷市は、市内の飲食店を巡ってポイントを集めたら「地域通貨ネギー」がもらえるという、深谷の野菜を楽しんでもらうためのポイントラリーなどを実施してきた。

また、コロナ禍では「地域通貨ネギー」を活用してテイクアウト・デリバリー飲食店支援を行ってきた。この飲食店支援の取り組みに共感し参加した1人に、深谷市内で農業を営む「力丸農園」の力丸さんがいた。

「力丸農園」の力丸さん(写真中央)

「飲食店の時短営業などで、自身の外食向けに生産していた野菜が行き場を失っていました。それらの野菜を市内の飲食店に無償で提供し、地域の飲食店が少しでも元気になってもらえる取り組みを、深谷市、市内の青果市場内販売所、及び飲食店と連携して開始しました。受け取った飲食店からは、週末のランチメニューに使っていますというお声もありました」(力丸敦夫さん)

野菜を廃棄せずに使ってもらえる生産者と、売上が落ち込む中で新しい野菜を無償で試せる飲食店が、期せずして訪れた「非日常」の日々によって繋がったことで、また一歩、野菜で活気づく街に近づいた。

深谷はどこよりも野菜を楽しめる街だった。“ネギー”を持って行かなくちゃ。

埼玉県深谷市

DEEP VALLEY

ベジタブルテーマパークフカヤ

地域通貨ネギー

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