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「これまでの常識に“一石”を投じる」廃線跡の石を資産に変えた役場のアイデア【音威子府村若手まちづくりグループ】

人口700人弱、北海道で一番小さな「音威子府(おといねっぷ)村」から奇想天外な缶詰が誕生した。中身は石だ。モノづくりの現場でストーリー性が重要視されるようになって久しいが、この缶詰はある種の帰着点。角の取れた、ま〜るい石は反響を呼び、村のファンを増やすことになった。

缶詰を企画したのは、地域振興係の横山貴志さんを筆頭とする役場のメンバーだった。物語の始まりは、今からおよそ95年前、JR宗谷本線の全線開通にまで遡る。鉄道とともに発展してきた音威子府村の歴史が詰まった一つの石にまつわるストーリーをひもとくと、地域の根底にある本質的なモノの価値が見えてくる。

※本記事は「ふるさとチョイスAWARD2021」時の内容となり、最新の状況と内容が異なる場合がございます。

鉄道は音威子府村の暮らしに欠かせない

北海道で1番小さな村と言われる音威子府村には宗谷本線の駅が4つある。

JR北海道の宗谷本線は旭川と稚内を259.4㎞で結ぶ路線で、かつては稚内で樺太への航路と接続するなどの重要な役割を担ってきた。また、沿線地域住民は通勤通学に利用してきたが、時とともにその数は減り続け、JRが平成28年に公表した「単独では維持が困難」という13区間に名寄-稚内間が含まれた。

音威子府村にある4駅のうちの3駅、筬島駅、咲来駅、天塩川温泉駅は、JR北海道が示す「極端にご利用の少ない駅」に該当する。いわゆる廃止候補駅だ。

「令和3年度は維持管理経費を負担し、全駅を存続させることとしました。しかしながら、1つの駅を1年間維持するには約100~200万円が必要となる見込みで、この3駅すべてを自己負担のみで残し続けていくのは音威子府村の規模からも大変厳しいと言わざるを得ません」とは、役場の横山貴志さんの言葉である。

昭和38年に「常盤村」から現在の村名に改称し、かつては天北線という鉄路の分岐点であった音威子府村。ここには開村まもなくから北へと続く主要鉄道幹線を支える「鉄道の村」として発展してきた歴史がある。

「未来の宗谷本線のために何ができるだろうと、村の職員は仲間とさまざまなアイデアを具体化する活動をしています。その一つが『音威子府村 みんなの駅プロジェクト』です。鉄道や駅は、出張や帰省、観光、趣味など居住地や利用理由を問わず、みんなが利用するものです。それぞれの人にとっての駅を、より多くの皆さんで利用したり、きれいにしたり、維持支援したりと、“みんなで、できることから”取り組もうというものです」(横山さん)

このプロジェクト推進のために、村の有志グループ「音威子府村若手まちづくりグループ nociw*」とともに特別返礼品として企画されたのが“線路の石”の缶詰だ。

「村への1万円の寄付で、石しか入っていない缶詰が1個。そんな返礼品でも、村の年間寄付額の1割近くにものぼり、まさにこれまでの常識に「一石を投じる」形となりました」(横山さん)

されど石。廃線跡から新しい価値を創造する

「石缶詰」を詳しく見てみよう。

中には玉砂利もしくは砕石が1〜2つ。JR北海道の線路の石ではなく、音威子府からかつて分岐していた、旧国鉄天北線(音威子府~浜頓別~南稚内)の鉄道線路跡(村有地)にある石。それをみんなで採取、洗浄・コーティング処理し、村の施設で詰めている。

「天北線や上音威子府駅も、同じように利用者減のため廃線となってしまった鉄道ですが、今もなお跡地には鉄道愛好家が多く訪れ、地域の名所にもなっています。廃線から30年以上経過しているため線路跡は森に戻りつつありますが、そこには鉄道があった証である『線路の石』が残っています」(横山さん)

自然に還りつつあるだけではなく、“鉄道があった”ことを知る人も少なくなりつつある中で、「負の遺産」である廃線を鮮やかに資産に転じて見せた。

よくよく見ると、石は丸い。

そもそも線路になぜ石があるのかご存じだろうか。国土交通省のウェブサイトによると、その石はただ転がっているのではなく、列車の重量を分散させ、線路の路盤に荷重が均等にかかるようにするために敷かれているのだという。また、石と石とが重なり合うことにより、列車が走る時の振動を軽減する役割もあるようだ。(参考:国土交通省「キッズコーナー」)

本来、石は角張っていたのだ。今ではつるりとした石肌は、往来する列車を安全に支える役割を終えたことを静かに物語っていた。

「買えない缶詰」はファン獲得の一手

かつてレアな缶詰めといえば、富士山やハワイなどの「空気の缶詰」が流行ったように、「石缶詰」も売上を伸ばしているのだろうと思っていたら、まさか売っていない。

「この線路の石の缶詰は、あくまで音威子府村のふるさと納税の返礼品です。村の財源確保を目指すだけではなく、より多くの皆さまに音威子府村のことを知ってもらい、さらには村の応援団になってもらえるかが、北海道で一番小さな村にとっては最重要であると考えています」(横山さん)

手に入れてなお、村の未来に投資することができる。

石の物語には最後まで人の心を動かす仕掛けが詰まっていた。売らない選択をした音威子府村役場には、石でも売れる営業スキルがある。これからどんなアイデアで驚かせてくれるのか楽しみだ。

北海道音威子府村

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