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「ヒラクルビルから街も心も開け」行政と歩む多治見市のまちづくり【ヒラクルビル】

岐阜県多治見市の多治見駅近くに位置する、人が集まる複合施設「ヒラクビル」をご存じだろうか?ヒラクビルを運営するのは、「たじみDMO」(一般社団法人多治見市観光協会)。2022年4月に、一般社団法人多治見市観光協会、多治見まちづくり株式会社、株式会社華柳が統合し、たじみDMOへ生まれ変わった。「まちを元気にする」をコンセプトに、空き家の利活用やイベント運営、街の情報誌『A2web(あっつう)』発行などに取り組んでいる。多治見まちづくりのメンバーとして地域に携わってきた小口英二さんに、ヒラクビルを拠点としたまちづくりについて伺った。

ヒラクビルで多治見をもっと開けた地域に

多治見駅から徒歩5分、ながせ商店街の一角にヒラクビルはある。中に入ってみると、赤い絨毯が敷き詰められた空間がなんともレトロでゴージャスだ。というのも、ヒラクビルの前身は宝石や時計を売るお店だったから。

「『宝石・時計・メガネのワタナベ』が閉まったのは2013年でした。閉店後はしばらく空きビルで、シャッターは閉じたまま。ですが僕はここを見たときに、いい物件だなと思ったんです。建物の真ん中にドーンと階段があったり、大きなウィンドウのそばにカウンターがあったりします」

「ワタナベプロジェクト」と名付けられたビル再生事業が始まったのは、2017年のこと。リノベーションを遂げたヒラクビルには現在、本屋、喫茶店、シェアオフィス、レンタルルームが入っており、さまざまな人がこの場所を行き来している。

「ここを『ヒラクビル』という名前にしたのは、多治見がもっと開いていくようにという意味もありますし、ここに来た人の心や目が開いて、新しいことが始まっていくことを狙っています」

テナント募集において、一階に「ひらく本屋 東文堂本店」を作ったのにはある理由があった。

「物件探しでこのビルを見たときに、本と何かを掛け合わせた店ができるといいなと思ったんです。ちょうど、駅前にあった東文堂(地域の老舗本屋)さんが再開発事業でお店を移転しなければならないと聞いたので、一緒にやりましょうよと声をかけたんです」

ひらく本屋では絵本作家を招いてイベントやユニークな展示を積極的に開催。本屋といっても本を選んで買うだけの場所ではないようだ。

「広さがそれなりにあって時間を過ごせる場所って、これまで街にあまりなかったんですよ。用事だけ済ませて帰るみたいな商店街でした。本屋を作れば絶対に人は立ち読みするし、時間を過ごす場所になります」

ヒラクビルでは滞在時間を増やすために、たくさんの工夫を凝らしている。「喫茶わに」では本を持ち込んで読書可能。レンタルスペースやシェアオフィスも快適な空間となっていて、居心地が良いのが魅力だ。

ヒラクビルでまちづくりの輪を広げる

気軽に立ち寄れる本屋や喫茶店が入っているヒラクビルは、多治見のまちづくりの拠点でもある。

「(レンタルスペースなどが)会議でよく使われています。ここで企画が生まれたり、何かやろうとしてる人たちが集まったりしています。ヒラクビルがそういうスペースになっていることがありがたいです」

では、どんな人が集い、多治見の未来について意見を交わしているのだろう。

「商店街の人たちや、水野君(多治見市にあるギャラリーショップ『地想』の店主)、花山君(多治見市の陶磁器ショップ『山の花』店主で陶磁器キュレーター)など、街を変えていきたいと考えている人たちが来てくれます。大学生が視察に来たり、高校生が授業をしていたりもしますよ。何かしら街に関わりたい人たちを繋いでいく役割が、僕らの組織やこの場所にあるのかもしれません」

多治見といえば、古墳時代から続くやきものの街。市内には陶芸の専門校があって、伝統と技術の継承に力を入れている。一方で、その特色を活かしきれていないという課題もある。

「やきものの街らしさをもっと感じてもらえるといいなと思っています。多治見駅を降りると大きな陶壁があるのですが、その他にはあまりないんですよ。川まで行くと橋などにオブジェがあったり、飲食店に入るとやきものを使っていたりするんですが、ぱっと見ではわかりにくいんです」

やきものを求めて多治見を訪れた人が、せっかくの作品を素通りしてしまうことも。多治見の魅力に気づいてもらうべく、ヒラクビルでは陶芸の展示などの取り組みを始めている。

「『地想』の水野君がヒラクビルを紹介してくれたり、僕らがまた別のスポットを紹介したり。『いいな』と思う多治見を紹介し合うのが、最近の多治見の姿だと思います。若い人たちがビジネスにチャレンジして、いい店作りに取り組んでいます。励まし合いながらチームを作って展開し、段々と行政の計画作りにも参加するようになってきました」

移住者を応援し、見守る多治見の空気感

長野県岡谷市出身の小口さんが多治見市に移住したのは2009年のことだった。移住前は、金沢でコンサルタントの仕事をしていたという。

「大学進学をきっかけに金沢に行ったのですが、途中で大学を辞めて、昼夜問わず仕事をしていました。そのときにまちづくりに興味を持ったんです。挫折も経験しつつ、金沢市のまちづくり会社へ進みました」

そんな折に小口さんの胸に生まれたのが、地域と近い距離感で仕事をしたいという想い。

「金沢で働いていたときに大きな影響を受けた先輩がいたんです。行動力やコミュニケーション能力、マーケティング能力なども高いのですが、人から信頼される先輩でした。その先輩から『多治見はこれから、人を投入してしっかりまちづくりをするみたいだぞ』という話を聞き、応募したんです」

小口さんが多治見に来て驚かされたのは、地域の人たちの温かい空気感だったそう。

「陶芸作家さんをよく受け入れていますし、ウェルカムな街ですよね。この地域で何かやろうとしている人を応援する空気感がすごく強いです」

移住当初は、多治見まちづくりの専任スタッフといえば小口さん一人きりと言っていい状態。そこには地域からの大きな期待を感じられたという。

「その当時、多治見の市議会では『まちづくりができる若い子が金沢から移住してきた』という発言があったそうです。移住してきてまだ何の活動もしていないのに、広報で市長との対談が組まれたり(笑)。よそ者を受け入れてくれるし、応援してくれるし、見守ってくれる。やる気にさせてくれるところなのかもしれません」

行政と歩んできた二人三脚をこれからも

ヒラクビルの「喫茶わに」は、たじみDMOの直営店。働くスタッフは、地域の一員としての当事者意識を持っている人ばかり。

「海外経験があって人と人とを繋ぐことをやりたい人、自身もアーティストとして活動している人もいます。陶芸作家として活動しながらアルバイトをしている人もいるんですよ」

多治見でやりたいことを見つけ、その実現のためにチャレンジする。街と人とがwin winの関係性を構築しつつある。

「そういうのも相まって、会社をちゃんとしていきたいと考えているんです。街の皆さんがうちの社員のことを可愛がってくれますし、行政と一緒に仕事を作ることができています。売上を意識して仕事を作ってきたことで、お金を稼いで会社が回るようになり、結果、弊50人ほどの従業員がいる会社になりました」

全国各地に地域活性を目的とした会社はいくつもあるが、規模の拡大は簡単なものではない。

「街のために仕事をする専属スタッフが50人いるということは、多分すごい話じゃないかなと思っています。だからこそ結果も出さなきゃいけないですし、街の皆さんからもっと頼りにされたいですね」

街の活性化を目指して活動してきた小口さんたち。2019年にヒラクビルができてから、多治見の街並みに、ある変化が生まれ始めたという。

「毎年、商店街を含めた中心市街地で歩行者の通行量調査をやっていまして、ヒラクビルができる直前の調査とその後の調査とでは通行量が倍増しました。2020年からはコロナ禍になりましたが、その中でもまだ増えているような状況です」

人が集まるスペースを作った意義が、数字としても現れ出した。予算を投入した行政としても、ひとつの手応えとなったはず。(※ヒラクビルのリノベーションに行政補助金は入っていません。)

さらに、多治見市役所や多治見商工会議所、たじみDMOなどが支援する「たじみビジネスプランコンテスト」が開催されると、熱意ある応募が集まったという。

「多治見市内で開業するためのコンテストで、初年度の応募数は25件、毎年20件位の応募があります。グランプリを獲る獲らないに関わらず、その応募者のおよそ半分は実際に開業しているんです」

ここまで街に変化が現れたのは、行政の協力が大きいと小口さんは振り返る。

「僕が多治見に来て13、4年になるんですけれども、市の担当者はずっと『この会社をもっとよくしたいよね』というスタンスで一緒に考えてくれました。市役所や市長もですが、『どんどん楽しいことをやってくれ』という雰囲気で接してくれることの影響は大きいです。いろんなことをやらせてもらえますし、協力してくれます」

さらに、地域住民はもちろん、外から多治見にやってくる人のエネルギーも加わり、ますますこの街は面白くなってきそうだ。訪れた際は、ヒラクビルの本屋でゆっくりしたり、展示やイベントに足を運んでみたりするのがおすすめだ。

ヒラクビル

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