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「新町ビルは地域のコンシェルジュ」産地を想う“おせっかい”な発信者【新町ビル】

2019年9月に岐阜県多治見市にオープンした「新町ビル」。4階建ての空きビルを再生し、各階にやきもの、アート、ファッションなどの作品が並ぶセレクトショップへと生まれ変わった。多治見駅からは徒歩15分ほどで、街並みを散策しながら訪れるのにぴったり。陶芸作家も通うという新町ビルは、多治見らしさを感じる作品と出会える場所だ。新町ビル4階「地想」のオーナー水野雅文さんの、やきものを中心とした事業展開に込めた想いとは。

作家の個性に寄り添うセレクトショップ「地想」

築50年ほどの4階建ての建物をリノベーションした新町ビルは、一歩足を踏み入れると、やきものやアートの世界が目の前に広がる。

1階は、さまざまな作家の展示が行われるイベントスペース。飲食の出店など、ポップアップイベントの空間として利用することもできる。2階に上がれば、セレクトショップ「山の花」に陶芸家の作品が並んでいる。3階は展示スペースとして不定期で活用している。4階の「地想」は、ファッションやインテリアを扱うショップだ。

「2階の『山の花』は岐阜県の焼き物に特化したセレクトショップで、友人が運営しています。4階が僕のお店なのですが、日常で使う器や置物、洋服も扱っています。独特な立ち位置なので、アクのあるものを扱うデザインショップと言われたりしていますね」

地想にどんな品を置くか決めるのは水野さん自身。目利きの軸となっているものを伺った。

「作家さんやアーティストの作品に関しては、唯一無二をテーマに掲げています。個性を強く感じるものというか、パッと見た印象や技法も含めて、作っている本人が何に特化しているかを見ています。『これは他にない。誰かに紹介したい。』というものを選んでいますね」

地想ではアパレルも販売する。作務衣のテイストが漂うジャケットやパンツ、心落ち着くアースカラーのファッションアイテムが揃う。

「『寄り添う』をテーマにしています。僕が設定しているペルソナがあるんですけど、それは架空の陶芸家。その陶芸家さんがこんな洋服を着ていたらいいな、その人の個性を引き出したいな、というものを選んでいます。一見するとアバンギャルドなものでも、割と誰でも着やすいと思います。小物も入れたら、全部で6、7ブランドを扱っています」

新町ビルは地域のユニークなコンシェルジュ

岐阜県生まれの水野さんだが、高校を卒業してからは名古屋で暮らしていた。再び岐阜へ戻り、新町ビルを誕生させたのはなぜだろう。

「僕は岐阜県瑞浪市出身で、多治見市と同じ東濃と呼ばれる地域で育ちました。高校を卒業してこの地域を離れたときに、この辺りはやきものが有名だということに気づいたんですよね。それからずっと名古屋で生活していたんですけど、年齢と共にやきものに対する興味が深まっていきました。いずれは岐阜県で自分のお店をやりたいという思いがあり、今のお店になりました」

名古屋では、アメリカの古着や雑貨、家具、コレクションブランドの輸入販売の仕事に携わった。バイヤー業務のほか、イベントの企画運営やマネジメントを経験。13年ほどその仕事を続けていたところ、とある友人とのご縁がつながった。

「名古屋出身の友人(2階『山の花』の店主)が多治見に10年ほど住んでいたんです。友人は当時、やきもののブランドをやりながら、お店を開ける場所を探していました。そのとき友人がこの場所(新町ビルの前身)に出会って、一緒にやろうという話になりました」

水野さんの前職での経験が随所に散りばめられ、新町ビルは枠に収まらない空間となった。

「(新町ビルのことを)わかりやすいようにセレクトショップと呼んではいるんですけど、ショールーム的な立ち位置もあるし、地域のコンシェルジュのようなイメージを持ちながら活動しています」

多治見が持つやきものという特色を浮かび上がらせつつ、売上が成長傾向にあることもこの店の大きな特徴である。

「この地域でこういうスタイルでお店をやっていると、『お客さんなんて来るの?』『売れるの?』と聞かれたり、『オンラインストアで頑張っているんだよね』と言われたりします。ですが現場での売上は上がっていますし、お客さんは東京や遠方からも来てくれます。2019年にオープンしてこの3年、ウィズコロナの時期でしたが集客も売り上げも上がっています。

自信を持ってお薦め出来るものを揃えて、オンラインに頼らずに地力を高めてきたので、新町ビルは意外と小売り業がメインなんですよね。固定費やランニングコストはかかりますが、小売業だってやり方次第だと思います。小売りをメインに据えて続けることで、イベントの企画運営など他の業務も比例して増えてきました」

いいものを取り揃え、作り手と買い手をつなぐ。そうして得た利益は、地域を応援する活動へと活かされている。

「最近だと自分たちでクラフトイベントを立ち上げています。今までにこの地域に少なかった、作り手が活躍する場をどんどんアップデートできるし、新たに作り上げていくこともできます」

そう語る水野さんから伝わるのは、夢に向かって前進する力強さ。最近は新町ビルを訪れる人から、こんな質問をされることが多いのだとか。

「何か作品を作っているんですかという質問をよく受けます。そのときにはっきり言うようにしているのは、『場を作っています』ということです。場を作る側の自分たちと、物を作る側の人たちがいて、対等に個性をぶつけ合えるから成り立つ空間があるのかなと思っていて、そんな場所にしたいというイメージを持っています」

東京と地方でアートを循環させる仕組みづくり

やきものを中心とした、個性光る作品が揃う新町ビル。市内外からはどんな人が新町ビルを訪れるのだろう。

「デザイン関係、建築関係、カメラマンさんなどたくさん来てくれますよ。それから多分ですが、日本で一番陶芸作家さんが来ているお店だと思います。やっぱりこの地域には作家さんがめちゃくちゃ多いですし、やきものの生産量は日本一ですから」

展示テーマがやきものでなくとも、陶芸作家を始めとした地域の人たちが通ってくれるという。

「この地域って、結構いろんなものに対して寛容。何かを展示すると、作家さんに限らずやきもの関係の方が足を運んでくださいます。たとえばガラス。やきものを扱っている方たちにとって、ガラス独特の透明感や素材には惹かれるものがあるんだと思います」

新町ビルを訪れるのは30代から60代の人がメインだが、20代後半から40代前半の人も多いそう。若手の陶芸作家は、水野さんにこんな相談をすることも。

「在廊するときにどんな服を着たらいいのか相談に来てくれる陶芸作家さんもいます。僕が設定した架空のペルソナに当てはまっている部分もあって、その方が作っているものや体型、個性と照らし合わせてお洋服を選んだりしているんです」

新町ビルでは、市外の作家の作品も扱っている。たとえばカラフルな作品がユニークなはっとりこうへい氏は東京出身。色彩彫刻という独自の技法を駆使したアーティストだ。

「はっとりさんは各作品に対して、色を一色ずつ100回以上塗って乾かして作品を作ります。赤を塗って乾かし、青を塗って乾かし、黄色に塗って乾かし……、これを100回。そうすると中に色の層ができるんです」

ぱっと見ると一色に見える部分が、その中に100色が積み重なっている。そこを彫刻刀で削ると、色層があらわになるのだ。

「東京でもの作りしている人はすごく多いんですけど、埋もれてしまっていることもあります。だから僕は知名度に関係なく面白いと思う人がいればお声かけしているんです。都会よりも産地もしくは地方だからこそ、新しいトレンドを発見できることもあるかもしれません。新町ビルで展示をして、東京へ戻っていく循環も出来たら良いですね」

多治見の伝統や文化で地域の未来を照らす

多治見をはじめとする周辺地域は、やきものの伝統や文化をつないできたエリアだ。

「多治見にはやきものの学校が二校あって、さらに瀬戸のほうにも学校があります。未来のアーティストが多治見にいて、その友達も呼んできてくれる。まだ世の中には出ていないけれど、可能性がある人に自然と出会えるんですよね」

特に「多治見市陶磁器意匠研究所」はこの地域にとって重要な意義を持つという。

「意匠研究所という学校は、この地域では欠かせない一つの要素です。この辺りには『上絵(うわえ)』という技術があります。焼き物に加飾する技術で、かつては商店街の中にも上絵をする職人が何人もいたそうです。今では衰退してしまったのですが、その職人を絶やさないために、行政が育成所のように作ったのが意匠研究所の始まりと聞いています」

多治見市陶磁器意匠研究所は1959年10月に発足。やきものづくりに関する独自のカリキュラムが評判で、陶磁器生産地に所在するメリットを最大限に活かし、たくさんの職人やアーティストを育てている。

「国内の全国各地や海外から研究生が来ています。そのことがなかなか知られていないのがもったいない。この地域にまずは足を運んでもらうということが絶対に大事ですよね」

すでに多治見には強い特色があり、歴史や未来もある。そのことを多くの人に知ってもらうために、水野さんや地域の人々はすでに動き出している。

「今取り組んでいるのがクラフトイベントです。日本のクラフトフェアは個人の作り手が出るのが当然みたいになっていますが、僕らのイベントでは個人の作家さんもいますが、産業の人たちと手を取り合っていることが特徴です。これによって組合と行政区分の枠を超えられるため、多治見・瑞浪・土岐・可児の隣接する4市が一丸となっています」

2023年3月11日~12日にかけて、土岐市でクラフトイベント(CERAMIC VALLEY CRAFT CAMP)を開催予定。本イベントは開催2回目にして出展者数は全部で250組。地域の作家や企業のほか、全国各地から作品が集まるクラフトイベントとなる。

「僕たちが普段お付き合いしている作家さんだけじゃなく、組合関係の方々や地域の企業、行政とも連携しながら取り組んでいます。いろんな方にめちゃめちゃお世話になっているんですよ。この地域にはいい人がいっぱいいるんだから、もっと伝えていきたいですね」

地域を想う気持ちが強い水野さんだが、自身のことをこんな風に語ってくれた。

「超おせっかいなんですよね(笑)。誰にも頼まれていないし誰かに言われたわけでもなくて、勝手に、あったほうがいいと思うことや楽しいことをしているだけ。何かを作っている人たちって、苦労もあると思うんですけど、みんな楽しくて前向きで一生懸命なんですよ。そういうのを見ていると自分も頑張りたくなるし、課題解決と言っちゃうとすごくつまらない。『みんなで楽しいことをしようぜ!』というテンションでやっています」

やりたいことを楽しんだ先で、地域活性やまちづくりがつながっていく。多治見市や周辺地域ではこれからも面白いことが繰り広げられていくはず。器や陶磁器が好きな人、アートやファッションに興味がある人は、やきものの世界を堪能するために新町ビルやクラフトイベントに足を運んでみよう。

新町ビル

多治見市陶磁器意匠研究所

CERAMIC VALLEY CRAFT CAMP

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